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暗殺者より愛をこめて  作者: カツ丼王
序章
1/29

00.プロローグ

毎日更新予定です。よろしくお願い致します。

 最初に分かったのは、体の自由が効かないことだった。


「……?」


 真っ暗闇で視線を泳がせ、手足に力をこめる。

 返ってきたのは、全身をきつく締め付けられる感触だった。


「え? 何、これ何?」


 身体を揺さぶるも、ギシギシ音が鳴るだけ。どうも椅子に縛り付けられているらしい。

 なになにこれ何? 緊縛プレイ? 

 すると突如、視界に電光が奔った。


「ギャ!?」

「どうやら気づいたようだな。息災で何よりだ」


 大光量に眩む中、甲高い声が耳に届く。

 少年は苦悶の声を漏らし、視線の先に浮かぶシルエットを睨んだ。


「君は今の状況を理解できているか?」


 仰々しい物言いだが、声は可愛らしかった。逆光でよく見えないが、テーブルの奥に座っているのは幼い少女のようだ。それと脇に複数の人影がある。

 もしやこの人数に、俺は色々されるのか? そんなのイヤだ!!

 尻の穴をキュッと締めて戦慄していると、少女が口を開いた。


「喚くかと思ったが存外冷静だな、少年」

「……そういうあなたは、どこのどなたですか?」

「私の事は後だ。まず君の名前は?」


 癇に障る言い方だが、ひとまず正直に答えることにする。


「名前は……紅山仁べにやまじんだ」

「では仁くんと呼ばせてもらおう。仁くん、君の職業と年齢は?」

「職には就いてない。高校生だ。年は十七歳で、近くの高校に通っている」

「ふむ、友好的な態度は歓迎だ。ではこの状況を少し説明しよう」


 少女は主導権を感じさせつつ、話題を移した。


「君は今、非常に不安定な立場にある。安全を確保するために、申し訳ないがこのような場を開いた。まあ言うなれば、バイトの面接のようなものだ」


 絶対に嘘だ。何でバイトの面接で拘束されなければならない? 

 どれだけブラックな職場なんだ。もしや正直に名乗ったのは失策だったか?


「ああそれと、この面接には嘘発見器ポリグラフを導入している。注意してくれ」


 ブラックどころか暗黒企業だった。

 話によると電極を掌に貼りつけられており、嘘を付けば即座にブザーが鳴る模様。思想警察か何か?


「ではテストだ。好みの女性のタイプは?」

「優しくて母性に溢れる人です」


 ブーッと警報が鳴り響いた。


「嘘をつくな。正直に答えないと為にならんぞ」

「巨乳です。胸の大きな女性が好みです」


 静かな時間が流れた。


「なるほど。胸の大きさで女性を判断するのか、君は」


 人影たちがザワザワと蠢く。どうやら尋問ではなく拷問だったようだ。


「次の質問だ。よく視聴するアダルトビデオのジャンルは?」

「ちょっと待って!? 質問に悪意を感じるんだが!?」


 途端、後頭部に固い感触が当たり、ガチンと金属音が聞こえた。

 これはまさか、弾丸が飛び出るあれか?


「余計なおしゃべりは嫌いだ。脳味噌が飛び散るのは見たくない」

「好きなのは洋モノです。女優はもちろん巨乳で、出来るだけハードなのが好きです。縛り方がマニアックだったりローソク等のオプションがあれば、より良いと考えます」


 束の間の静寂が流れた。


 再度人影が騒ぐ。

「マジかよ。コイツSM好きかよ」「この状況喜んでんじゃね?」とヒソヒソ声まで聞こえた。


「君の部屋に隠されていた雑誌の趣向とも一致しているな。初めから正直に答えれば良いものを……見栄を張るな」


 咎めるようなセリフに目頭が熱くなった。

 小学生の時にトイレでウンコして、それをクラスで言いふらされたくらいの屈辱である。


「君の社会的地位、生活習慣、趣味、性癖、あらゆる情報が私の下に集まっている。これは言わば確認作業なのだよ」

「そのせいで俺は年甲斐もなく泣きそうなんだけど?」

「まあまあ落ち着け。机の奥底に隠していた黒いノート。オリジナル詩集を読み上げられるよりはマシだろう?」


 背筋が凍りつく。もはや両者の力関係はここに決定した。


「何でも聞いてくれ。力になるぜ」

「喜ばしい限りだ。後でハンカチを持って来てやろう」


 少女のシルエットが頷き、鼻声の仁へと質問を続けた。


「それでは君の直近の一日を思い出してみよう。朝起きて、君は何をする?」

「そりゃあ……眠い目を擦って顔を洗い、母さんの作った飯を食って、バタバタと着替えて学校に向かうって所だ」

「そうだ。アパートを出る際に『美少女でも落ちてこないかな』と零す毎日だ」

「あの、ハンカチ早めに持ってきて貰って良い?」


 背後の人物に涙を拭ってもらい、話を続けた。


「学校で授業を受け、モテないクラスメイトと共に昼食を摂り、『この世は腐ってる』とか呟く。テロリストが校舎を襲ってくる妄想をしながら、平凡な一日を過ごすわけだ」

「し、してねーし。非常時を想定したイメージトレーニングだし」

「妄想だ。もしくは現実逃避ともいえる」


 一体いつまでも続くのだ、この悪夢は。いっそ殺してくれ。


「部活には入らず、模型店でアルバイトに励んでいるみたいだな。学費を自分で賄っているとは、見上げた変態だ」

「完全に見下げてるよね?」

「だが昨日はバイトも休みで、繁華街に寄り道をした。そうだね?」


 事実だった。バイトがなかったから本屋に寄ってから帰宅する。別段おかしくもないし、非難されるような謂れもない。高校生なら寄り道ぐらいする。


 だが顔の見えない少女は、一息ついて態度を固くした。


「本屋でクラフト関係の月刊誌を一冊購入した後、君はある不運に巻き込まれた。いや、自らその渦中に飛び込んだのだ」

「? どういうことだ?」


 本屋に足を運んだのは薄っすらだが覚えている。

 暇つぶしに電子工作でも始めようかと考えたのだ。その後はどうしただろう?


「正確には十八禁コーナーの前を七度通り過ぎ、諦めて雑誌を購入した後だ」

「い、言いがかりは止めろ!」


 慌てて否認するが、警報音が鳴って嗚咽が漏れた。


「人のプライベートを覗きやがって……お前ら一体何者だ!? 変態か!?」


 行動を言い当てられた仁は、自分の奇行を棚上げにして批判する。


「我々が属する組織は諜報機関としての性格を持ち、人間達を影から守っている。君の行動を全て知っていることが、その証拠ということさ」

「人間達? まるで自分は人間ではないみたいなセリフだな」

「その通り。私達は天使なのだ」


 自分は天使だという返答を受け、仁は呆れかえった。


「悪魔の間違いだろ?」

「天使だ。悪魔も似たような機関を持っているが、性質は全く異なる」

「あ、そう。俺を拷問に掛けて、何か聞き出そうっていうのか?」

「そうだ。君はある疑いを掛けられている」

「は? 容疑者扱いか? 言っとくけど、犯罪とかには手を染めてないぞ」

「分かっている。性に興味津々なところは苦笑いだが、至って普通の高校生と言える」

「だ、男子高校生はみんな性教育に関心があるんだ」


 身に覚えのない疑惑を受けて、ただでさえ悪い目つきを更にきつくする。

 敵意丸出しの態度を意外に思ったのか、少女は抜けた声音になった。


「本当に覚えていないのか? 本屋を出て、交差点に差し掛かった直後のことを」

「さあね? 車に轢かれたとか?」


 馬鹿にするような返事をする仁。

 すると全く別方向から、第三者が口を挟んだ。


「違います。あなたは何者かに狙撃されたのです」


 透き通るような女の声が響く。

 突然の参加者に驚くが、それより内容が不可解だった。

 狙撃? つまり何だ? 自分は凶弾に倒れたということか?


「馬鹿じゃないのか? 俺は今ピンピンしてるんだぜ?」


 嘲笑いながら、声の方を振り返る。

 視界に飛び込んだのは、場にそぐわない程に美しい銀髪の少女だった。

 彼女は凛とした相貌を向け、じっとこちらを見ている。


「あなたが怪我一つないのは、天使の力の賜物です。本来あなたは右の肺に撃ち込まれた7.62mm×NATO弾によって即死でした」


 淡々と銀髪の少女は語る。まるで用意された原稿を読み上げているかのようだ。

 狙撃されたという突飛な発言に、頭が追い付かない。


「ふ、ふざけているのか?」

「いいえ、至って真面目です」


 動揺する仁を無視し、彼女の手がゆっくりと近づく。

 白く澄んだ指先が胸に触れ、顔がすぐ真横にまで迫った。


「ここですよ? 風穴が空いたのは?」


 無味乾燥とした声だったが、仁は呼吸を狂わされた。

 鼻腔をつく甘い香りに頭が揺れ、止む得ずドギマギしてしまう。

 ビックリした。いきなり美少女にキスされるかと思った。


「パメラ、あまり刺激を与えるんじゃない。彼は思春期なんだ」

「? 脅しをかけた訳ではないのですが?」


 赤面する仁とは対照的に、少女は首を傾げる。

 どうも彼女の名はパメラというらしい。


「パメラ、お前は何者なんだ?」

「私はそこに居る方の部下です」


 パメラの視線が、幼女のシルエットを向く。


「さっきから俺を執拗に攻めるガキが上司? 笑えるね」


 せせら笑うと、彼女の目が一段と鋭くなる。

 一瞬、瞳が赤みを帯びた気がしたが、すぐ無感情へと戻った。


「自己紹介がまだだったな。私はザフキエル。しがない管理職だ」

「ザフキエル? 『神の番人』の異名を持つ天使か?」

「ほう、流石は中二病患者なだけはあるな。私はその守護天使に相違ない」


 ため息が出た。そんなコテコテの設定では、今どきのオタクは全然満足させられない。

 天使なんてポピュラー過ぎて感動も驚きもない。きっと掲示板でスレも立たない。


「入会案内なら記入するから、早く縄をほどけよ」


 コイツらは達の悪い宗教団体か何かだろう、と勝手に想像する。

 すると眼前の天使を名乗る幼女は、盛大に笑い始めた。


「それは助かる。君には仲間になって貰う必要があったが、手間が省けた」

「どうでもいいから早くしてくれ。手が痺れてヤバい。あとウンコもしたい」

「了解した。パメラ」


 ザフキエルが手で合図をすると、パメラが反応した。

 ようやく解放される。入会した後で自由になったら、すぐに警察に通報してやる。

 性的虐待を受けたと泣き喚いてやる。見ていろこのウンコ共が。

 ニヤニヤと妄想にふけていると、額に固い物が押し付けられた。


「は?」


 パメラから突きつけられた物を見て、一気に血の気が失せる。

 それは一丁の拳銃だった。


「チクッとしますよ」

「注射みたいな言い方は止めろよ!」


 偽物に違いない。だが突きつけられた銃には重量感があった。無論モノホンの銃なんてお目に掛かったことはないが、なぜだろう? 妙にリアルな気がする。


「本物じゃないよね?」

「イスラエルの名銃デザートイーグル。50口径モデルです」

「う、撃たないよね?」


 仁の言葉にパメラは考える素振りを見せ、フッと微笑を浮かべる。

 瞬間、ドカンと火薬が爆ぜる音が響き、視界が砂嵐を映す。

 頭蓋骨を撃ち抜かれたと分かるより先に、見覚えのある光景が見えた。

 人々の行き交う交差点があり、どうもその一角の映像らしい。


(……ん?)


 すると目つきの悪い少年――紅山仁その人が現れた。

 彼は交差点のど真ん中で横たわり、口と胸元から大量の血を吐きだしていた。


「な、これは!?」

「思い出しましたか? 自分の死に様を」


 砂嵐が過ぎ去り、彼の意識が尋問部屋へと戻ってきた。

 右胸がじんわりと痺れ、今見えた光景が現実だったと物語る。


「今見せたのは昨日の私の記憶です。見えたでしょう? 自分の死体が」

「……今のが、天使の力ってわけか?」

記憶弾メモリーバレット。自分の記憶を被弾者に見せられる弾丸です」

「はは……すごいね、これは」


 人智を超えた力には困惑しかないが、仁はようやく理解できた。

 そうだった。自分は帰り道、交差点で偶然見かけた彼女を助けようとしたのだ。

 狙撃銃の赤いレーザーが顔を掠めたと思った刹那、何者かに狙撃された……のだと思う。

 脂汗を額に浮かべる仁は、パメラの方を見る。


「なんだお前無事だったのかよ。ならまあ別に良いか」


 ホッとした彼は、思わず胸をなでおろした。

 彼女は意外にも驚きを示すが、まもなくザフキエルが割って入った。


「君が身を挺したおかげでパメラは無事だったよ。しかしたとえ狙撃されても、大した支障はなかっただろう。彼女は頑丈だからね」


 粛々と説明を受け、仁は次いで自分の体を見下ろす。


「俺が狙撃されたのに傷がないのは、同じような力の影響か?」

変性弾トランスバレットを撃ち込まれた結果だ。君は魂が変位し、その効能で生き永らえた。まあ代わりに身柄を預かる羽目になったがね」

「預かる? どういうことだ?」

「君は天使の存在を知り、同時に力を授かった。だから知識と技術を身に着け、正しく扱えるよう訓練する必要がある。それがルールなんだよ」


 つまりあれこれ知った仁を、おいそれと解放は出来ないらしい。

 納得できないことばかりだが、とにかく分かったのは二つだ。

 紅山仁は学校帰りの交差点でパメラを見かけ、彼女を庇って狙撃された。

 そのせいで彼は自称天使達の下で、教育的指導を受けることになった。

 以上である。


「いやいや、全く意味わからんわ」

「分からなくても処遇は決定しています。あなたはこれから天使や悪魔について学び、訓練を受けるのです」


 パメラはキリッとした表情で、真っ直ぐ仁を見る。

 透き通るような肌には傷どころかシミ一つない。話す声や身振りも元気そのものだ。


「これで簡単な説明は終わりだ。ようこそ仁くん、我々の世界に」


 ザフキエルの歓迎には、溜息を漏らすほかなかった。

 どうやら想像を超えた世界へと、足を踏み入れてしまったらしい。

 辟易とした心情のまま、傍らの少女をチラッと盗み見る。

 偶然にも身を挺して守った銀髪の乙女。

 彼女を視界に収めるたびに、胸のあたりがきつく締め付けられる。

 仁はそれを暗殺者からの銃撃によるものだと、この時は思っていた。

あと書きでは各話のTipsを書き留めたいと思います。

よろしければ、お付き合いください。


嘘発見器ポリグラフ

 被験者の手のひらに小電極を装着し、汗腺活動を記録する装置です。

 人間は心理的な変化が起こると、発汗という形で反応を示します。

 いわゆる『手に汗握る』ということで、手のひらの電気抵抗変化を測定し、

 心理状態を補足するのが目的となります。


 実際に検査する際は、被験者に何度か質問を繰り返し、

 通常の状態を把握する必要があるのですが……ここでは無視してます(笑)

 

 とはいえ実際に1947年警視庁に導入されたという話で、なかなか侮れません。

 個人的には一度検査を受けてみたいです。

 犯罪を犯す気はないですが……

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