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暗殺者より愛をこめて  作者: カツ丼王
第二章 暗殺者の初恋
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09.天使の休日

 天使によって壁と結界が施された地方都市は、一躍世界に注目される要塞都市へと変貌した。

 二十年以上前に起きた超常現象を皮切りに、同様の出来事が世界中で確認され、どの地域も大変な発展を遂げたのは記憶に新しい。


 ソサエティは天使が根を下ろしただけあって、その変わりぶりには目を瞠るものがあった。

 高層ビル、大型ステーションなどの最新建築がある中、英国ロンドンを思わせる宮殿や大聖堂、博物館という文化的モニュメントも見られる。

 つまり科学と魔術の双方を内包した要塞、それがソサエティなのだ。


 そんな都市の片隅で軟禁生活を強いられるなど、年頃の男子にはたまったものではない。


 外出許可を得た仁は養成所の正門で、ソワソワしながらパメラを待っていた。

 守衛の職員には不審な目で見られたが、期待に胸を躍らせる彼は全く気にしない。


「お待たせしました」


 寒空の下で体を震わせていると、待望していた戦車女さんが現れた。

 彼女はショルダーバックを提げ、普段通りレザージャケットにジーンズという格好であった。

 期待外れの出で立ちに、純情男子高校生は鬼の面となった。


「温厚たる俺にも我慢の限界があるのだが?」

「え? 待ち合わせの時間には間に合っていると思いますが?」

「違う。何故貴様は男子とのデートという局面において、そのような恰好なのだ? 戦場に赴くのに全裸でいるようなものだぞ?」

「またおかしな事を言いますね。だいたい護衛と監視のために向かうのですから、ラフな格好の方が良いでしょう?」


 至極真っ当な反論を述べるパメラだったが、真っ向から否定する。


「ドレスコードを分かっていない。相応しい服装ではない」

「ならどういう恰好なら良かったのですか?」

「最低でも全裸だ」

「あなたが最低です」


 心底呆れた様子のパメラ。彼女の方もすっかり仁の言動に慣れていた。


「それで、その大荷物は何ですか?」


 気になっていたのか、パメラ傍の大きなキャリーバックを指さした。

 一週間以上の遠出に出るのでは? と思いたくなるような装備だ。


「今の俺の立場を考えれば、外に出られる機会なんて早々ない。雑誌やお菓子を色々と買おうと思ったんだ。それを運ぶのに入れ物が要るだろ?」

「買い物って……どうせスケベな物でしょう? いやらしい」


 彼の振る舞いを見てきたパメラは、苦々しい顔を浮かべる。

 これは冤罪だ。未来の行動にまで罪が発生するのかと、小一時間は説教したい。


「時間が勿体ない、早く出ようぜ――ん?」


 詮索を受ける前に出発しようすると、複数の人影が前方に現れた。


「失礼。エリザという者だけど」


 外からやって来た数人の黒スーツ集団の中から、青い髪の女性が話しかけてきた。

 彼女はファーのついた黒のダウンジャケットを羽織り、整った容姿も相まって、その集団の中で一際異彩を放っていた。


「……」


 切れ長の目の美しい女性だが、スケベなはずの仁は何故だか反応を示さない。

 すると遠目から見覚えのあるゴスロリ服――ピコがやって来た。


「お待たせしました。皆様どうぞこちらへ」

「あら、違う人に声を掛けてしまったのね。ごめんなさい」


 ピコはこちらを一瞥し、エリザと名乗った女性を案内する。

 見知らぬ美人も素直に応じ、青い髪を靡かせて目の前から去っていた。

 彼女達の消えた方向を見ながら、パメラに問う。


「今の誰だ?」


 エリザという女性について問うが、パメラも首を横に振った。


「分かりません。ピコが出迎えたとなると、ラグエル様の知り合いでしょうか?」


 そうなると外部の者か。天使かどうかも不明だが、一体何者だろう?

 仁が神妙な顔つきでいると、彼女はわざとらしくジト目を向けてきた。


「もしや見惚れていたとか? デートの前にそれで良いんですか?」

「み、見惚れてねーし。おっぱいのサイズを推測してだだけだし、勘違いすんな」

「ああ、はい。勘違いさせてほしかったです」


 彼女は『聞いた自分がバカだった』と呟いて歩き出した。


「おい、待てよ。彼氏を置いてくな」


 キャリーバックを引いて後を追うが、頭では先ほどの女性の事を考えていた。


 去り際、意味深な視線を向けてきたが、何か意図があったのだろうか?


****


 デートという概念は紅山仁の人生において、常に検索件数ゼロ状態であった。

 彼の恋人は下世話な話で言えば右手で、傍らにはAVやエロ本というのが日常であった。

 しかし今この瞬間、彼の傍には美少女が居るのだ。


「パメラ君、僕と手を繋いでみるというのはどうかね?」

「嫌です。片手が塞がれば、咄嗟の対応が遅れます」


 傍らのボーイッシュ彼女は、軽くこちらの要求を拒否した。

 恥ずかしがっているわけでもなく、ただ眼中にないと言わんばかりである。

 だが焦ることはない。この都市は女子のエスコートにはもってこいなのだ。


 ソサエティの街並みは高層建築が犇めく中、ヨーロッパ風の建物も随所に確認できる。

 天使の現界以来、要塞都市では最先端技術を導入しつつも、英国ロンドンの文化も大いに取り入れていた。

 疑問に思うかもしれないが、これには理由がある。


 人は欧州の荘厳な風景を見ると、心のどこかにファンタジーな想像を抱いてしまう。

 ロマネスクの礼拝堂、バロック調の教会や大聖堂、リバイバル様式の市庁舎などは、このような意味合いが込められている。


 人間の潜在的なオカルトへの信奉こそが、異界の天使や悪魔にとって重要なのだ。


「天使を目の当たりにすると、古めかしい建物がなんだか神秘的に感じられるな」

「意外と乙女みたいな感性をしているんですね」

「うむ。戦車女くん、君も見習いたまえ」


 冗談を飛ばすと、ムッとなったパメラから頬をつねられた。

 未来的デザインの地下鉄を経由した後、二人が最初に足を向けたのは、街角で執り行われている大型のフリーマーケットだった。


「近々遠出をする必要があるので、衣服を用意しておいて下さい。ここなら安価に衣料品を揃えられるでしょう?」


 奇抜なペイントハウスが並び、辺りは人でごった返していた。

 古着やアンティークの家具が売られ、飲食店までが抑えられた一種のスーパーのような光景である。

 言われた通りテキトーな服を見繕うが、そこで良いことを思いついた。


「よし、お前の服も買おう。我ながらナイスアイデアだ」

「はあ? 別に私は必要ありませんけど」

「うるさい。今の格好だと俺が面白くないの」


 せっかく掃いて捨てるほど洋服が売られているのだ。

 これを機に彼女の見た目を少しでも自分好みに変えてやろう。

 このフリマは掘り出し物が多いことでも有名で、警官の制服からアニメキャラのコスチュームなど幅は広く、有名ブランドの古着も珍しくない。


 申し出を断ろうとするパメラを無視し、あれやこれやと勝手に選ぶ。


「これちょっと胸のサイズが小さいな。もう数センチは余裕がないと」

「ちょっとコラ! なに恥ずかしいことを!?」


 慌てる彼女をはね除けて次々と服を買い漁る。

 戸籍がなくなった仁だが、天使の温情か稼いだバイト代はすべて現金化されて届けられていた。

 彼女一人の洋服ぐらいなら、好き放題、選び放題なのである。


「すいません。この胸元が空いた服を一枚ください」

「ふざけるのは大概にしてください! こんなの着れませんよ!」


 パメラは真っ赤になって胸の所が空いたTシャツを指さす。

 着用すればきっと彼女の魅力が弾けるというのに、頑として譲らない。


「じゃあどういうのが良いんだよ?」

「そんな露出が激しいシャツなんて季節外れです!! だいたい寒いですよ!! 今の時期はあそこにあるセーターとかでしょう?」

「確かにあっちの方が温かいな。よし、これをプレゼントしてやろう」

「はあ? ですから、そんな気遣いは……」


 言っても無駄だと思ったのか、彼女は根負けしたように首を振った。

 どうやら渋々ながら服を受け取る気になったようである。

 その様に満足し、さっそく灰色のセーターを店員に言いつける。


「店員さん、このセーターの胸元を切り抜いて下さい!」

「どんなオーダーメイドですか!?」


 本格的に怒りそうだったので、止むなくセーターはそのまま購入した。

 その後フリマでは彼の衣服よりも、パメラのための上着からスカート、ブーツにマフラーやはてまた小物までを探し回った。

 結局トータルコーディネートを達成し、彼女は大層困惑気な顔になった。


****


 フリーマーケットで衣料品を買い揃えた二人は、次に博物館にやって来た。

 大英博物館を手本にしたとあって、正面玄関はギリシア建築を思わせるドデカい丸柱が並ぶ。

  話によると秘密情報部の持ち物らしく、タダで入場できるのでやって来たのだ。


「もしかしてここの展示品は、全部天使に関連する物なのか?」


 壁に掛けられた絵画、ガラスの向こうの骨董品を見ながら問う。


「そういう物が多いですね。我々の存在を人々の脳裏に刷り込み、影響力を強めるのにこういった場所は都合がいいですから」

「しかし、そのために博物館まで用意するとは。恐れ入った」


 美術品に詳しくない仁ですら、何やら神々しいオーラを感じ取れる。

 所蔵品を検索できる閲覧室まで拵えている点は、素直に大したものだと思った。

 諜報機関が行う宣伝としてはかなり成功しているだろう。


「しかしだなあ……芸術は難しい」


 神聖な空気は感じるものの、美術的センスはあくまで凡人だった。

 フロアに立つ美女を象った石像を見ても、考えることはいつも通りである。


「石じゃおっぱいの柔らかさを表現するのに不都合だろう。固い印象しか見ている者に与えない。そうは思わないか?」

「底なしの馬鹿ですか? もう少し他の感想があるでしょう?」

「そうだなあ。硬度があるなら、乳首はもっと尖らせてみたらどうだろう?」

「違うでしょ!! 胸から離れろ!!」


 悔しそうに声を荒げるパメラを眺めていると、ふと仁は気付いた。


 奥のフロアへ続く通路に、黄色いテープが貼れている。

 良く見ると『警察関係者以外の立ち入りを禁ずる』と書かれていた。

 有名な美術品は値打ちがあると言うし、それを狙った泥棒にでも入られたのか?


「よくやるなあ。こんなモンより、手に掴むべきは他にあるでしょ」

「変な視線を向けるのは止めてくれます?」 


 銀髪巨乳の在らぬ疑いに憤怒するとともに、博物館を後にした。


****


 パメラに博物館を案内してもらったお礼として、次は仁の行きつけの店へ招待する運びとなった。

 中心地からやや外れ、湿っぽく人通りの少ない路地裏へと移動する。


「どこへ向かっているのですか?」


 目的地を知らされていないパメラは、たいそう疑問げだ。


「着いたら分かる。お前が足を運ぶことのない店だ」

「ほほう、人間だけが赴く場所ということですね」

「そうだな。天使はたぶん寄り付かないと思う」


 キャリーバックを引く傍ら、パメラは少しだけ期待に胸躍るといった具合である。

 さらに五分ほど歩いた後、彼女の瞳にはピンク色の看板が映りこんだ。


「着いたぞ。アダルトショップ『ドクターZ』だ」


 自慢げに行きつけの店を指し示す。

 曇りガラスで内部は見えないが、看板には大人の玩具や精力剤、ジョークグッズ、DVDなどを取り扱っていると書かれている。

 成人男性が訪れる秘境を目の当たりにし、パメラは蒼白になった。


「……私を連れて来て、一体何が狙いですか?」

「いや女性の視点から、色々アドバイスが欲しいと思って」

「撃ち殺しますよ!?」


 デザートイーグルをこめかみに突きつけられ、すぐさま両手を上げる。

 半眼でこちらを睨め付ける彼女は、正直今までで一番怖かった。


「店舗ごと消滅させてあげましょうか? ええ、ホントに」

「そんなに怒らないで。この店を開いた男性は一本筋通った人で、俺が目標にするぐらいの人なんだ。決してお前が考えるような矮小な人物じゃないぞ」

「ではどんな素晴らしい方が経営を?」

「聞いて驚け。女性の恥部を見たいという一心で、医者になった程の人だ」

「筋金入りの変態じゃないですか!?」


 看板に込められた意味を知り、驚愕を示すパメラ。


 その後、店に対して破壊工作を試みる彼女を宥め、手早く買い物を済ませた。

 驚くべきことにパメラを店から離れた位置で待たせ、店内を物色する間、ゆうに三十分以上も放置するという所業をやってのけた。


 店から戻ると、彼女が汚物を見るような目つきになっていたのは、言うまでもなかった。


****


 変態ドクターが営んでいるアダルトショップを後にした二人は、駅前にあるカジュアルティールームと呼ばれる喫茶店を訪れた。


 仁は案内されてすぐ紅茶とタルトを気前よく奢ったのだが、パメラの顔は渋いまま。

 お洒落な店内と甘い香りに気を良くせず、如実に不満を示している。


「いつまで怒ってんだよ。ほらジャムを付けるとおいしいぞ?」

「全く……あなたの奇行にはついていけません」


 甘ったるいジャムの乗ったスコーンを勧めると、彼女はそれを口にした。

 傍らのパンパンになったスーツケースを見やる。

 仁だって軟禁生活を強いられているから年齢相応の準備は必要だった、と言い訳は添えておきたい。


「いい加減にしてくれませんか? 私を何だと思っているのです」

「神様、仏様、パメラ様状態だっての。おかげでほら、会員カードも作れたし」

「分かってないじゃないですか! まず感謝じゃなくて謝罪でしょう!」


 自慢げに見せるピンク色の会員カードを殴り飛ばし、パメラは一層青筋を走らせた。


「悪かったよ。とりあえず紅茶をどうぞ。これで機嫌を直して」


 使用人の如くポットから温かい紅茶を注ぎ、ナイフでスコーンを切り分ける。

 クリームたっぷりのお菓子が功を奏したのか、彼女も徐々に顔色を良くしていった。


「とにかくこれで買い物はあらかた終わりましたね。外出申請は終日ですから、寄りたいところがあればまだ回れますよ?」

「別にないけど、お前はどこか見たい場所とかないの?」

「え? ……そうですね、では国立公園は如何ですか?」


 彼女はソサエティに設置されている公園を提案した。

 だたっ広く若者が好むような場所ではないが、アーチや記念碑などのモニュメントが溢れ、休息にはもってこいだ。


「確か塔が建てられていて、都市の景観が一望できると聞いています」

「ふーん、良いんじゃね? つか意外と街について詳しいな」


 フリーマーケットや博物館もそうだが、彼女はこの街の地理に詳しい。

 天使の築いた城だから不思議ではないが、迷いなく歩く姿には少し驚いた。


「お前そういえば旅行が趣味だっけ? 部屋にガイドブックが山のようにあったし」

「え? ええ、まあ任務で各国を巡りますから」

「任務ってのは一人が多いのか?」

「そうですね、私の場合は特に。……話して面白い事はありませんよ」


 話を終えたかのように、彼女は紅茶に口を付けた。

 何か違和感を覚えたが、無理に掘り下げるのは止めた。

 せっかく良くなった機嫌が悪くなりかねないので、黙っておこうと思ったのだ。

※要塞都市ソサエティ

 巨人が出てくる漫画のように、街一帯が壁に囲まれ、おまけに空を結界で覆っている都市です。

 結界は画像諜報、つまり光情報のみを遮断する特殊なものをと考えてください。


 また街の景観や土地利用、文化については作中の通り英国ロンドンをモデルにしています。

 「カムデンマーケット」という古着やアンティークを扱うフリマが元ネタで、

 「カジュアルティールーム」というティータイムご用達の喫茶店も実際に存在します。


 そしてもちろん、アダルトショップは架空のものになります(笑)


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