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暗殺者より愛をこめて  作者: カツ丼王
第三章 暗殺者の覚醒
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12.銀色の心

 二十年以上前、世界各地で多発した超常現象。

 それは争いで力を削ぎ落とされてしまった異界の者達が、より人の信仰を集めるために行われた。


 天使にしても悪魔にしても人間に頼らなければ生き延びることが難しくなり、受肉して肉体を得た事実はその最たるものだと言える。

 天使の誇る最高の諜報機関――秘密情報部に席を置くパメラも、停戦状態を維持することが任務であった。


 自室で腕に巻いた包帯を解き、繁々と怪我の回復具合を確認する。


 昨日国立公園で受けた傷はほぼ完治していた。

 寝汗や薬品の匂いが鬱陶しかったので、脱衣所で湿布やガーゼを体から引き剥がし、そのまま湯船へと移った。


「鍵はしっかり閉めてますよね?」


 覗きの被害を受けた彼女は湯の中でそんなことを呟く。

 全裸を見られ、力いっぱい胸を掴まれる失態を犯した。

 あの時の屈辱を思い出すと未だに顔が熱くなる。


「もう! 何なんですか!」


 困るくらいに育った胸元に視線を落とし、恥ずかしさから湯に顔を埋めた。

 のぼせる前に湯から上がった彼女は、居ないと分かっていながらも部屋を覗く。

 そして安全を確保しながら脱衣所に出た。


「なんでこんな……これも仁くんのせいです」


 そう自嘲しながら、彼女は遠出するための支度を始めた。


****


「要塞都市の外に出るだって?」


 養成所の一室、パメラの放った言葉に仁は驚いた。


「ええ。街の外にシリウスの重要情報を抱えた人物が居るらしく、我々でその方を訪ねるというわけです」


 呆けた顔の仁を前にして、パメラは淡々と今後の予定を伝える。

 彼ら二人はソサエティ近郊で、とある人物と接触する任務を授かっていた。

 ピコを通してラグエルから勅命が下り、早急に外出する準備を行っているといった具合だ。


「このクソつまんない養成所から出れるなら別にいいけど、どうして俺も?」

「何でも狙撃された人物から、話がしたいと条件を付けられたみたいです」


 仁だけでなくパメラ自身も、普段とは異なる任務に戸惑い気味であった。

 暗殺者シリウス絡みだとは言っても、彼本人を同席させる必要はあるのだろうか? 

 そうでなくても、昨日悪魔側の強襲を受けたばかり。彼の体調も気掛かりである。


 そこでふと昨夜のことを思い出し、パメラは仁へと迫った。


「少し聞きにくいことなのですが……私が気絶してるわずかな間、あなたはどうやってエリザ相手に時間を稼いだのですか?」

「だから知らねえよ! 俺だって気絶してたんだもん。お前が何とかしたんだろうが」


 彼は何度目なのかと文句を垂れ、うんざりした顔で答えた。

 エリザの暗躍だが、報告ではパメラが一人で戦って退けたことになっていた。

 しかし空白の時間に不信感を募らせるパメラは、疑惑に満ちた視線を投げる。


「あなたに怪我がないことは幸いでしたが、何というか……違和感があるのです」

「しつこいぞ! そんなヤツはこうだ!」


 突如何を思ったのか、彼女の胸に向かってデコピンを放った。


「はう!? ……な、何をするんですか!?」


 正確に急所を弾かれ、変な声を漏らしてしまう。

 真っ赤になった彼女は、百倍近い威力のデコピンを食らわせた。

 銃弾を受けたように吹き飛んだ仁は、額を抑えて床で盛大にのた打ち回る。


「ぐあああ!? 殺す気か!?」

「当然の報いです! 次やったら股間にグーパンですからね!!」


 息荒くすごんだ彼女は、ミミズのように暴れる彼を見て悪態をついた。

 昨夜の挙動が気になるというのに、何なのだろうかこの人は? 

 全てをひっくり返すとかエリザは言っていたが、ふざけ倒すの間違いじゃないのか?


「昨日の襲撃について何か気付いた事はないですか? 攻撃された理由について」

「うーんと、あ! もしかしたら、奴の狙いはこれはかもしれない!」


 涙目の彼はパッと顔を上げる。何か思い当たる節があるようだ。


「よろしい。忌憚のない意見をお願いします」

「あの女、もしかしたら俺に一目惚れしたのかもしれない」

「もしかせず、あなたは馬鹿です」


 期待した自分が愚かだった。彼女は失望を顔に示した。


「一応、そう思った理由を教えて頂けますか?」

「デート中の俺らに割って入ったんだから、そう考える以外にないね。それにどことなく俺に気がある素振りがあったし、何より結構な巨乳美女だったし」

「願望に加えて、最後はただの感想じゃないですか」


 またこれかと溜息を零す。

 すっかり慣れたが、彼は重要な場面ですぐに呆けたセリフを吐く癖がある。

 おまけにこちらを見る時、三度に一度は視線が顔より下に向けられている。

 もしや本体は胸だとでも思っているのか?


「ふざけるのは大概にしてくれませんか? 私にも限度があるのですよ」


 胸元を覗く彼の頬をつねり、苦言を呈す。

 全くもって遺憾だ。下心を隠そうという努力すら見えない。

 本当に根っからのスケベなのだと驚愕する。


 というか彼から見て自分は、そんなにも魅力的に映っているのだろうか?


「……はあ、馬鹿らしい」


 つねっていた手をパッと離し、ムッと口を尖らせた。


「とにかく状況は悪いです。悪魔への協力は拒否され、むしろ敵に回る危険すらあります。こうなると、あなたの身を守ることも難しくなる」


 悪魔との折衝は袂を分かつことになった、と連絡があった。

 攻撃を仕掛けてきたことを考えると、取りつく島もなかったのだろう。

 ややもすれば、さらに襲撃を受ける可能性もある。


 パメラは首に掛けていた銀色のペンダントを取り、仁へと渡した。


「これをどうぞ」

「何? 愛のプレゼント?」

「違います、お守りです! 加護の力が宿っているらしく……もしかしたら効果があるかもしれませんから、良ければどうぞ」

「でもお前も襲われたわけだから、効能は期待できないじゃん?」

「さらっとキツイ事を言いますね……」


 ぐうの音の出ない所だが、構わず彼へと強引に渡した。

 我が物顔で首から下げた仁に対し、念のため釘を差しておく。


「貸すだけですからね。この一件が落ち着いたら返してください。大事な物なので」

「へいへい。ペロペロして堪能したら返すわ」

「そんなことしたら、地球の裏まで吹っ飛ばしますから!!」


 冗談を飛ばす彼を無視し、フンと鼻を鳴らして部屋を後にした。

 どうも彼の相手をするようになってから、疲れを感じることが多くなった。

 これまで一人でやって来たから、おバカな生徒と過ごしてリズムが狂ってしまったらしい。


 廊下を抜けていると、窓辺に銀髪の相貌が薄っすらと映った。

 ゆっくりと近づくが、そこには普段通りの我が身が見えるだけ。


 自分を庇って傷ついた彼の目にはだけは、この曰くつきの醜い姿が、少しでも真冬の星空のように美しく見えて欲しい。

 侮蔑の視線を向けられるのはもうたくさんだ。


 物憂げな顔で彼女はそう切に思った。

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