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暗殺者より愛をこめて  作者: カツ丼王
第三章 暗殺者の覚醒
17/29

16.暗殺者の始動

 ナイトクラブでの騒ぎは、秘密情報部の幹部ラグエルが引き起こしたものであった。


 暗殺者シリウスに狙撃されたパメラ――彼女を自分達から引き離すことによって、組織全体を無用な争いから避けようと考えたらしい。


「アンタには、パメラを押さえつける安全装置になって貰ったのよ」


 死人のような顔の仁に、ピコは淡々と事の次第を語る。

 彼は数人の情報部員から監視され、見知らぬホテルへと移送されていた。


「アイツを処分したって、天使全体が標的から外れるとは思えないが?」


 いつぞやのように椅子に縛り付けられた彼は、正面に座るピコへと反論する。


「いいえ、可能性は高いわ。ラグエル様のような幹部が狙われず、部員に過ぎないパメラが狙撃されたのよ? これは彼女個人に狙われる理由があったと考えるべきね」

「理由って……一体どんな?」

「今まで数えきれないくらい多勢力の工作員を葬って来たのよ? 恨みを買う理由なんていくらでもあるでしょう」


 それが全て秘密情報部の命令であった、ということにピコは言及しない。

 良いように使い倒した挙句、トラブルを抱えればすぐにお払い箱ということだ。


 彼らの身勝手な考えに怒りを募らせるが、寸でのところで踏みとどまった。


「お前ナイトクラブに行く途中、パメラには問題があるって言ってたな?」

「あら? 今更になって聞く気になったの? 別にいいけどね」


 今回の事態はこれまで避けてきたパメラの秘密も関係している。それはもう間違いがない。

 勿体ぶるような素振りの後、ピコはパメラの真実を語る。


「あの子はね、天使と悪魔の間に生まれた存在なのよ」

「天使と悪魔の子? それは本当なのか?」

「事実よ。あなたの知る通り、パメラはとんでもなく強いわ。それは彼女の鍛え方も半端じゃないけど、多くは天使と悪魔両方の力を持っているからなの」


 予想外の生い立ちに驚くが、彼女の強さを知る彼は納得した。

 猛者の集う情報部の中でも戦闘能力だけなら最強と聞いたが、これが事実なら尤もなところである。


 反目し合う二大勢力。

 その両方の血と力を受け継ぐのなら、強さに拍車が掛かるのは不思議ではない。

 当然、周囲から孤立してしまうのも無理からぬことであった。


「天使は悪魔と太古の昔から争ってきたわ。今でこそ停戦協定を結んでいるけど、互いに腹の中では敵への憎悪が積もりに積もっている」

「……半分でも仇敵の血が流れていれば、憎しみをぶつけられてもおかしくはない、か」


 諦観混じりの言葉にピコは肯定で返した。


「どういう魂胆か知らないけど、ザフキエル様は幼少の頃からパメラの後見人を務めていた。おまけに自分の部下にして重宝していた。きっと彼女の力に目を付けたんでしょうけど、それがさらに部員達の反感を買ったというわけ」


 聞けば聞くほど嫌気が増すばかりだった。

 本人にはどうしようもない問題で、そんな責め苦を受ける謂れがあるのか? 全く馬鹿げている。


「保守的な考えを持つラグエル様はこれを看過できず、タイミングも相まって彼女を消そうと考えた。おそらくこのままいけば、ザフキエル様も責任を問われるわ」

「組織の為に、それまで必死に働いた仲間を排除するのか?」

「ルールは全体の為にあるわ。滅私奉公という言葉がこの国にはあるのでしょう? その言葉通り、全体の為に一は犠牲になるべきなの」


 どこかで聞いたようなセリフに苦笑する。

 ルール、ルールと五月蠅いやつらだ。

 彼自身、そのルールとやらで居場所を奪い取られ、こんな目に遭う羽目となった。


「それに彼女には、実際に他勢力と接触を図った疑いがあるのよ。エジプト、オーストラリア……地上における天使の勢力圏外への渡航が、多数確認されている」

「それだけで疑いを掛けるなんて馬鹿げてるだろ?」


 たまたま海外に用があったのか、純粋に観光に行った可能性だってある。

 だがピコは真っ向からこれを否定した。


「パメラは受肉してから三年経つけど、渡航の頻度はここ半年で急激に増えているの。しかも秘密情報部ではなく、自分で用意した別名義のパスポートを使ってね」

「そんなのお前らがでっち上げた嘘だろうが!」

「嘘じゃないわ。私がこの作戦に従事した理由はここにあるの。パメラはこの事実を執拗に隠そうしていたらしく、上司であるザフキエル様だって知らないはずよ」


 パメラが他人から隠れるように移動を繰り返したと聞き、仁は驚愕した。

 どうして彼女は頻繁に海外へと渡ったのだろう? 

 旅行雑誌が部屋に積まれていたが、本当に他勢力と接触を図ったのだろうか? 


 人間ではない彼女が、縁もゆかりもない土地へと足を向けるその理由。

 仁には全くもって、想像がつかなかった。


「だから言ったでしょう? パメラはおススメしないって」


 満足したらしいピコは、次の任務があると言って颯爽と部屋を去った。


****


 残された仁は椅子に縛り付けられたまま、ずっと下を向いたままだった。

 途中監視をしている部員に小突かれたが、ただ呆けた視線が宙を舞うばかりである。

 今や彼らも呆れ、向かいのテーブルでトランプをやりだす始末。


 そんな仁が脳裏に甦えらせていたのは、養成所でパメラが語っていた話だった。

 射撃訓練に飽きた頃合い、暇つぶしがてら質問をした。

 どうして諜報員だなんて危険な仕事をやっているのかと、彼女に聞いたのだ。


「私にとって秘密情報部の任は、命を懸けるに値するものなのです」


 射撃場の一角。パメラは拳銃を片手に握り、真っ直ぐ見返した。


「私はザフキエルの庇護下で幼少期を過ごしました。ザフキエルは賢く公平な方で、血のつながりのない私に非常によくしてくれました。そんな彼女の力になりたいと思ったのは、私からすれば自然な事だったと思います」

「あの幼女への恩義から、危険な世界に飛び込んだってことか」


 なんとなく納得したと頷くが、パメラは笑って首を振った。


「それ以上に秘密情報部の考えに惹かれたのです。天使ひいては異界と地上を含めた世界の秩序を保つ。人知れず、身を粉にして闘うという精神を美しいと思ったのです」


 パメラはまるで自分のことのように誇ってみせる。

 誰かに言われたのではなく、自らの信念に基づいてこの道を選んだのだと言う。

 その姿があまりにも彼女らしくて、呆気にとられた。


「あ、そう。じゃあ頑張ってね」

「軽い!! 私かなりカッコいいこと言ったと思うのですが?」

「そうやね。デカい胸を張って随分誇らしげに言っちゃったね」


 からかうと、パメラは口拗ねたような口振りで「もういいです」とヘソを曲げてしまった。

 今思えばもう少しまともな言葉を返すべきだった。


 彼女を前にすると、どうしても素直な言葉が出なかった。

 何でそうなるかなんて、とっくの昔に気付いていた。

 絶対に認めてなるものかと首を振ったが、客観的に考えると自明だった。

 何度も悩み抜いたが、結論はやはり同じだった。


 一部の疑いもなく、仁はパメラに恋をしていた。


 母に忘れ去られ、友人を失くし、独りになっても耐えられたのは、ただひとえに彼女への愛がそれを上回っただけ。

 ただそれだけの話だったのだ。


 馬鹿げた訓練に取り組んだのだって、パメラの力になろうとした結果だった。

 彼女の台詞を借りるなら、そう思うのは仁にとって実に自然なことだった。


「……本当に馬鹿げてるな」


 今更だが、この世界に足を踏み入れて良かった、と仁は思った。


 パメラを庇って凶弾を受け、不運に見舞われたとラグエルは言った。

 だがそれは全く異なる。


 あの瞬間、狙撃されていなければ、もっと不幸な事が起こっていた。

 パメラと出会うこともなく、彼女に恋をすることもなく、彼女が不幸になることすら知らず、ただ漫然と生きていくことになった。

 そんな人生を歩むくらいなら、たとえ未来が分かっていても、彼は暗殺者の銃口の前に立っただろう。


 一目惚れした銀髪の少女。

 彼女をただ助けたいと思った、そんな素直な気持ちが仁の全てだった。


(ちくしょう、実際は俺の方がツンデレだったわけか……)


 自嘲気味な笑みを零すと、縛り付けられた体が次第に熱を帯びていった。

 何でもいい、このふざけた状況を覆すだけの何かがあれば。

 あの生真面目で、色っぽくて、馬鹿みたいに強くて、そして優しい少女を助けるため。


 ここから一歩踏み出すための、きっかけさえあればいい。

 だってそれを成すだけの力が、彼の身には宿っているのだから。


 そこで彼は部屋の窓辺を見やり、何かを感じ取った。


「来た!!」


 黙り込んでいた彼の叫びに、部員達が何事かと驚きを示す。

 その瞬間、部屋の窓ガラスが飛び散り、部員の男が吹っ飛ばされた。


「――狙撃だ!! 全員窓から離れろ!!」


 室内に声が響き、三人の部員が遮蔽物の陰にあわてて隠れる。

 撃たれたもう一人は血を流し、すでに受肉体の崩壊が始まっていた。


「クソ、どうやってこの場所が!? ――本部、応援を頼む!!」

「……おい!? あのガキはどうした!?」


 狙撃手へと意識をさいた間に、椅子に縛り付けられてた仁は消えていた。

 彼がどこへ行ったのか、部員達は行方を探す。


「ここだ、クソ天使」


 サッと声の方を見ると、燃え尽きた男の陰。そこに彼は銃を持って立っていた。

 縛り付けていたロープを解いていた彼は、狙撃の瞬間に行動を開始していたのだ。

 倒れた男から速やかに拳銃を奪い、躊躇わずトリガーを引く。


「ぐあ!?」

「悪いが、学習済みなんだよ!」


 ソファの背に隠れた一人を片付け、壁際に跳んだ残り二人へと銃口を向ける。

 しかし敵も訓練されたプロ。すかさず反撃の狼煙が上がった。

 魔力で強化された弾丸が連射され、射撃音と硝煙が場を埋め尽くした。


「その程度の技量で、俺に狙いが付けられると思ったのか?」

「何!?」


 まさかの返答に驚愕した部員は、マガジンを撃ちきる前に頭を撃ち抜かれた。

 残された最後の一人が、まさかの状況に目を瞠った。


「当たっていない!? 何故!?」


 傷一つ負っていない仁は男を見て嗤う。

 背後の壁には無数に穴が穿たれているのに、肝心の彼に一発も命中していない。

 回避も防御もせず立っていただけなのに、まるで弾の方が避けたのようだ。


「そんな馬鹿な!? ただの高校生が何故!?」


 スライドが引き切った銃にマガジンを突っ込むが、銃ごと吹っ飛ばされる。

 悲鳴を上げて右手を抑える部員に、構えたまま冷たく言い放った。


「パメラへ謝罪の言葉を述べろ。そうすれば命は助けてやる」


 不利を悟ったらしい男はしばし逡巡したのち、口を開いた。


「……わ、悪かった。ラグエル様からの命令で、仕方なくやったんだ」

「そうか」


 何の足しにもならない言葉を聞き、仁は瞬きもせず引き金を絞った。


「謝って済むなら警察は要らんって、親に習わなかったのか?」


 男の身体が淡い炎を上げ、静かに塵へと還っていく。

 硝煙が残る静まり返った室内で息をつくと、ルームフォンが鳴り響いた。

 仁はすぐさま受話器を取り、どこの誰からかと窺う。


『ごきげんよう、囚われのお姫様』

「……お前は、エリザとかいう悪魔野郎か」


 聞こえてきたのは、以前仁たちを襲撃したエリザの声だった。

 このタイミングで電話を掛けるということは、外からの狙撃は彼女によるものなのだろう。


「どういうつもりだ? 俺を助けたのか?」

『話は後よ。急いで逃げないと、そこに増援が来るわ』

「……何人だ?」

『四人一組のチームが二班か三班、あと三分以内には着くでしょうね』


 十人程度の情報部員がここに現れる。

 さっきは意表を突いたから問題なかったが、次来る連中は装備を整えた状態だ。

 正面から戦うのは得策じゃない。


 彼は受話器を持ったまま、狙撃で飛び散った窓ガラスを観察する。

 受肉体が崩壊したあと魂は天界へと戻るが、再構築には時間が掛かると聞く。

 つまり情報部は残った痕跡からしか、この場で起こった事態を把握できない。


「こっそり外に出るから、俺を回収してくれるか?」

『良いけれど、あいつらに追い回されるのは嫌よ?』

「大丈夫だ。全員ここに足止めする」


 仁はそのまま受話器を切り、即座に行動に移った。

 まずルームフォンをルームサービスへと繋ぎ、ホテルの係員を呼び出した。


『はい、ルームサービスです』

「おかしな男達が銃を持ってうろついている! 警察をすぐに呼んでくれ!」


 銃声が聞こえるよう発砲を繰り返し、そのまま電話を床に叩きつける。

 次いでテーブルの果物ナイフで指先を切り、滲んだ血を取り出した弾頭に塗りたくる。

 血で濡れたそれを拳銃に再装填し、転がっている椅子へと撃ち放った。

 これで少しは陽動になるだろうし、奴らの目を他に向けられる。


 拳銃と果物ナイフを上着に隠し、そのまま廊下へ出る。

 彼は周囲から見られていないことを確認しつつ、壁の火災報知器を押した。


 けたたましいベルの音が鳴り、同時にエレベータが使用不能になった。


「な、何だ!? 一体これは!?」 


 室内に居た客達が非常ベルを聞きつけて、廊下へと飛び出す。

 その中にいた二人の老夫婦に目を付け、急いで駆け寄った。


「銃を持った輩が居るんです! 警察が来るまで部屋を出ないで!」

「ええ!? ほ、ほんとかい!?」


 慌てふためく老夫婦を説き伏せ、彼らの部屋へと入る。

 さらに「火災も起こっているから」と嘘をつき、濡らしたバスタオルを頭から被せた。


 夫婦に逃げ出す準備を焚きつける一方、覗き窓から廊下を窺う。

 一分後、拳銃を構えた複数の男たちが姿を現し、仁を監禁していた部屋へと押し入った。

 中へ一チームが入り、廊下でもう一チームが銃を振り回している。


(八人か……これで全部だと良いんだが)


 するとさらに二分後、階段から制服姿の警官が大量に現れた。


「銃を捨てろ! 貴様らは包囲されている!」

「!? 人間の警察がどうしてここに!?」


 警官の登場に面食らった部員達は、訳も分からず当惑する。

 膠着状態に陥るが、次々に現れる警官を見て止むえず武器を手放した。


「分厚いマニュアルを読み込んだ甲斐があったな」


 今なら安全に脱出できると考え、部屋に荷物を捨ててバスタオルを頭に被る。

 老婦人を甲斐甲斐しくおぶり、警官へと保護を求めた。


 手錠を掛けて床に押し付けられた部員を横目に、階段を降りる。

 老夫婦の近親者を装って警官の波を超え、正面玄関から堂々と外へ出た。


 街道でエリザの姿を探すと、猛スピードで一台のセダンが止まった。


「さあ乗って。王子様」


 運転席に座る青髪を確認し、後部座席へと駆け込んだ。


「助けてくれたことには礼を言うが、どうしてこんな事を?」

「ガールフレンドがピンチなんでしょう? 悪魔側は手を引いたけど、私個人はまだあの子の引き抜きを諦めてないのよ」


 車を走らせながらエリザは言う。

 以前パメラを秘密警察へ勧誘していたが、どうも彼女の目的は変わらずそれらしい。


「今だったら天使に愛想をつかしてるはず。取り込むにはもってこいだわ」

「アンタ結構しつこいな。そんなにパメラが欲しいのか?」

「強力な戦闘員は喉から手が出る程にね。おまけに天使の内情に詳しいとなれば、リターンは大きい。智将とされるザフキエルの右腕となれば、なおさらね」


 要約するとパメラを引き込むために、仁を足掛かりにしようというわけだ。


「天使も悪魔もやることが変わらないな」

「助けたんだから良いでしょ? とりあえず私のセーフハウスに向かうわ」


 悪魔の隠れ家に連れていかれると聞き、仁は怪訝な顔を浮かべた。

 逃亡先を手配してくれるのは良いが、彼女と二人っきりというのが問題だった。


「悪いが俺はたったさっき、銀髪巨乳一筋と心に決めたばかりなんだ」

「はあ? ふざけたこと抜かすと、割増運賃にするわよ?」

「タクシーかよ!! つーか金取るんかい!!」


 再びアクセルを踏み、エンジンを轟かせて悪魔の運転する車は走る。


 とんだ助け船ではあったが、何とか反撃の狼煙を上げられそうだった。

 無論のこと、運転席で軽快にハンドルをさばいている女は信用は出来ないが。


 命を張って助けようとした銀髪の乙女。彼女を助けるためなら、どんな物だって利用してやる。

 あの馬鹿には言ってやりたいことが山ほどあるのだ。


「それにしても、君はいったい何者なのかしら?」

「何がだ?」

「君の素性が見えないのよ。本当に普通の高校生?」


 エリザはバックミラーを覗き、疑惑に満ちた視線を向ける。

 身に着けた銀のペンダントに触れながら、仁は頷いた。


「ほんの少し、冬の星座に詳しいだけの高校生だ」

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