ボゴと池の悪霊
昔々、あるところにお爺さんとお婆さんはいくらでもいましたが、この話とは関係のないことです。
ある山奥の集落に、ボゴという若い呪術師がいました。正義感の強い彼は最近、とても腹を立てていました。何故かというと、村外れの池に悪い精霊が棲み着いて悪さをしていたからなのです。
その池は決して広くはなく、村からも実際そこまで近くないので、悪霊がいても村人達が今すぐどうしても困るというわけではありません。ただちょっと暇を持て余したときに遠出して遊ぶには絶好の場所だったので、村の若いカップルや小さな子供のいる家族ががっかりしたり、好奇心の強い子供がわざわざ近づいて泣かされて帰ってきたりするくらいです。
悪霊の悪戯も実際のところそこまで悪質なものではないので、ボゴの師匠は放っておけばいいと言ったのですが、ボゴはそれを聞きません。
「精霊は精霊の国にいるべきだ。我々の大地にのさばって、我が物顔でいるなんて許せない。俺が退治してくれる」
だけど残念なことに、ボゴは持ち前の正義感ほど呪術師としての腕前は強くなかったので、それはもうこてんぱんに返り討ちに遭ってしまいました。
恥をかかされたボゴは怒り狂って何度も挑みましたが、闇雲に向かっても同じ事の繰り返しです。あきらめなければ夢はいつか叶うといいますが、あきらめないだけでは何も変わらないのです。
ボゴはひとまず冷静になって、山に篭もっていつも以上に踏み込んだ特訓を始めることにしました。それはもう激しいデンジャラスな修行だったのですが、昨今はウケないそうなので飛ばしてもかまいませんね。
1週間で終えるはずだった修行を2週間かかって修了して、ボゴは意気揚々と池に向かいました。
もう以前のクチだけ気持ちだけの若造ではありません。呪術師として数段強くなりました。たとえるならヤ○チャから天○飯くらい強くなりました。あんまり強そうに聞こえないと言われるかもしれませんが、現実においてはヤ○チャくらいでも充分カチグミなのです。
「さあ、待っていろ悪霊め。今度こそ俺達の場所から追い出してくれる」
しかし、池に到着したボゴは驚きました。なんと池がそっくりなくなっていたからです。さらには池を囲むようにして精霊達が忌み嫌う鉄を使った結界が張り巡らされ、あの悪霊がその前で膝を抱えて泣いているではありませんか。
「これはどういうことだ」
「ああ、おまえか。しばらく見なかったが、元気にしていたか」
悪霊は久しぶりに会った友人に対するようにボゴに笑いかけましたが、その顔はすぐに暗いものに変わりました。
「人間がやってきて、池を埋め立てたんだ。あっという間で何も出来なかった」
「人間が……!?」
ボゴ――ゴブリンシャーマンの若者は、とても驚きました。
「とにかく、このままではいけない」
悪い精霊は水の精なので、水のない場所に長時間いれば死んでしまうのです。しかし悪霊はもう1歩も動けないほど衰弱しているようでした。もはや精霊の世界に帰ることも出来ないようです。
「ひとまずここに避難しろ」
ボゴは水筒の蓋を開けました。
「窮屈だろうが大人しくしていると約束していれば、俺が精霊の国まで運んでやろう」
「私を退治したいのではなかったのか」
「そのつもりだったが、気が変わったんだ」
悪霊は嬉しそうな顔をしましたが、ボゴの気持ちは沈み込んだままでした。
人間達は池を埋め立ててしまえるほど、その力を増している。この世界を自分達はモンスターのためにあるべき世界だと思っていたが、人間からすればここはもう人間だけに与えられた世界に見えているのかもしれない。
ひょっとしたら精霊達も、遠い昔はこの世界を故郷にしていたのではないだろうか。それを、我々モンスターが。
「どうしたんだ」
水筒の水に宿った悪霊が、不安そうにボゴにたずねます。
「追い出そうとして、悪かったよ」
ボゴは言いました。
「悪さをしないなら、俺の村にいてもいい。仲間の所に行きたいのなら、俺が送り届けてやる。約束する」
ですがその約束は果たされませんでした。その夜のうちに、人間達の『カイハツ』の手がボゴの村に襲いかかり、ゴブリン達は皆殺しにされてしまったからです。
こうしてやがて、元々は誰のものでもなかった世界は人間のものになりました。精霊やモンスターは実際はあるかどうかさえわからない彼等のいるべき世界へと旅立ち、2度と戻ってきませんでした。
なので人類は、次の誰かがこの世界を我が物とするまで、人間同士で殺し合っているのです。
めでたしめでたし。
今朝見た夢を衝動的に童話化したものなので同じようなオチの有名作品とか存在したら(たぶん溢れかえってるだろうけど)ごめんなさい。