鬼を招かば
「鬼はーうち! 福はーそと!」
そう唱えて、るっちゃんが元気よく縁側に向かってお豆をまいている。
夕闇の落ちかかる屋敷の茶の間で、私はるっちゃんを見ている。
「こら、るっちゃん。そんな事を言っては駄目よ。それにお祖父ちゃんが帰ってくるまで、お豆をとっておかないと!」
私は呆れながらるっちゃんにそう言い聞かせるが、彼女はそ素知らぬ顔でお豆をまき続ける。
そんな事をしているから、
「へへへ、ではお言葉に甘えまして」
「お邪魔しますぜ、るっちゃん!」
言わんこっちゃない。
いつもは軒先をうろちょろしているだけの、虎縞の腰巻をした赤や青の悪戯者の子鬼たちが、彼女の声を聞きつけて縁側から何匹も屋敷に上がり込んで来た。
「え? 誰か、来た?」
鬼たちの声が聞こえたのか、キョトンと辺りを伺うるっちゃんを尻目に、
「お、恵方巻みっけ。いただきまーす!」
「わー! あたしの恵方巻がー!」
茶の間に用意していた恵方巻を、子鬼たちが次々平らげていく。
「『ふくはそと』って言ったな。だったらこいつも頂いてくぜ!」
「ちょっとーやめっててばー!」
るっちゃんのお洋服を引き剥ごうと、子鬼たちが彼女に集ってくる。
るっちゃんには子鬼たちの姿が見えないから、彼らの悪戯を止めるのは無理だろう。
まったく「鬼は家」なんて言うから。仕方のない子だ、助けないと。
「こら! 小僧ども!」
私は納戸から引っ張り出してきた大きな鬼のお面を被って、子鬼たちを叱りつける。
「ここは俺の縄張りだ。勝手に入って来て、好き放題をするんじゃねえ!」
精一杯に声を荒げて、私が彼らにそう凄むと、
「やばい、先客がいたのか!」
「逃げろ逃げろ!」
子鬼たちが蜘蛛の子を散らすように、縁側から屋敷の外に逃げ出した。
「今の声、え? お祖母ちゃん?」
子鬼から開放されたるっちゃんが、驚いて私の方を振り向く。
「そうよ、そうよ。聞こえる? るっちゃん?」
パサリ。私は畳にお面を放って、何度もるっちゃんにそう呼びかけるけど、さっきの声は偶々だったみたい。
お豆のまき散らされた暗い茶の間で、るっちゃんは不思議そうにあたりを見回すだけ。
はー。私は寂しい気持ちになる。
この子がもっと大きくなれば、やがて鬼の声も、私の声も、すっかり聞こえなくなるだろう。
でも、それでもいい。
この子が立派に大人になるまで、この屋敷で私はずっと、るっちゃんを見守っているのだ。