11.恒星の瞬き
突如、鋭い銃声が響き渡った。
「はあ?」
背後からの音に、エリザは怪訝な顔で振り返った。
見るとさっきまでガタガタ震えていた少年が、頭上に向けて白煙を上げている。
自分を撃つのならまだしも、あらぬ方を向けて撃つとは馬鹿じゃないだろうか?
「巻き込んじゃ悪いと思ったのに、あなた死に――」
途端、眉間目がけて銃撃が走り、間一髪のところで避けた。
避ける? 何故たかが訓練を受けただけの雑魚に、自分が回避行動を取らされる?
「何が――」
瞬時に戦闘状態へ移行するが、45ACP弾が急所へと飛び掛かり、慌てて躱す。
クモの巣のように張った警戒の隙間をつく、正確無比な銃撃に瞠目する。
「……どういうことかしら?」
爆ぜるように飛び退き、暗闇の先の少年を見据える。
情報によると紅山仁は、たまたま暗殺者の狙撃を受けた一般人という話だった。
それは悪魔側はいさ知らず、天使達すら同じ見解を示した。
養成所から手際よく脱出したことから知恵はあると踏んでいたが、あくまでその程度のもの。
だが少年から感じる異様なプレッシャーに、エリザは見解を改めた。
「何者なのかしら? 君は」
問いかけに一切の応答を見せず、彼は代わりに銀色の銃身をスライドさせる。
手を抜ける相手ではないと判断し、エリザは躊躇いなく速射術で反撃に出た。
トライアングルを象った9mm弾は、45ACP弾によって漏れなく散り散りになる。
さらにエリザは行手を遮るように斉射を続け、早期の決着を図るため一気に接近した。
すると少年は銃口を下ろし、何を思ったのか地面に向けてトリガーを引いた。
「何をやって――!?」
途端、利き腕に激痛が走った。
手元を見ると、掌が鮮血に染まっていることに気付く。
彼女が驚愕を露わにすると、彼方からルガーが地に落ちた音が聞こえた。
「――!? 何が!?」
本能が反応して逃げるように跳び退く。
見るとアスファルトに小さな穴が穿たれていた。
それは弾丸が地面を抉り抜き、彼女の手を撃ち抜いたことを示していた。
信じられない芸当を目の当たりにし、エリザの美貌が蒼白になる。
「この拳銃戦闘術は!? ……まさか!?」
この尋常ならざる射撃術の持ち主は、長きに渡る天使と悪魔の暗殺の歴史において――ただ一人しか存在しない。
災厄を齎すとされる冬の恒星――その名を冠した暗殺者以外には。
エリザは肩を震わせ、狂った笑い声を上げ始めた。
「……うふふ、あははははは!! 何ていう大誤算かしら!? こんな事が起こるなんて!?」
そうか、そういうことか。こうなると全てがひっくり返る。
天使はとんでもない荷物を抱え込んだ。
おまけに退路まで自分達で絶ったことに、気付いていない。
想像を超えた怪物が、哀れな銀髪の乙女の前に舞い降りたのだ。
涙が出るほどに笑い転げていると、聞いたことのある大口径銃が唸り声を上げた。
「もう意識が戻ったの? 頑丈ねえ」
横に跳んで躱すと、苦しそうに銃を構えるパメラが見えた。
「彼に手出しはさせません!」
「あはは、あの子あんな事を言ってるわよ?」
見当違いなセリフを笑って少年を見ると、彼はいつの間にか倒れ込んでいた。
「あらあら。まあ面白いものが見れたし、今日はこの辺にしといてあげましょうか」
エリザは肩を竦めると、血に濡れたルガーを回収した。
その行動が理解できないパメラは、不可解な眼差しを向ける。
「どういうつもりです?」
「あなたを連れて行くつもりだったけど、止めるにするわ。そこで寝ている王子様が、全部ひっくり返してくれそうだから」
「な、何を言っている!?」
警戒心を解かないパメラとは対照的に、エリザは後腐れもなく颯爽と場を離れた。
闇夜を駆けながら、遠目から眺めていた二人を思い出して笑みを零す。
だがそれも仕方のないことで、エリザはどうしても吹き出さずにはいられなかった。
「最強の暗殺者が、一人の少女に恋をしたなんてね」
その高笑いは残響し、何故かどこまでも楽しそうだった。




