エピローグ
僕らが倒した二人はそれまで、本当に文字通り最強と呼ばれていたとモグラは嬉しそうに話した。きれいに灰になった二つの山を僕は救って帰る前に埋葬した。体に消え方が現実と異なるのも、やはり異世界なのだということを認識する。
これも後から聞かされた話なのだが、やはり人間の感情を元としたこの超能力を手にしたモグラたちは、案の定兵器として使用していたらしい。ある程度戦争をやりつくして、今のこの世界が統治されると、利用されてきた人間が兵器であることに変わりなかったのだが、戦争をすることは馬鹿だと知って辞めたのだという。しかし、戦いやギャンブル志向なモグラが生み出されてしまったのも事実で、彼らの救済として、モグラ国民の新しい娯楽としてこのように平和利用されるようになったという。僕ら人間――兵器が強さを示すことで互いが互いを平和の中で権力を誇示するということが本来の目的だったらしいのだが、
「文明に憧れて、ようやく手にしたっていうのにさ、それを恐れて逆に支配されちゃぁ洒落にもならないだろ。それじゃあ、地上と同じく人間が支配する世界そのものだ。こうやってお前らが戦うのは、俺らの娯楽の一部っていうのもあるが、どっちが支配者かっていうのを示して確認する機会でもあるんだぜ。ここはモグラの世界だってな」
モグラはどこか満足げだった。帰路は永遠と僕らの試合についての分析と批評と感想とべた褒めで埋め尽くされていた。僕は死ぬことをせず、結局こ自分の力に溺れている。この道を選ばないという選択肢ももちろんあった。しかし、こっちを選んだのだ。今更それは許されない。理由が何にせよ、生まれてからこの方救われなかったこの命を一度でも救ってくれた恩人には――たおえそれがモグラだとしても、何か謝恩しなければならないのが仁義だと思った。スプラの理由もそうだ。彼女は死後と生前の世界のどちらでもないこの場所で死ねない理由があると口にしていた。探るのは野暮だが、そういうことだ。理由が必要な人間もいるのだ。理由さえあれば、それさえあればそのせいにして、すべて動ける。そういうことにして、もう少し僕は生きることにしたのだ。
それともう一つ、僕は同時に背負うべきものを背負った。それは試合の終わりを決定づけた灰の山ができる前に見たツインテールの少女で、その目は僕にすべてを教えてくれた。彼女がなぜこの世界に来たのか。彼女がなぜこの世界で最強と呼ばれるまでに戦い続けたのか。そして、彼女がなぜ僕らに負けたのか。隣に張り付けられていた男も同様に、一頻り苦しんだ後に同じく僕に教えてくれた。僕は彼女たちからもらったこの感情を、最後に見せてくれた僕だけに向けられたあの最後を大事にしなければいけない。
僕らは市場を抜けて広場に戻り、大通りを行きとは逆方向に進んで、雑貨屋の横を曲がって細い路地へと這い入った。うっかりすると見過ごしてしましそうな、屈んでようやく入れる戸を開けてモグラのねぐらに再び帰って来た。僕はまた檻の中に入れられた。枷はもう、なかった。檻の理由は、イフリートでも召喚されたらたまらないからだそうだ。するとスプラも檻の中に入ってきた。モグラが夕飯の支度の手を止めて不思議そうに聞いたら、スプラは
「私もいつ刀を振り回すか分からないから」
だそうだ。これにモグラは天井を見上げて大笑いしたが、スプラは表情一つ変えずに自分の持ち物の整理を始めた。モグラは御馳走と称した何か動物のステーキや、名前も分からない巨大魚の刺身などを並べた。スプラも何かもらったらしく、覗いてみたのだが緑色の丸い食べ物でよくわからなかった。僕が物欲しそうに見えたのか、スプラは
「ようかん」
と言って一つ差し出してくれた。スプラが爪楊枝で周囲のゴム風船を割って食べるのをまねながら僕も口に一つ入れる。なるほど、甘い。あんこだ。スプラは甘いもの好きらしい。
「マコト、何度も言うが、今日のお前は最高だったぜ。だから今日は好きなものを食わせてやろう。何がいい? オジロワシの脳みそとかどうだ? 定番のしょうゆ漬けが最高だぜ?」
なんだよ、それ。そんなものを食べているのか。そもそも脳みそっておいしいの? しょうゆ漬けが定番って言われても、あまり僕はそんなゲテモノは食べたくない。では何がいいのかって、聞かれるから僕は何かを思い出してから言った。
「じゃあ、白米を」
使いのネズミによって買ってこられた米の品種は「なんとかピリカ」というやつで、米屋が太鼓判を押していたから買ってきたと説明した。炊飯器で普通に炊かれた白米は茶碗によそわれて僕の目の前に差し出された。
「おっと、いけねぇ」
箸を一善付け足されてようやく僕はいただきます、を言えた。僕はご飯を一口食べた。そして泣いた。音も声も同時に流しながら泣いた。目の前のご飯は普通に日本のお米だった。二口目から温かさが感じられたからだろうか。それとも夢のような、非現実的現実に疲れたからだろうか。泣いてしまった僕をモグラは笑い飛ばし、これは良いとか言って酒を呷っていた。スプラはまた何か勘違いしたらしく、水を持ってきた。僕はお礼を言って、素直にありがとうと伝えた。スプラは少し笑ってくれた気がした。
すすり音が響く部屋には、ご機嫌で痛快ながらも下手くそなモグラの歌がただ明るく満ちていた。
第一話、了