婚約破棄の破棄
数年ぶりに書いたリハビリ作品です。もはや一周回って新鮮になった?なっていない婚約破棄モノです。
パトリシア・パスティ・ディーテ侯爵令嬢は、王太子ダン・ウフ・ジューの婚約者である。国一番の金持ちであるディーテ侯爵のお金目当てのいわゆる政略的婚約ではあるが、婚約式から5年そこそこ仲良くやってきたハズだった。その日までは、
「パトリシア・パスティ・ディーテ。そなたアンガス男爵令嬢をいじめていたときいたが、相違ないか?」
5月の爽やかな日差しの降り注ぐ庭園でいきなり婚約者がいきなり口にした言葉に私は首を傾げました。
目の前にはハの字の眉で突っ立っている素晴らしく見た目の良い殿方-婚約者殿-が側近たちとともに立っています。そしてその中にプルプルと震える小動物のようにかわいらしい令嬢が一人。初見ですが、その方が
おそらくアンガス男爵令嬢という方なのでしょう。
「心あたりはございませんし、その方ともご挨拶させていただくのは初めてですわよね?」
そう答えると一斉に側近の方たちが、言い始めました。曰く、
ドレスを破ったとか、ワインをかけたとか、階段から突き落としたとか----
あまりの古典的手法にため息すらでませんが、おくびにも顔に出さず時折『まあ』という合いの手を入れながら口に手を当ててみる。初見ではありますが私は男爵令嬢に関して家の者から報告を受けていました。曰く、身分のある殿方を次々と篭絡していく手練れ-xxxxxxxx-であると。
確かに王太子殿下をはじめ宰相家の嫡男に騎士団長のご子息、医務官長の甥と外務大臣の次男と私を含めて全員家の決めた婚約者がいる方ばかりです。こんなに簡単に蜂蜜の罠にかかってしまって将来どうなるのか不安しかありませんが、私には関係ないですよね?ええ、わかってますこの流れ、噂の≪婚約破棄≫
ですよね?
身分違いの相手と添い遂げるため婚約者に冤罪をかけて婚約破棄に持ち込む荒業が大陸の各所でおこなわていると我が家の先祖が書き残しております。『真実の愛病』とかいう病で罪もない婚約者が放逐される事もあれば、実際婚約者が相手の方に危害を加えていた場合もあります。中には冤罪をはねのけて婚約者とその浮気相手に仕返しをする《ざまぁ》なる技もあるとか!?
なかなか興味深いのですが、今その最中にいる私はわくわくしばがら殿下の言葉待ちです。さあ、どうぞ、すべてを解き放つ魔法の言葉をさあ!
「ディーテ侯爵令嬢、この様な話がでるような貴女との婚姻は、この国のためにならないと思う。よってこの婚約は-ごふぅ」
何かが殿下の後頭部を襲いました。思わず飛んできた方向を見るとひとりの女性がにっこりとこれまた妖艶に微笑みながらやってきます。
「あらあら~ごめんなさいねー手がうっかり滑ってしまいましたわあ」
「母上!」
シーシェル・ウフ・ジュー王妃様、ダン様のお母上です。軍系ガルシェール侯爵に産まれご本人も王家に嫁する前は長く騎士として幾多の戦役に参加されていたという方です。華美で華奢な扇といえど、このお方が本気であったら涙目どころではなく、下手をすると空の彼方の虹になっていた事でしょう、なんというかあれです、ガクブルです。
「さて、と殿下、なかなか面白い寸劇でしたけど、あなたご自身はパティがそのような嫌がらせをすると思っていますの?」
美人の笑顔は時として怖いものです。口調こそ丁寧かつ、優しいものですが、下手な事をいったら恐ろしい目にあわされそうな雰囲気満々です。現に殿下の周りの方々は伝説の目を見ただけで石化される化け物にでもあったかのように微動だにしません。
こんな中いくら血が繋がっているとはいえ平然と考え事をなさってるダン様はある意味すごい方です。
「彼女は」
私を見ながらダン様は深く考え始めました。相変わらずハの字眉がかわいらしいですが。そして長い思案ののち、
「パティは、しません!!」
と断言してしまいました。あら?
「「「「殿下!」」」」
側近たちが悲鳴のように叫びました。肝心の殿下がここにきての否定です。というかここに来るまでにしっかり考えて欲しいものです。
「な、なぜですの、殿下は私が嘘を申し上げていると!?」
ひどいです~と泣き崩れる男爵令嬢をダン様以外の男性がおろおろとなぐさめています。ある意味おもしろい光景ですが、私の心は残念な気持ちでいっぱいです。
「もう一度いいます。パティはそのような事はしない、何故なら一リスの得にもならないから」
「「「「「?」」」」」
「見事ですダン」
にっこりと王妃様が微笑まれました。
「ディーテ侯爵家は代々優れた商才の持ち主を多く輩出してきましたのよ。ジュー王国が豊かになったのは王家がディーテ家を重用しだしてから。貴族としての最低限の体裁を整えながらディーテ家の者の金銭に関する厳しさは大陸一です。」
ものすごく褒めていただいていますが、世間の方々に影で守銭奴、ドケチと呼ばれていますの知っております。ハイ。思えばダン様の婚約者として一番に考えたのは、ドレスのお金の事でした。舞踏会の度、ダン様の衣装より高価でなく、かといって見劣りしない程度の値段に見える最低価格の試算は毎回我が家における頭の痛い問題でした。
「そ、それが何の関係が?!」
男爵令嬢、必死なのはわかりますが、王妃様に直接意見してます。なかなか命知らずの方のようです。
それをちらりと見て王妃様は大きくため息をつくと、
「だから何の得にならない事をパティが、いえディーテ家の者はやらないと言っているのです。王家の命令でもなければね。ね?」
にこりと、こちらにむけてる笑顔が怖いです。
「王家との婚姻はディーテ家にとっては大損、王家にとっては大得、権力よりお金に重きを置くディーテ家にとっては王家との婚姻は何の利益ももたらさないばかりか、一族切っての商才の持ち主を王家に奪われるというマイナスにしかならない話。誰かをいじめてまで固執しているモノではないわ」
そうでしょう?と振られてますが、ソウデスネと思っていても口にはできません。あら、やですわ、オホホ。笑顔で応えます。
「それに、不利になる事の無いようにちゃんと証拠はもっているのでしょう?」
「まあ」
どうやら王妃様にはすべてお見通しのようです。私としては「婚約者の恋人をいじめた結果婚約破棄になった令嬢」という肩書は先々商売の不利益にしかなりません。しかし婚約破棄はばっちこーいなのです。
男爵令嬢が行なった自作自演の証拠はがっちり押さえてますので。真実の愛(笑)を見つけた愛する婚約者のため自ら身を引いた、という美しいお話に持ち込みたかったのですが。
「とりあえず、女性の甘言で物事を見極められないバカは国の中枢には不要、アンガス男爵令嬢、貴女と貴方の家には国家反逆罪の容疑がかかっていますので、これよりは公安部により拘束されます。」
「え、な、なんで!?」
「虚偽の報告によって王と議会が決定した婚約を壊そうとした事は十分罪になります。衛兵!」
近くに待機していた衛兵によって騒がしい方たちは連れていかれました。連れていかれる途中も騒がしかったですが。
「さて、殿下」
「はい、母上。このたびの件、私もなんらかの罰を受けねばなりませんね」
神妙にダン様はおっしゃいました。確かに連れていかれた方たち同様、ダン様も今回のことでは私に対して加害者なのです。ギリギリで王妃様が止められただけで。
「陛下と議会に今回の件はすでに通してあります。結論として『それぞれの婚約者が許した場合のみ不問とする』となりました。パティとよく話しあいなさい。」
そう、言い残すと王妃様は去っていかれました。
「パトリシア・パスティ・ディーテ侯爵令嬢。私の事が許せないという気持ちも良くわかる。碌に確かめもせず貴女を一方的に責めてしまった。それに王妃という地位もあなたには価値がないだけでなく苦労しか無い事も知っている。でも、もう一度だけ私を信じてもらえないだろうか?」
騎士が忠誠を誓うかのように膝を折り、私の手を取りながらダン様は言いました。相変わらず困った顔をしています。馬鹿な方だと思います。私より優しく美しく貴方を愛してくれる方はこの世に何人もいる筈だというのに。
「私でよろしければ、末長くよろしくお願いします。」
そして私も馬鹿です。守銭奴という譲れない私を理解してくださる方にときめいているのですから。
ジュー国王妃となったパトリシア・パスティ・ディーテ侯爵令嬢について、彼女は決して美女ではなかったとある。どちらかといえばかわいらしいといわれるタイプであったようだ。今残る肖像画でも丸い顔とふっくらとした体形、背もそれほど高くない。しかし親しみのある顔だちをしている。
多くの産業を興し後に富国の王妃と呼ばれる彼女は、夫の困った顔に弱かったと近しい者の残した日記に記録されている。
再放送している暴れん坊○軍みてたら扇を飛ばすシーンが書きたくなった>どうしてこうなったかは謎
ドナドナされたメンバーのその後。婚約者に全員振られ(理由:将来性がない)平民となったが、主人公が王妃になったため大好景気到来、そこそこ幸せな人生を送る。
男爵令嬢>裏は無かったものの放置できず、女性だらけの過酷な職場(保育園)に監視付き勤務。乳幼児相手ではたらしこむ事もできず。しかしながら天職に。後に「保育の心得」という育児書を上梓、ベストセラーになる。あれえ?