かえるの書捨て短編
タイトル雰囲気、中身も雰囲気、時代背景も雰囲気。時期外れのクリスマスのお話。
実在性のある題材を使っていますがこれまた同じく。
推せるところ皆無のなんとなく作品ですけれども、読んで頂けましたら嬉しいです。
☆ ☆ ☆
12月23日、火曜日。
雪降る街。ラジオからはジョンの声。以前はポールの声もスピーカーを響かせていた。
子供たちが赤い服を着た小太りの紳士を待ち望む時期に、背広の中年男性が白い息を吐き歩いていた。
羽織るコートの襟を立てるリチャードの目指す先は銀行である。
「いい加減、娘のプレゼントを用意しないとな」
リチャードは仕事の忙しさを理由に、未だ娘へのクリスマスプレゼントが用意出来ていなかった。
悲しむ娘の顔は見たくないと思いつつも、日々の流れは早い。あっという間に23日だ。
今日こそはと、リチャードは財布の中身を暖(温)めようと仕事の合間を縫い銀行へ来ていた。
プレゼントを買う為、お金が必要だった。
彼の娘が欲しがっていた玩具はインラインスケート。
最近、街の子供たちの間で流行っているシューズ型の鉄製ブレードにローラーがついた物だ。
自分の番はまだかまだかと、窓口の順番を待つリチャードは、前に並ぶ老人の背中に糸くずが付いているのを発見する。
そんな彼が老人へ声を掛けようか掛けまいか、迷っている時だった。
周りがざわざわとざわつき、空気が張り詰めたものへと変わった。
原因は2人のサンタクロースにあった。もっと言えば、サンタクロースの格好をした2人組の男。更に突き詰めれば、男達が手にしている拳銃が騒ぎの元である。
「銀行強盗か。なんて日だ。ツイてない」
リチャードは自分の悲運を嘆き、立ちすくんだ。
「チキンがねえクリスマスなんて、クリスマスじゃねえーよな。なあ、シド」
「……」
「そうだよなっ。クリスマスはチキンと言っても過言じゃねえって俺は思う」
もはや声が大きすぎて、誰に喋りかけているのかわからない、小柄なサンタ、ニック。
そのニックの隣にいる大柄なサンタ、シドは黙りなのだが、彼らの会話に支障はないようだった。
「だからよっ、銀行員のお嬢ちゃん。チキン代よろしく頼むわ」
ニックは肩に下げていた白色に塗った大きな麻袋を、銀行員に渡す。もちろん拳銃をチラリチラリと見せつけることも怠らない。ご機嫌なのか、腰をふりふりさせているサンタであった。
そんなサンタへと向かって、歩み出る少年がいた。
「サンタさんは、お金が欲しいの?」
少年には、拳銃を持つニックの手が振りかざされていた。
ニックは咄嗟とはいえ、応戦態勢を見せてしまった自分に気付き、バツが悪そうに唇を尖らせ顔の中央にしわを寄せた。
当人は、振りかざす行為が拳銃の扱いに不慣れな事をあらわす、とは気付いていないらしい。
「坊主のサンタクロースには、金なんかいらねえ。だから代りに、俺達がもらうんだよ」
小柄なサンタは首を竦める少年にそう告げると、少年の側にいた母親を見て舌打ちをし、更にその後ろで並ぶ老人を見て唸り、また更にその後ろにいる背広を着た男性を見てから、ふんっと鼻息を鳴らした。
ニックは背広を着た男性の方へつかつか。
空いた場所へは寡黙なシドサンタが交代するようにして立つ。
そうして、シドは少年の頭をなでる。
「おい兄ちゃんっ。あんたジョンとポールどっちだ?」
ニックのいきなりの問いにリチャードは、戸惑い、驚き、そして明らかに私の方が年上なのに――と、反感を抱きつつも、恐怖は味わっていた。
ロック・バンドが好きらしいこの男の機嫌を損ねたら、拳銃で撃たれやしないだろうか。
どうしたものか。どちらか選んで答えるべきなのか。
リチャードは逡巡の末に答えを出す。
「……ジョン・レノンかな私は……」
「そうかいそうかい。俺はキースが好きなんだぜ」
リチャードがその台詞を聞くや否や、彼は他のアーティストが好きらしいサンタの男から、がんっと殴られる。
振り上げた拳を叩きつける事が出来たニックサンタの機嫌は、まずまずといったところだった。
12月24日、水曜日。
リチャードは病院で、貸し出されていた新聞を読んでいた。
朝刊には、サンタクロースからのプレゼント関連の話題がちらほら。
その中には『孤児院に大量のチキンが贈られる』という珍事も載っていた。
リチャードは、世の中には変な寄付者がいるなと思いつつ、今日こそはプレゼントを買わねばと、痛む頬に手を当て決意する。
病院での治療を終えたリチャードは、昨日に引き続き近くにある銀行へと足をのばした。
「結局、治療費やらなんやらで、お金を使ってしまったからな……」
これじゃプレゼントが買えない。今日を逃すと買う機会がない。ブツブツ独り言を言い、リチャードは銀行にて窓口の順番を待つ。
そんな彼の耳に、記憶も新しい聞き覚えのある声が聞こえてきた。大きな声が更に大きくなる。
「ケーキがねえクリスマスなんて、クリスマスじゃねえよな。なあロバート」
サンタクロースの格好をした2人組が、がなる。もっと言えば小柄なサンタだけが、うるさくがなっている。
更に突き詰めて言うと、ニック達はサンタクロースでもなく銀行強盗である。
「やっぱ、ケーキがねえとよお」
ニックとリチャードの目が合う。
「ははは……どうも」
娘へのクリスマスプレゼントと、自分の頬の心配をするリチャード。
いつかどこかのクリスマス。
ラジオからはジョンの歌う声。
銀行からはリチャードの嘆く声が流れてくるのだった。