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死してなお超能力  作者: 小鳥遊咲季真
一話「嘘心兵」
3/7

その二

 外へ出た。


 家の戸は狭い路地をふさがないぎりぎりの幅しかなく、さらには高さも胸ほどまでしかないので屈まなければ通れなかった。僕らはまっすぐにし忘れたジメジメとした路地裏を抜け、生き物でごった返す大通りに出た。モグラとスプラと僕はその流れに逆らわないように乗って進んでいった。喧噪が自然とその数を示す中、僕はモグラの波にもまれながらこの街に見とれていた。地上を歩く僕らを見下ろすかのように車と思しき車両が宙を走行している。中には優雅に馬車を走らせている者までいる。それでもなお渋滞の気配がまるでないスムーズな流れだった。左上方には何にも支えられていない高架が伸びており、新幹線よりも流線形な車両が走っていた。左右の視界に常に入り込むのは多くの建物で、その様式はバラバラだった。和風の瓦を使った家もあれば、現代風のマンション。崩れかけたアパートから全面ガラス張りのオフィスビルのような建物まで。それこそ、世界中から拾い集めてきたようだった。


 

 さらに、ここが異世界だと認識させたのが現実世界ではありえない現象の数々だ。この大きなメインストリートでは露店があちこちに点々としており、客引きを行っていることはなにも珍しいことではない。人間が見当たらず、まずモグラしかいないことがここを異様な空間であるように思わせていた。空高くまで飛んでいかずに背後をずっと付いてくる風船。コオロギが串刺しになっている屋台。日本でも時折見かける普通の肉も売られていたが、飲食に関しては虫が多かった。



「モグラって肉を、食べるの?」


「当たり前だろ。俺らは肉食だぜ? お前らも食うだろ、肉。そういや、逆に植物は食わねぇな。水分がない地球の地下ならともかく、ここは俺たちの世界だから食う必要がないな。水もその辺で売ってるぞ。買うか?」



 モグラはそういうとテレビのリモコンを取り出して三のボタンを押した。すると、何やらゴミ箱のような物が転がってきた。そいつは僕たちの前で停止すると体勢を整えてからくるりと回り、正面と思われる方向を向いた。モグラが何やら硬貨を投入するとゴミ箱の蓋は開き、そこから一本のペットボトルが飛び出してきた。



「ほれ。歩きながら飲め。仕事まで時間がない。さっさと行くぞ」



 なるほど、自動販売機も進化するとああなるのだろうか。どこかで進化を間違えた気がするんだが、少し面白いと感じた。



 急いでいるというのは口先だけではないらしく、大きな広場を素通りしてケモノ道へ選ぶ。僕らは導かれた道を道なりに行くと今度は活気のある市場のような通りに出た。


 そこで驚いたのは多くの店で売られているものの多くが普段目にする物と大差なかったということだ。なるほど、グラサン――俺を拾ったモグラの言う通り人間に対して一種のあこがれがあったのかもしれない。店によって特色があり、雑貨を取り扱う率が高ければ高いほどその品種はバラバラになっていった。市場なので、物品はただ無造作に並べられているだけなのだが、物取りなど治安の悪いことは起きていないらしい。



 そんななか、ヒト――モグラ高りしている一際人気のある店を通りかかった。グラサンもどうやらその店には興味があるらしく、急いでいる足をいったん止めて遠巻きながら腕を組んで眺めていた。



「おい、これって――」


「ああ、その通り。ヒトウリだ。言ったろ? 人間ってのはやっぱり貴重なんだよ」



 平凡だけが取り柄の僕でさえその衝撃に撃たれている間に、モグラは親切に淡々と最近の市場を教えてくれる。



「最近は自分から命を捨てる、または存在そのものを捨てるヒトが増えてきてな。市場の幅はかなり広がってきたんだが、それでもまだ高級品だ。なにせ人間ってのには〝ココロ〟がある。俺らはたとえ捨てられた物であっても〝ココロ〟は拾えないんだ。案外壊れたり、溶けたりして消えちまう。ココロを残したままの人間――お前みたいなやつが高級品なのはそういうわけだ」



 男も女も、若いのが比較的多いが老人も一定数いる。女は体の隅々まで見世物にされて、男も肉体だけでなく、まるで耐久検査のような品定めさえ行われていた。ココロのあるものはなにやら特別な容器に入れられており、恥辱と苦悶を浮かべている。感情が分かりやすく見える方が【ココロ有】と識別しやすいからだそう。表情の少ないものは、電気ショックや痛み、抗えない快楽を与えたりしてその価値を示すという。ヒトウリに拾われなくて良かったな、とグラサンは付け加えて言った。



 一方、ココロが壊れたり、溶けたりして失ったヒトの彼女彼らに生気は感じられなかった。表情を浮かべることさえ忘れてしまっていた。こう見えても僅かだがココロ残っている! その価値はあなた次第。訳ありのお買い得品だ! とヒトウリは叫ぶ。リアル人形のような彼らに、本当に〝ココロ〟があるのだろうかと思ってしまった。



 モグラはこの店はまだ小規模だという。一体どれだけの数の人間が取引されているのかと思うと、なぜかぞっとした。他人事なのに。



「あの表情のないのは本物じゃない。ケースのやつも怪しい。売られてるあいつらヒトの大体が実は偽物なんだぜ」


「偽物?」


「ああ。人間ってのは過去の自分を捨てることで成長するだろう? だからそれらは頻繁に落ちてくる。でも、そこにあるのは記憶だけで本物のココロはない。そいつらと本物を見分けるのは見た目だけじゃ案外難しいんだ。どちらも捨てられた人間ってことには変わりないんだが、やはり質が違う。内面をそう簡単に見られないってのが、人間のめんどくさいところだよな」



「……先に行こう。急ぐんだろ」



 僕はそれ以上聞きたくなかった。こうやって何かに使われる人間ではないのであれば、人間として完全じゃないから偽物だとか言われるのならば、その誤って拾われた人間はどのような使われ方をするのか。何の目的で売買されるのか。考えたくもなかった。他人事なのにな。



 しばらくすると、市場に並んでいた店の数も少なくなり、その一本道の先に大きなドーム状の建物が見えてきた。どうやら、僕が何かしなければいけないのはここのようだ。



「なんとか間に合ったな。スプラ、マコト、ちょっとついてこい」



 ドーム内へ入り、奥へ奥へと案内され、控室のような簡易的な部屋に通された。モグラは戸を閉めてからニコニコとした顔で僕に言った。



「マコト、お前は超能力って知ってるか?」



 何を唐突に言ってるんだ、こいつは。



「さっき〝ココロ〟が重要だって言ったが、それは力を秘めているからだ。この世界じゃ、ヒトのココロは超能力を生み出せる。実はな、お前らヒトの感情にはお前らの知らない力があってな、この世界ではそれが非常に重視される。それこそ俺らモグラの知らない、見たことのない未知数で謎の多い力なんだよ。超能力はとても強力なのが多いし、何せ人気が非常に高い。ここまで言えば分かるか? そう、要はそのチカラに俺たちは魅せられ、見たがっているってことさ」



「……つまり、その力を使って戦うなり見せびらかすなりする。僕は今からその見世物になれっていうこと」


「お、物分かりがいいね。ま、簡単に言えばそういうこっちゃ。そういうわけで俺はこれから事務的な手続きをしないといけない。あとはスプラ、よろしく」


「おいちょっと――行っちまったな……」



 スプラは未だに無口で用意された簡易椅子に座っていた。僕が困ってこめかみを掻いていると、彼女は口を開いた。



「手を、出して。どっちでもいいから」


 初めて声を聞いた気がする。きれいで、通り抜けていく声音に少しきょとんとしてしまったが、すぐに言われたとおりにする。



「あ、ああ。えっと、こう?」


「握って、――結心コンタクト


 僕は女の子の手に少しためらったが、紅潮が嫌で同じく右手を握り、そして続けて呟いた。



「結心」


「手を開いて」


「ああ……あっ」



 あった。そう、そこにはさっきまでなかった物があった。まるで手品のように現れたそれは何か植物の種の様だった。スプラの方を見てみると、やはり同じくこの能力が使えるらしく、彼女が手にしていたのは僕とは違って日本刀だった。




 * * *




 結心したその途端、部屋の奥が開いて、円形のエレベーターのような物が現れた。



「もう、行かないと。乗って。大丈夫、全部私がやるから。何もしなくても、いい」



 スプラは経験があるから私に任せてと言った。僕はおそらくこれからこの未だ不明であるこの力を使って何かと戦うことになるのだろう。それが人間なのか、ドラゴンとかの怪物なのかモグラのような動物なのかは分からない。だけれども、スプラは相当に強いのでは、と思った。やけに落ち着いて見えたのが歴戦の証で、それによる感覚かもしれない。なんでもいいけど、わからない状況に放り出される前の僕にとってはそれが何よりも頼もしく感じたし、頼りにする他になかった。



 エレベーターは二人が乗ると同時に扉が閉まり、何の表示もなく上がっているようだった。無機質な機械音だけがこれから起こることに対する不安を知っていた。



音が徐々に鎮まってくると、僕の緊張は目の前の乗降口に向かっていたので、スプラに声を掛けられたときは死ぬかと思った。



「うえ。上を見て」



 見ると、上の天井が開いていくではないか。僕はすぐに無駄に光りすぎた照明の下に放り出され、そのまぶしさに視界を覆うと、今度は耳にものすごい大歓声を浴びることになる。



 僕はここまでアホみたいにすべてに驚かされて踊らされていた。ぐるりと見渡す限りほとんどがモグラたちであり、ところどころにヒトがいた。彼ら彼女らも僕らと同じなのだろうか。後ろに目線をやると、相変わらずハートのサングラスを決めたモグラがベンチに座って僕らに手を振っていた。その空気と雰囲気に圧倒されていたのは僕だけで、スプラは前だけをじっと見ていた。その先には僕らではないヒトが二人いた。



 僕が注視しようとしたとき、客席と僕らの居る場所とを何かオーロラのような膜が覆い始めた。まるでシャボン玉のようだと思っている内にその色は消え、気づけばスプラは既に日本刀を抜刀している。



「はーい、はいはいはいはい、はいっ。お待たせしましたこれよりサドンデス第二戦目を開始いたします。ルールは先ほどと同じく単純。一方のチームが戦えなくなった時点で終了です。生死は問いません。はい、それでは今回のステージルーレット……オン!」



 おい、なんだよそのルール。聞いてないぞ。どういうことだよ。それとサドンデスの意味を調べてから使え。合ってるようで間違ってるぞ。僕はスプラに助けを求めようと視線を送るが、スプラの視線はステージ選択をランダムで行われている大画面に注視されていた。



「出ました、北の都『札幌』です」



 会場からは歓声があがる。



「スプラっ」



 コールされた途端に札幌の街並みというよりも、名物や観光地が地面から現れたので、僕はあっという間にスプラと離れ離れになってしまった。



「それでは二回戦、スタートっ」

 



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