00.プロローグ
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最初に分かったのは、体の自由が効かないことだった。
「……?」
真っ暗闇で視線を泳がせ、手足に力をこめる。
返ってきたのは、全身をきつく締め付けられる感触だった。
「え? 何、これ何?」
身体を揺さぶるも、ギシギシ音が鳴るだけ。どうも椅子に縛り付けられているらしい。
なになにこれ何? 緊縛プレイ?
すると突如、視界に電光が奔った。
「ギャ!?」
「どうやら気づいたようだな。息災で何よりだ」
大光量に眩む中、甲高い声が耳に届く。
少年は苦悶の声を漏らし、視線の先に浮かぶシルエットを睨んだ。
「君は今の状況を理解できているか?」
仰々しい物言いだが、声は可愛らしかった。逆光でよく見えないが、テーブルの奥に座っているのは幼い少女のようだ。それと脇に複数の人影がある。
もしやこの人数に、俺は色々されるのか? そんなのイヤだ!!
尻の穴をキュッと締めて戦慄していると、少女が口を開いた。
「喚くかと思ったが存外冷静だな、少年」
「……そういうあなたは、どこのどなたですか?」
「私の事は後だ。まず君の名前は?」
癇に障る言い方だが、ひとまず正直に答えることにする。
「名前は……紅山仁だ」
「では仁くんと呼ばせてもらおう。仁くん、君の職業と年齢は?」
「職には就いてない。高校生だ。年は十七歳で、近くの高校に通っている」
「ふむ、友好的な態度は歓迎だ。ではこの状況を少し説明しよう」
少女は主導権を感じさせつつ、話題を移した。
「君は今、非常に不安定な立場にある。安全を確保するために、申し訳ないがこのような場を開いた。まあ言うなれば、バイトの面接のようなものだ」
絶対に嘘だ。何でバイトの面接で拘束されなければならない?
どれだけブラックな職場なんだ。もしや正直に名乗ったのは失策だったか?
「ああそれと、この面接には嘘発見器を導入している。注意してくれ」
ブラックどころか暗黒企業だった。
話によると電極を掌に貼りつけられており、嘘を付けば即座にブザーが鳴る模様。思想警察か何か?
「ではテストだ。好みの女性のタイプは?」
「優しくて母性に溢れる人です」
ブーッと警報が鳴り響いた。
「嘘をつくな。正直に答えないと為にならんぞ」
「巨乳です。胸の大きな女性が好みです」
静かな時間が流れた。
「なるほど。胸の大きさで女性を判断するのか、君は」
人影たちがザワザワと蠢く。どうやら尋問ではなく拷問だったようだ。
「次の質問だ。よく視聴するアダルトビデオのジャンルは?」
「ちょっと待って!? 質問に悪意を感じるんだが!?」
途端、後頭部に固い感触が当たり、ガチンと金属音が聞こえた。
これはまさか、弾丸が飛び出るあれか?
「余計なおしゃべりは嫌いだ。脳味噌が飛び散るのは見たくない」
「好きなのは洋モノです。女優はもちろん巨乳で、出来るだけハードなのが好きです。縛り方がマニアックだったりローソク等のオプションがあれば、より良いと考えます」
束の間の静寂が流れた。
再度人影が騒ぐ。
「マジかよ。コイツSM好きかよ」「この状況喜んでんじゃね?」とヒソヒソ声まで聞こえた。
「君の部屋に隠されていた雑誌の趣向とも一致しているな。初めから正直に答えれば良いものを……見栄を張るな」
咎めるようなセリフに目頭が熱くなった。
小学生の時にトイレでウンコして、それをクラスで言いふらされたくらいの屈辱である。
「君の社会的地位、生活習慣、趣味、性癖、あらゆる情報が私の下に集まっている。これは言わば確認作業なのだよ」
「そのせいで俺は年甲斐もなく泣きそうなんだけど?」
「まあまあ落ち着け。机の奥底に隠していた黒いノート。オリジナル詩集を読み上げられるよりはマシだろう?」
背筋が凍りつく。もはや両者の力関係はここに決定した。
「何でも聞いてくれ。力になるぜ」
「喜ばしい限りだ。後でハンカチを持って来てやろう」
少女のシルエットが頷き、鼻声の仁へと質問を続けた。
「それでは君の直近の一日を思い出してみよう。朝起きて、君は何をする?」
「そりゃあ……眠い目を擦って顔を洗い、母さんの作った飯を食って、バタバタと着替えて学校に向かうって所だ」
「そうだ。アパートを出る際に『美少女でも落ちてこないかな』と零す毎日だ」
「あの、ハンカチ早めに持ってきて貰って良い?」
背後の人物に涙を拭ってもらい、話を続けた。
「学校で授業を受け、モテないクラスメイトと共に昼食を摂り、『この世は腐ってる』とか呟く。テロリストが校舎を襲ってくる妄想をしながら、平凡な一日を過ごすわけだ」
「し、してねーし。非常時を想定したイメージトレーニングだし」
「妄想だ。もしくは現実逃避ともいえる」
一体いつまでも続くのだ、この悪夢は。いっそ殺してくれ。
「部活には入らず、模型店でアルバイトに励んでいるみたいだな。学費を自分で賄っているとは、見上げた変態だ」
「完全に見下げてるよね?」
「だが昨日はバイトも休みで、繁華街に寄り道をした。そうだね?」
事実だった。バイトがなかったから本屋に寄ってから帰宅する。別段おかしくもないし、非難されるような謂れもない。高校生なら寄り道ぐらいする。
だが顔の見えない少女は、一息ついて態度を固くした。
「本屋でクラフト関係の月刊誌を一冊購入した後、君はある不運に巻き込まれた。いや、自らその渦中に飛び込んだのだ」
「? どういうことだ?」
本屋に足を運んだのは薄っすらだが覚えている。
暇つぶしに電子工作でも始めようかと考えたのだ。その後はどうしただろう?
「正確には十八禁コーナーの前を七度通り過ぎ、諦めて雑誌を購入した後だ」
「い、言いがかりは止めろ!」
慌てて否認するが、警報音が鳴って嗚咽が漏れた。
「人のプライベートを覗きやがって……お前ら一体何者だ!? 変態か!?」
行動を言い当てられた仁は、自分の奇行を棚上げにして批判する。
「我々が属する組織は諜報機関としての性格を持ち、人間達を影から守っている。君の行動を全て知っていることが、その証拠ということさ」
「人間達? まるで自分は人間ではないみたいなセリフだな」
「その通り。私達は天使なのだ」
自分は天使だという返答を受け、仁は呆れかえった。
「悪魔の間違いだろ?」
「天使だ。悪魔も似たような機関を持っているが、性質は全く異なる」
「あ、そう。俺を拷問に掛けて、何か聞き出そうっていうのか?」
「そうだ。君はある疑いを掛けられている」
「は? 容疑者扱いか? 言っとくけど、犯罪とかには手を染めてないぞ」
「分かっている。性に興味津々なところは苦笑いだが、至って普通の高校生と言える」
「だ、男子高校生はみんな性教育に関心があるんだ」
身に覚えのない疑惑を受けて、ただでさえ悪い目つきを更にきつくする。
敵意丸出しの態度を意外に思ったのか、少女は抜けた声音になった。
「本当に覚えていないのか? 本屋を出て、交差点に差し掛かった直後のことを」
「さあね? 車に轢かれたとか?」
馬鹿にするような返事をする仁。
すると全く別方向から、第三者が口を挟んだ。
「違います。あなたは何者かに狙撃されたのです」
透き通るような女の声が響く。
突然の参加者に驚くが、それより内容が不可解だった。
狙撃? つまり何だ? 自分は凶弾に倒れたということか?
「馬鹿じゃないのか? 俺は今ピンピンしてるんだぜ?」
嘲笑いながら、声の方を振り返る。
視界に飛び込んだのは、場にそぐわない程に美しい銀髪の少女だった。
彼女は凛とした相貌を向け、じっとこちらを見ている。
「あなたが怪我一つないのは、天使の力の賜物です。本来あなたは右の肺に撃ち込まれた7.62mm×NATO弾によって即死でした」
淡々と銀髪の少女は語る。まるで用意された原稿を読み上げているかのようだ。
狙撃されたという突飛な発言に、頭が追い付かない。
「ふ、ふざけているのか?」
「いいえ、至って真面目です」
動揺する仁を無視し、彼女の手がゆっくりと近づく。
白く澄んだ指先が胸に触れ、顔がすぐ真横にまで迫った。
「ここですよ? 風穴が空いたのは?」
無味乾燥とした声だったが、仁は呼吸を狂わされた。
鼻腔をつく甘い香りに頭が揺れ、止む得ずドギマギしてしまう。
ビックリした。いきなり美少女にキスされるかと思った。
「パメラ、あまり刺激を与えるんじゃない。彼は思春期なんだ」
「? 脅しをかけた訳ではないのですが?」
赤面する仁とは対照的に、少女は首を傾げる。
どうも彼女の名はパメラというらしい。
「パメラ、お前は何者なんだ?」
「私はそこに居る方の部下です」
パメラの視線が、幼女のシルエットを向く。
「さっきから俺を執拗に攻めるガキが上司? 笑えるね」
せせら笑うと、彼女の目が一段と鋭くなる。
一瞬、瞳が赤みを帯びた気がしたが、すぐ無感情へと戻った。
「自己紹介がまだだったな。私はザフキエル。しがない管理職だ」
「ザフキエル? 『神の番人』の異名を持つ天使か?」
「ほう、流石は中二病患者なだけはあるな。私はその守護天使に相違ない」
ため息が出た。そんなコテコテの設定では、今どきのオタクは全然満足させられない。
天使なんてポピュラー過ぎて感動も驚きもない。きっと掲示板でスレも立たない。
「入会案内なら記入するから、早く縄をほどけよ」
コイツらは達の悪い宗教団体か何かだろう、と勝手に想像する。
すると眼前の天使を名乗る幼女は、盛大に笑い始めた。
「それは助かる。君には仲間になって貰う必要があったが、手間が省けた」
「どうでもいいから早くしてくれ。手が痺れてヤバい。あとウンコもしたい」
「了解した。パメラ」
ザフキエルが手で合図をすると、パメラが反応した。
ようやく解放される。入会した後で自由になったら、すぐに警察に通報してやる。
性的虐待を受けたと泣き喚いてやる。見ていろこのウンコ共が。
ニヤニヤと妄想にふけていると、額に固い物が押し付けられた。
「は?」
パメラから突きつけられた物を見て、一気に血の気が失せる。
それは一丁の拳銃だった。
「チクッとしますよ」
「注射みたいな言い方は止めろよ!」
偽物に違いない。だが突きつけられた銃には重量感があった。無論モノホンの銃なんてお目に掛かったことはないが、なぜだろう? 妙にリアルな気がする。
「本物じゃないよね?」
「イスラエルの名銃デザートイーグル。50口径モデルです」
「う、撃たないよね?」
仁の言葉にパメラは考える素振りを見せ、フッと微笑を浮かべる。
瞬間、ドカンと火薬が爆ぜる音が響き、視界が砂嵐を映す。
頭蓋骨を撃ち抜かれたと分かるより先に、見覚えのある光景が見えた。
人々の行き交う交差点があり、どうもその一角の映像らしい。
(……ん?)
すると目つきの悪い少年――紅山仁その人が現れた。
彼は交差点のど真ん中で横たわり、口と胸元から大量の血を吐きだしていた。
「な、これは!?」
「思い出しましたか? 自分の死に様を」
砂嵐が過ぎ去り、彼の意識が尋問部屋へと戻ってきた。
右胸がじんわりと痺れ、今見えた光景が現実だったと物語る。
「今見せたのは昨日の私の記憶です。見えたでしょう? 自分の死体が」
「……今のが、天使の力ってわけか?」
「記憶弾。自分の記憶を被弾者に見せられる弾丸です」
「はは……すごいね、これは」
人智を超えた力には困惑しかないが、仁はようやく理解できた。
そうだった。自分は帰り道、交差点で偶然見かけた彼女を助けようとしたのだ。
狙撃銃の赤いレーザーが顔を掠めたと思った刹那、何者かに狙撃された……のだと思う。
脂汗を額に浮かべる仁は、パメラの方を見る。
「なんだお前無事だったのかよ。ならまあ別に良いか」
ホッとした彼は、思わず胸をなでおろした。
彼女は意外にも驚きを示すが、まもなくザフキエルが割って入った。
「君が身を挺したおかげでパメラは無事だったよ。しかしたとえ狙撃されても、大した支障はなかっただろう。彼女は頑丈だからね」
粛々と説明を受け、仁は次いで自分の体を見下ろす。
「俺が狙撃されたのに傷がないのは、同じような力の影響か?」
「変性弾を撃ち込まれた結果だ。君は魂が変位し、その効能で生き永らえた。まあ代わりに身柄を預かる羽目になったがね」
「預かる? どういうことだ?」
「君は天使の存在を知り、同時に力を授かった。だから知識と技術を身に着け、正しく扱えるよう訓練する必要がある。それがルールなんだよ」
つまりあれこれ知った仁を、おいそれと解放は出来ないらしい。
納得できないことばかりだが、とにかく分かったのは二つだ。
紅山仁は学校帰りの交差点でパメラを見かけ、彼女を庇って狙撃された。
そのせいで彼は自称天使達の下で、教育的指導を受けることになった。
以上である。
「いやいや、全く意味わからんわ」
「分からなくても処遇は決定しています。あなたはこれから天使や悪魔について学び、訓練を受けるのです」
パメラはキリッとした表情で、真っ直ぐ仁を見る。
透き通るような肌には傷どころかシミ一つない。話す声や身振りも元気そのものだ。
「これで簡単な説明は終わりだ。ようこそ仁くん、我々の世界に」
ザフキエルの歓迎には、溜息を漏らすほかなかった。
どうやら想像を超えた世界へと、足を踏み入れてしまったらしい。
辟易とした心情のまま、傍らの少女をチラッと盗み見る。
偶然にも身を挺して守った銀髪の乙女。
彼女を視界に収めるたびに、胸のあたりがきつく締め付けられる。
仁はそれを暗殺者からの銃撃によるものだと、この時は思っていた。
あと書きでは各話のTipsを書き留めたいと思います。
よろしければ、お付き合いください。
※嘘発見器
被験者の手のひらに小電極を装着し、汗腺活動を記録する装置です。
人間は心理的な変化が起こると、発汗という形で反応を示します。
いわゆる『手に汗握る』ということで、手のひらの電気抵抗変化を測定し、
心理状態を補足するのが目的となります。
実際に検査する際は、被験者に何度か質問を繰り返し、
通常の状態を把握する必要があるのですが……ここでは無視してます(笑)
とはいえ実際に1947年警視庁に導入されたという話で、なかなか侮れません。
個人的には一度検査を受けてみたいです。
犯罪を犯す気はないですが……