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暗殺者より愛をこめて  作者: カツ丼王
第四章 暗殺者の欺罔
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19.交錯する思惑

 異界の一大勢力である天使は、天使長ミカエルをトップに据えた縦割り構造を誇っている。

 その中で秘密情報部は極めて特殊な役割を担っていた。


 悪魔との抗争が絶えない中、趨勢を決めたのは戦士たちではなく、諜報員の集める情報そのものだったからだ。

 長期化した二大勢力の争いは力のぶつかり合いでなく、腹の内を探り合う諜報戦へと移行する。


 その最中、ザフキエル率いる秘密情報部は破竹の勢いだった。

 視界を盗める彼女は、敵味方問わず心中を覗き込み、凶悪な策謀もあわせて百戦錬磨の戦績を誇ったのだ。

 彼女はいつしか、局員達から生きる伝説と評されるようになったのである。


「それではこれより、情報部員パメラの査問会を再開する」


 要塞都市に立てられた情報部の施設で、件の査問会は開始された。

 裁判所のような間取りの大部屋、その中心に弱々しく佇むパメラの姿があった。


「被告には機密情報の漏洩が容疑として挙げられている。この内容に異議はあるか?」

「……私は、他勢力に与したことなどありません」


 背信者を裁くための大法廷で、パメラは何度目かの回答を述べた。

 議長や傍聴している天使だけでなく、ザフキエルすら何度もこの抗弁を耳にしていた。


「あなたは天使と悪魔の間に生を受けましたね? この特殊な出生が原因となり、周囲と軋轢を生むことがあったと聞いております。これは事実ですか?」

「……分かりません」


 辛い質問を目の当たりにしたせいか、パメラは俯いてしまう。


「作戦行動中に非協力的な態度を仲間から取られた、という報告がなされています。以降あなたは単独で任務を受けるようになった、と書類には示されている」


 女性の裁判官がそこまで言って、議長が納得したような顔になった。


「君はそこで仲間への信頼を失ったと考えられる。ひいては天使という種全体に不信感を募らせるようになった。そうではないのか?」

「違います。私が疎まれていたのは事実かもしれませんが、恨んだりはしていません。単独任務を受けるようになったのは、単に命令に従っただけです」

「その命令は誰から受けたのかね?」

「…………ザフキエル様からです」


 しばらく迷った後、パメラは絞り出すようにその名を口にした。

 傍聴席がざわつき、大人しくしていたザフキエルにも視線が集まった。


「ザフキエル様が、どうしてあんな奴を?」

「出まかせに決まっているだろう。テキトーな事を言ってるのさ」


 ちらほら勝手な憶測が飛び交いだし、議長は静粛にと声を張った。


「被告とザフキエル殿の関係については重々承知である。幼少期から彼女の身柄を預かり、後見人を務めたという事実が確認されている」


 再び場内がどよめき、いい加減ザフキエルの目つきも鋭くなった。


「被告は育ての親でもあるザフキエル殿を信頼しており、非公式の任務にも就いていたと報告されている。これは事実か?」

「……はい、おっしゃる通りです」


 すでに理解していることなのか、傍聴席と違って裁判官側は大人しかった。

 ザフキエルは余計な悶着を避けようと考え、情報部内でこの事実を伏せていた。

 しかし彼女の伝説的肩書きが原因で、ラグエルなど一部に知られる羽目となったのだ。


「被告の生い立ちを考えれば、ザフキエル殿を信奉するのは至極理解しやすい」

「は、はい。その通りです」


 裁判官の一人が弁護に近い発言を述べ、一時パメラの目に光が灯る。

 しかし議長は目つきを鋭くしたまま、思ってもない言葉を告げた。


「だが信頼を寄せた人物が、あまりにも輝かしい偉業を持っていたが為に、被告は凶行に走ったとも考えられる」


 パメラは信じられないものを見たような顔になる。


「君はザフキエル殿に従いながらも、周囲から認められない現実に嫌気が差したはずだ。危険任務を完遂しても、仲間からはその出自ゆえに煙たがられ続けた」

「やがて天使全体へと憎悪を抱くようになった。これは無理からぬことでしょう」

「そ、そんなものは憶測でしょう!!」


 必死に抗議するが、議長は冷然と首を横に振った。


「では聞くが、どうして君は天使の影響範囲外の国々へ渡ったのだ?」


 議長の詰めに対し、彼女は凍り付いた。

 それは育ての親であるザフキエルすらも知らない、パメラの秘密だった。


「君は自分で手配したパスポートを使用し、各国を渡った。そしてこの事実はザフキエル殿すらも知らなかったと判明している」


 弁論のダシにされたザフキエルは殺意を込めて法廷を見る。

 ラグエルの入れ知恵だということは明確だったが、本当のことだったため尚のこと質が悪かった。

 ザフキエルにもパメラの行動の意図は、今なお分かっていないのである。


「恩師の目を免れてまで行った行動。その意味を答えてもらおう」


 パメラは見て分かるほどの動揺を見せた。

 一瞬ザフキエルの方を向こうとしたかに見えたが、すぐに俯いてしまった。


「黙秘をすれば、疑いを濃厚にするだけだぞ?」


 議長が念を押す発言をすると、パメラはわずかに首を横に振った。

「…………お答えすることは出来ません」


 その言葉を聞いて、大法廷に最大級の喧騒が巻き起こった。

 傍聴席からは憚ることもなく「断罪しろ」「裏切り者を殺せ」という罵声が飛び回る。

 そんな中ザフキエルは無言で立ち上がり、場を後にした。


****


 耳障りな大部屋から逃げるように去り、ザフキエルは廊下の窓辺に立つ。

 するとそこで何者かが彼女の前に現れた。


「何の用だ? ピコ」


 現れたのは情報分析官のピコだった。


「いえいえ、お話ししたい事がありまして」

「私にはないが――」


 正直この女をどうやって殺してやろうか、という考えに揺れた。

 だがこのタイミングで姿を見せたという妙に引っ掛かりを覚えた。


「短く用件を述べてくれ」


 すると待ってましたと言わんばかりに、ピコも性急な物言いで話を始めた。


「紅山仁の行方について、ザフキエル様の考えを教えていただけませんか?」


 質問内容は意外なもので、行方不明となっている少年についてだった。


「さあ? 悪魔達にでも誘拐されたのではないか? 彼を監禁していたホテルには狙撃された形跡があったのだろう?」

「ええ、彼の血痕が付着した弾も発見されています」

「なら彼も襲われたのだろう。もしかしたら死んでいるかもな」


 雑な回答を続けると、ピコの相貌は何故か険しくなった。

 優位な状況に居るはずの彼女が、どうして追い詰められたような顔になるのだろうか? 

 ザフキエルはその様を見て、長年の勘から風が吹き出した感覚を得た。


「君はラグエルの腹心の部下だと思っていたが……事情が変わったようだな?」

「!? そ、そうですね……」


 驚いたピコは、一呼吸おいて話を始めた。


「紅山仁は『パメラの部屋にピッキングの形跡があった』と言っていました。聞いたとき私は相手にしませんでした。出まかせだろうと思ったので。しかし……」


 最後まで聞かなくても、ピコの言いたいことは理解できた。


 彼女はラグエルの部下として動いていたが、あくまで正当な作戦にしか参加していなかった。

 つまりピッキングなど権限を越えた違法調査には関与していなかったのだ。

 大方の予想通り、彼女は後になって仁の言葉が真実だと知ったらしい。


「私が忠誠を誓っているのは、秘密情報部という組織そのものです。ラグエル様やザフキエル様は尊敬していますが、組織の為にならなければ排除する所存です」

「大した考えだな。それでパメラを嵌めようと考えたのか?」


 答えにくい問いだと思ったが、ピコは思いの他はっきりと頷いて見せた。


「彼女は火種になる可能性がありました。それは事実です。ですから彼女の背信の疑いについて、真実を白日の下にすべきだと考えました」

「なら君個人はパメラをどう思う? 私と彼女の関係も」

「パメラの出自ついては特に気にしていません。あくまでも情報部の為になるかどうか。それが重要です」


 筋金入りの主義者だという感想を抱く。

 パメラの不義が本当であれば彼女を排除する。組織の法を破ったのならば、上司のラグエルもその例に漏れないという。


「パメラの背信が偽りであれば、ラグエル様を更迭すべきだと私は思います」


 ピコは情報部のためという明確な基準で結論を述べた。

 さっぱりした性分というか、突き抜けた考えの持ち主である。正直な所、パメラと似ている。


「それでどうして仁くんのことを聞く?」

「彼はパメラが地上を巡った理由を知っているかもしれません。それにラグエル様の違法行為に最初に気付いた証人でもある。できれば無傷で確保したいのです」

「なるほど。一理あるな」


 確かにパメラの身近にいた彼なら、彼女の意図を推し量れたかもしれない。

 彼が拘束されているためパメラも査問会で口を閉ざしている、とも考えられる。


 ともかくピコを動かす分にデメリットはない。ここは上手く使うべきだ。


「……私見ではあるが、彼が誘拐された可能性は低い」

「え? どういうことですか?」

「おそらく彼は、パメラを助けるためにここを目指すはずだ」


 ピコは驚きを露わにした。

 狙撃や血痕の付いた弾が確認されているのだから、一見すると辻褄が合わない意見に思える。


 だがザフキエルは確信をもって話を続けた。


「他勢力が干渉したのなら、警察が居合わせたことが解せない。人間に存在が露見するのはリスクが大きいからな。それに通報者だが、ルームサービスを使ったというのもおかしい。普通は携帯端末から直接かけるだろう」

「ですが狙撃は第三者の存在を示すのでは?」

「逆に考えろ。狙撃というトラブルがあったから、彼は脱出にこぎ着けたのだと。スタートだけが想定外で、あとは全て彼の欺罔だと考えるんだ」


 血の跡が残る弾頭も、被害者だと騙るための偽装。

 火災報知器の誤作動、警察への通報、これらは彼が組み上げたのだとザフキエルは考える。


 だがピコはどうしても納得が出来ないようだった。


「それでは狙撃手の意図が見えません。彼を助けたということですか? そもそもどうやって彼が監禁されていると知ったのです?」

「情報源は分からんが、目的はパメラに関することだろう」


 パメラの力は業界では有名だった。

 その彼女が反骨の相を見せているとなれば、他勢力は当然引き抜きを狙う。

 これはエリザの襲撃からも明白である。


「パメラを引き入れたい連中は、足掛かりとして仁くんとも協力関係を結ぶ」

「他に……彼が始めから他勢力の関係者だったという可能性は?」

「バックボーンを入念に調べた以上、それは在り得ないだろう。彼は使えるものは何でも使う性分だろうから、助力を受け入れると思っただけだ」

「……確かにそうかもしれません」


 ピコも心当たりがあるのか、ザフキエルの見解に初めて共感を示した。

 養成所からの脱走騒ぎを思い出せば、彼の意外な知性には納得がいくというもの。


「では私はどうすれば良いでしょうか?」

「彼は偽造したIDカードを用意するはずだ。その先回りをする」


 ザフキエルは仁が取る行動、その到着地点を予想した。


「彼が一人であろうと複数人だろうと、偽造屋を頼るのは間違いない。今の状況までは予測できなかったはずだから、IDはこれから準備することになる」

「私が渡したIDでなく、別名義のものを用意するのですね」


 ピコもこれには頷き、次いで今後の対応策を求めた。


「彼の名前と顔写真をゲートの職員に配布するんだ。情報部の関係者だけでなく、ただの人間の職員にも『別件で捜索依頼がでている』とでも言って頭数を揃えろ」


 ラグエルの目を盗んでの捜索となると人手が足りない。

 それを補うためゲートで働いている人間の手も借りる必要がある、とザフキエルは言う。


「都市近郊の偽造屋にも探りを入れる。同じく写真と名前を配布し、何としても無傷で彼を捕えるんだ。私のネットワークを使えば問題ないだろう」

「分かりました。手筈通り行います」


 指示を理解したピコは会釈し、足早に去っていった。

 彼女に任せて捜索網を敷けば、彼の行方を掴むことは不可能ではない。


「……果たしてこれが最善手なのか」


 風向きが変わるのは感じつつあったが安心は出来ない。

 急がなければパメラの処遇が決定し、最悪命を取られるかもしれないのだ。

 早く彼を確保しなければならない。


 多大な疲労を覚え、ザフキエルは深い息を漏らした。

※偽造屋

 公文書やクレジットカードのなどを偽造する専門の犯罪者。

 スパイ小説では身分証+国家間の渡航に使用できる国際パスポートが、偽造の標的になりますね。

 日本のパスポートなどはICや微小文字マイクロレター、透かしなどの偽造防止処理技術

 によって守られており、複製は容易ではありません。


 仁もID作成ということで、これ近い問題を突破しなければなりません。

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