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お母さん

 畳の匂いがする。畳の匂いが私は好きだった。布団は太陽にたっぷり当てた温もりがあった。

「・・・」

 薄闇の中に薄らと天井の木目が見える。

「ねえ、メグちゃんのお母さんてどんな人?」

 電気を消して暗闇に目が慣れて来た頃だった。突然唯が私に訊いてきた。

「え?」

 私と唯はいつものように、布団を並べて寝ていた。

「どんな人だったの?」

「・・・」

 何とも言えず返事に困る。

「お母さんかぁ」

 私はじっと天井の木目を見つめた。昔、お母さんと和室に一緒に寝た時、同じように天井の木目を見ていたのを思い出す。母が隣りに寝ている安堵感、安らぎ、匂い。あの頃は、幸せが当たり前過ぎて、それを幸せだとさえ気づいていなかった。

「唯ちゃんのお母さんは?」

「ううん、分かんない」

「分かんない?」

「うん、分かんない」

「唯ちゃん、お母さんいないの?」

「ううん、いるけど、どっか行っちゃった」

「・・・」

 私は唯を見た。唯は天井を見つめていた。

「でも、絶対帰って来るって、近所のおばさんが言ってた」

「・・・」

「ゆいのお母さんね、ゆいが良い子になったら帰ってくるの」

「?」

「ゆいね。悪い子なんだ」

「悪い子?」

「うん、悪い子。だからお母さんどっか行っちゃったの。だから良い子になるの。このお寺で毎日毎日修行して良い子になったら、お母さん帰って来るんだ」

「唯ちゃんは悪い子じゃないよ」

「ううん、ゆいは悪い子なの。だから毎日毎日お母さんは唯を叩いたの。でも、ゆいが良い子にならないからお母さんどっか行っちゃった」

「唯ちゃんは絶対に悪い子じゃないよ」

 私は跳ね起きた。

「ううん、わたしは悪い子なんだ」

「絶対違うよ」

「ううん、わたしは悪い子。学校の先生も言ってたし、クラスの子もみんな言ってたもん。お前はバカだって、クズでどうしようもない奴だって。だからお母さんがいないんだって」

「絶対唯ちゃんは悪い子じゃない。悪い子じゃない。絶対違う。バカでもない、クズでもない。どうしようもなくもない。とっても良い子だよ。ものすごく良い子だよ」

「じゃあ、お母さん帰って来るかな」

 唯がキラキラとした目で私を見た。

「えっ、う、うん・・、きっと帰って来るよ・・」

「やったぁ、お母さんて誕生日にケーキをくれるんでしょ」

 唯も布団から跳ね起きた。

「えっ、ケーキ?」

「うん、みんな言ってたよ。誕生日にはお母さんはケーキをくれるって」

「ああ、うん」

「やったぁ。ケーキ、ケーキ、ゆいね。チョコレートのがいい」

「えっ、うん」

「メグちゃんはどんなケーキもらったの?」

「私は・・・、う~ん、そうだなぁ・・」

 私は遠い幼い頃の記憶を辿る。

「そういえば、キウイがいっぱいついてるやつだったなぁ・・」

 そういえば、私の誕生日に母は自分でケーキを焼いてくれた。決して料理の得意な人ではなったけれど、朝から準備して一生懸命作ってくれた。私も兄と一緒に手伝って、ホイップクリームを泡立てたっけ。その泡立て機に残ったクリームを兄と奪い合いながら舐めるのが、堪らなくおいしかった。

「キウイかぁ。キウイって何?」

「そういう果物があるの」

「へえ、そうなんだ。ゆいもそれ食べたい」

「唯ちゃんは誕生日いつなの」

「分かんない」

「えっ」

「分かんない。誰も教えてくれなかったの。でも、お母さんなら知ってるよね」

「う、うん・・」

 私はその夜、なかなか寝つけなかった。顔を横に向けると唯はすでにスヤスヤと穏やかな寝息を立てている。

「・・・」

 私はもう一度、薄暗い天井の木目を黙って見つめた。


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