枕投げボーイは異世界を練り歩く
どうも、俺の名は……人呼んで枕投げボーイ。
俺は高校の修学旅行で枕投げをしていたんだが、野球部の田中ってやつが本気で投げた枕が後頭部に直撃して死んじまったんだ。
だけど、気づいたら俺は異世界と呼ばれるであろう場所に来ちまっていた。
死んだときの姿……つまり学校の体操着で、小脇に一つの枕を抱えてな。
まぁ、それも現在進行形な訳だが。
ちょっと待て。
ちょっと待ってほしい。
どうしろと?
寝ればいいのか?こんな薄暗い森の真ん中で!今時バラエティー番組だって、そんなこたしないわ!
と、一人で怒っていてもしょうがないので
一先ず森から出てみようと思う。
遭難したときは派手に動くなというが、
なんといっても心細い。
いくら俺が枕大好きだからってお供にはちと足りない。
よくあるチート能力でもあれば別だがなー、と俺は枕をぼふぼふと叩くが
ピエーピエー、聞こえるのは鳥かなにかが発する奇妙な鳴き声だけ。
ですよねー、なにも起こりませんよねー……
だってただの枕だもの。
「はぁ……枕投げをする相手もいないってのは、寂しいもんだな」
思わず声がでてしまった。
どうしたものか。
異世界にきたはいいが、森の中で、
ひとりぼっちで、運動着で……
うーむ……解せぬ。
何で俺がこんな目に…これも全部田中のせいだあのバカヤロー。
田中への怒りを近くにあった木に拳でぶつけるが、なんとも、なんとも虚しい。
それどころか、痛い、とても痛い。
拳が痛い、心が痛い。
早くも心折れた俺は、枕を地面に叩きつける。
何度も、何度も。
大好きなはずの枕が、今は憎くてしょうがない。
なのに…なのに……
叩きつける度に、心が軋む。
なぜ、何故。
どうしようもない、心に溜まりたまった感情は、今にも溢れそうだ。
いつしか、俺は汚れた枕をぎゅーっと抱き締めていた。
そうだった。
俺の青春は、人生は、枕との人生だったんだ。それなのに、俺は……
「ごめんよ…枕……」
またよりいっそう、俺は強く枕を抱き締める。そんなとき、俺の感情が涙となって溢れでた。
一粒の涙が、抱き締めていた枕に落ちる。
すると、突如枕が光だした!
「なんだこりゃあ……」
俺は、光に包まれ形が変わっていく枕を見てそう呟く。
唖然としているうちに、いつの間にか輝きは消え失せ、そこには、
「よろしくお願いします!マスター!」
ハツラツとした声で俺にそんな言葉を放つ、スタイル抜群で露出が多い白の服を身に纏う美少女がいた。
まさか……!
俺はそう思い、その美少女に問う。
「お前……まさか……枕…なのか…?」
「はいっ!マスター!」
なんと、なんということか…!
俺の枕が……こんなケシカランボディーの
女の子になるなんて!
俺は今……最高に幸せだ……
思わずにやけてしまう。
それもそうだろう。
元枕とはいえもう二度とお目にかかれないんじゃないかとさえ思っていた自分以外の
人間に出会えたのだから。
それも、超可愛い女の子…!
「涙を拭いてくださいマスター!
私がいればもう大丈夫です!一緒にこの世界でセカンドライフを楽しんじゃいましょう!」
天使だ……
俺は楽しそうに笑う彼女を見て、
心底そう思った。
さっきまでの絶望は、もうすでに忘却の彼方に消え去っている。
当たり前だ。
目の前に、天使が降臨したのだから。
「うん、うん!楽しもう!セカンドライフ!」
さっきまで帰りたいと嘆いていた自分はどこへやら、俺は目の前の天使に激しく同意した。
ああ、美少女万歳!おっぱい万歳!
今まで、枕を愛し続けてきた俺へのご褒美か!神様、いるなら百万回礼を言っても足りませぬ。
「じゃ、さっそく!
<<転移>>!」
枕子(仮)がなにやら呪文のようなものを唱えた。
まさか、本当に枕の方にチートが!?
と思ったが、なにも起こらないぞ?
なにやら枕子が赤面しているが……
「ごめんなさぁ~いっ!この呪文を使うには私じゃ魔力が足りません~!!」
どうやら、この娘には少しポンコツなところがあるらしい。
だが、それも全てプラスだ。
可愛い要素にしか過ぎない。
可愛すぎる。
「ダイジョブだよ。街?まで歩こう」
俺はここでナイスフォローをぶちかます。
「うぅーごめんなさいマスター……」
しょんぼりしてるのもまた可愛い。
というか、彼女の行動すべてが愛おしい。
健全な男子高校生の俺の理性は今にも崩壊しそうになっていた。
俺は彼女にあれこれしたい気持ちといきりたちそうな愚息をしっかり抑え、一先ず森を出ることから始めることにした。
ーーーーー
「あ"あ"あ"あ"ぁぁ!!!!全っ然抜けられねぇじゃねぇぇかぁぁ!!」
思わず、俺は大空に向けて叫んでしまう。
あれから何分…いや、何時間歩いただろうか……生い茂る謎の植物達を掻き分け掻き分け、どこからともなく聞こえてくる何らかの巨大生物のものであろう咆哮に怯えながら。
もう嫌だ……
何度も何度も俺は心の中でそう呟くが、
隣にいる枕子(仮)の輝く瞳を見ると
どうしてもーー諦められない。
「あ、諦めちゃいけません!諦めたらそこで試合終了です!」
枕子の放ったすごくどこかで聞いたことのある台詞に俺は勇気づけられ、
まるでオリンピックに出た水泳選手のクロールのような物凄いスピードで
水ではなく草を掻きわけ進む。
「うおおぉぉ!」
「凄いですマスターー!」
「ありがとうぉおおお!」
俺を励ましてくれる枕子ちゃんに
感謝を伝えながら、俺はまだまだ
草を掻き分けーー進む、進む。
すると、遂に日の光がーー!!!
「はぁ……はぁ……やっと…やっと抜けた…」
息をきらす俺の隣で、枕子も息を整えている。
あれだけ走れば当然だよな。
「ふぅ……疲れましたね、マスター。
ところで…その服装は?」
はッ!そうだった!俺は今運動着……
こんなの多分こっちの世界の人から見たら
ただの変態じゃないか!?
「い、いや……なんというか……最先端のファッションってやつゥ…?」
とりあえず俺はそう取り繕う。
がーー
「そうなんですか!さすがマスター!
私もその服にします!
<<テイク(着替え)>>!」
また枕子は呪文を唱え、彼女の服装が
運動着に変化する。
パツンパツンなのか、胸……いや、
そのけしからんボディー全体が強調され、
エロい……エロすぎる…!
「あ、あー……その服は……ちょっと……」
「どうしたんですかマスター!」
ニパッと笑って彼女は俺にそう問いかけるが、それどころじゃない。
彼女が少しでも動く度に胸が揺れて……
俺のような童貞には…
「刺激……強すぎ……!」
俺は吹き出る鼻血とともにバタリと倒れる。ああ、意識が……
「マスター!マスターしっかり!」
彼女の言葉を最後まで聞くことなく、
俺の意識は暗闇のそこに墜ちていった……
ーーーーー
「マーー!」
ん……
「マスーー!」
んん………
「マスター!!!!」
はっ……! 俺はなにを…!
「よかったぁ~!死んじゃったかと思いましたよマスター!うわぁぁん!よかったよぉーー!」
いつの間にか……俺は森のなかではなく
ベットの上にいた。
そして、隣には俺が生きていたことを喜んでくれている枕子がいる。
やはりこの娘は天使だ。
だがーーやっぱり、その格好は刺激強いって!
「すまん。その……もとの格好に戻ってくれないか……」
何で俺がここにいるのかは知らないが、
そんなことよりもまずそれだ。
このままだと、また俺は倒れてしまう。
俺は、健全な高校生なんだーー!
「ふぇ?なんでですか?」
首をかしげ、彼女は可愛らしくそう訊ねる。
もうすでに、俺の理性はどうにかなっていた。
「あのな、俺は……童貞なんだ」
「ふぇ…!?童貞……ってその……」
「ああ、お前が考えてる通りだ」
ああもう何やってるんだ俺は!
女の子にこんなことを言ってしまうなんて!
ごめん、ごめんよ枕子!
枕子は明らかに恥ずかしがり、顔を真っ赤にしている。
元枕なのに、感情豊かなんだな。
「ご、ごめんなさい。今すぐ変えます!
<<テイク>>!」
そうすると、また枕子の服装は最初の服に戻った。
よかった。
この服も十分セクシーだが、まだ耐えられる。
「おお、すまんな枕子。というか…もしかして…俺の服も変えられたりする?」
「はい!できますけどーーそれは最先端ファッションなのでは?」
多分本人は意識していないのだろうが、
これまた痛いところをついてくる。
また誤魔化すしかないか……
「ああいや、それはそうなんだけれども!
こっちの世界ではどうか分かんないしーー」
「え、でもーーー」
俺に返事を返しながら、枕子はカーテンを開いた。
すると、
「皆、その格好ですよ?」
その向こうには、異常な光景が広がっていた。
男も女も犬らしき生物も皆、運動着を来ているのだっ!
それどころか、まるでここはーー!
「東京じゃないか!」
そう、そこは俺がよく見知った風景。
高層ビルが立ち並び、たくさんの車と人々が往き来する街ーー東京。
ただ、皆……運動着で、枕を持っている。
異常……異常だ。
ここはなんだ、異世界なのか……?
唖然としている俺に、枕子が話しかけてくる。
「あー亜……もウおワリか」
枕子の声に不気味なノイズがかかっている。それにーー口調も……
「サヨナラサヨナラサヨナラサヨナラサヨナラサヨナラサヨナラサヨナラサヨナラサヨナラサヨナラサヨナラサヨナラサヨナラサヨナラサヨナラ」
な、なんだ視界がぐらつく……
なんなんだ……枕子……その顔は……
フェードアウトする俺の視界に最後に映ったのは、不気味に嗤う……枕子の姿だった……
「うぁああああ!」
ーーーー
ある霊安室に、顔に布を被せられた一人の少年の死体が安置され、
その周りでは、おそらくその少年の家族や
友人であろう人間達が涙を流し、
悲しみに暮れている。
今までの物語は、少年が見ていた夢だったのだろう。
そう、その少年の名はーー人呼んで、
"枕投げボーイ"
何故かわかりませんが衝動的に書いてしまいました。
ギャグなのか、ホラーなのかよくわかりませんが、
読んでいただけた方がいたなら、
とても光栄です。