さまーふれんず
「はなってなんで『花火』って名前なの?」
「私の大好きな、お兄ちゃんみたいな人と最後に見たのが花火だったから、はなにもそんな人と出会って欲しくてかな」
「ふーん……その人ってパパ?」
「ううん。パパとは違う人。私は一人っ子だけど、お兄ちゃんがいたような感じだったのよ」
小さい頃、母に聞いた話を今でもよく覚えている。
母と彼が会った夏休みの終わり、それは私の住むところでは夏祭りの時期だった。
夏祭りの日の夜には夜空に大輪の花が咲く。
友達と浴衣を着て行ったらしいが、はぐれてしまったところ彼に会ったらしい。
その人と花火を見て、気がついたら家で寝ていた。
友達にその話をしたところ、母は体調が悪くて帰ったらしい。
ただ母は体調はまったく悪くなく、花火もその人としっかり見ていた。
母はその人を何年も探した。
だが、見つからず会えたのはそのとき一度きりだった。
母がその人と会ったときは17歳。
私は母からその話を聞いてから毎年何気なく探していた。
心のどこかで会ってみたいと思ったのだろう。
そして今日、私もあの日の母と同じ17歳の一度きりの夏祭りを迎えようとしていた。
「お母さーん!私の浴衣どこ?」
「去年汚しちゃったからって捨てたでしょう?」
そうだった。完全に失念していた。
去年、雨で足元が悪く転けてしまい泥だらけになり、更には持っていたたこ焼きを潰すという災難にあったのだ。
しかもそのことをたった今まで忘れており、友達と浴衣を着てお祭りに行くという約束を果たせそうにない。
「どうしよう……心に怒られる……」
「仕方ない子ね……ちょっと待ってなさい」
お母さんはそう言って部屋の奥の桐箪笥を開け、何かを探していた。
私は仕方なく髪を結いながらお母さんを待っていた。
数十分が過ぎ、結い終わった時母が白い地にピンクの花か散りばめられていた。
「それは?」
「お母さんが着てた浴衣。あの人と会ったときもこの浴衣を着てたわ」
「そうなんだ……綺麗」
何の花かはわからないけど、綺麗だった。
私はそれを着ていくことに決め急いで準備をした。
幸い、先に結っていた髪と浴衣はよく合っていた。
「気をつけて行ってらっしゃい。もしかしたら会えるかもしれないわね」
「うん!行ってきます」
カランカランと下駄の音を夜の街に響かせながら小走りで約束の場所へと向かっていた。
花火が上がる川だと人が多すぎて見つけられないということで、約束を近くにある神社の鳥居にしていた。
だが、川がそれなりに近く目印になるということで待ち合わせに使われたり、花火の前にお参りをしようということなのだろうか。
神社に入り切らないほどの人が溢れていた。
「あちゃぁ……」
どうしようかと悩み立ち止まっていると、後ろからくる人の波に流され入口とは違う方向……それも川の方へと体が勝手に動いて行った。
声をあげようがまったくお構いなしで私は人混みに流され続けた。
流れに逆おうとして無駄な体力を使っていたが、それもしばらくして無駄だと思い流されるがままに進もうとした瞬間私の腕が流れと垂直に強く引っ張られた。
息苦しい人混みから出たかと思うと、何かに強くぶつかり体勢を崩しそうになった。
だが、そのまま崩れることはなく誰かに支えられた。
「あ、ありがとうございます……」
体勢を立て直し、頭を下げる。
手の大きさや強さからして男の人だろう。
「気にしないで」
顔をあげると、白い髪に青い目と言う日本人ではない綺麗な顔が見えた。
その人もまた浴衣を着ていた。
「あの……お名前伺っても?」
「……ライラだ」
「ライラさん……」
少しの間を置きながらも男の人は答えてくれた。
ライラさんは私から全く目を逸らさなかった。
「私に何かついてますか?」
「あ、いや……知り合いに似ている気がしてね。特にその浴衣は知り合いが着ていたものにそっくりなんだよ」
「その人のお名前とかは……?」
どうしてか名前を聞かなければいけない気がした。
このときを逃してはいけないと言われたような気がしたのだ。
「由香里……」
「やっぱり、あなたが……」
私の母の名前が『由香里』だった。
母が17歳の夏、出会った人はライラさんだ。
「私由香里の娘です。今日は色々事情があって母のこの浴衣を着てきているんです」
「由香里の娘……」
「はい。母がお世話になりました。私もライラさんとお会いしたいと思っていたんです」
ライラさんは口元に手を当て私のことを見ていた。
私もまたライラさんを、ライラさんの動揺を見ていた。
「由香里の娘……名前を聞いても?」
「はい。花火といいます。ライラさんと最後に見たのが花火だったから私にこの名前をつけたそうです」
「由香里……」
「母はライラさんのことを探しました。なのに……なんで会わなかったんですか?」
その言葉を聞くとライラさんは苦虫を噛み潰したような顔をして俯いてしまった。
ただ私には何がいけなかったのか分からなかった。
「もうすぐ花火が上がる……ここでは邪魔になるから移動しよう」
「はい」
人混みから離れた場所にいたつもりが話に夢中で人が増えていたことに気がつかなかった。
心のことが気にはなるが、今はライラさんだ。
心の中で謝りながらライラさんについて行った。
ライラさんが向かう方向は川とは真逆だった。
花火は見れないのかと残念に思い、それでもライラさんの話が聞きたいと思った。
どのくらい歩いただろうか?
慣れない下駄で歩くにはそろそろ限界がきていた。
「大丈夫?もう少しだから頑張って」
「はいっ……」
身体全体が火照り、汗が頬をつたる。
一歩一歩がとても重くどこを歩いているかわからない。
視界もぼやけ、いつ倒れてもおかしくないだろう。
「お疲れ様、着いたよ。ここ座って」
ベンチらしきものに座るとどっと疲れが押し寄せてきた。
肩で息をしながらも周りの状況を確認する。
人のいない展望台のようなところのベンチに私とライラさんは座っている。
展望台の下、少し離れたところには川が広がっていた。
あとは視界いっぱいの星の数々。
「落ち着いた?」
「もう大丈夫です」
そうか……と呟き、ライラさんは少し遠くを見た。
私はライラさんの言葉を待ち空の星を眺めた。
「僕は……神なんだ」
「ふぇ?」
唐突な言葉に思わず間抜けな声が漏れる。
神……神様!?
「あの、神様って!!」
「事実だよ。僕はある花の神なんだ」
「何の花…ですか?」
「由香里の、花火の浴衣にもあるライラックさ」
ライラさんは私の袖のとこにある一つの花を細い指で指した。
花の名前など考えていなかったが、そこで私はあることに気がつく。
「ライラックだから…ライラさんですか?」
「そうだよ。…名前なんてないからね」
苦笑いを浮かべ私に話してくれるライラさん。
苦笑いながろもその笑顔は眩しかった。
「じゃあライラさんはなぜこんなところに?」
「なぜか……。元々、少し冒険がしたかったんだ。ライラックの花に栄養を与えながら何も考えず移動をしていたら、お祭りをしている街についた。そこで人混みに流されている、ライラックの花柄の浴衣を着た女の人を見つけたんだ」
「それがお母さん……」
ライラさんは首を縦に振った。
目線は変わらず、川の少し上を見ていた。
「由香里は人混みから出してあげると、もう首が取れるんじゃないかってくらい頭を下げてお礼を言ってきてね。その後話がしたいって言ってきたんだ。だから今みたいにここに連れてきたんだけど……」
「だけど?」
「おっちょこちょいで…さっきの坂から転がり落ちたんだ。その時、膝を擦りむいてしまって歩けなくなったんだ」
「お母さんならありえる……」
お母さんは何もないところでも転け、階段から落ちたり包丁を指に刺したり何かとドジな人だ。
坂は結構急でお母さんなら落ちてたとしても全くおかしくはない。
むしろ、それでこそお母さんだ。
「だから僕がここまで運んできたんだけど……」
「その細い腕で!?」
ライラさんの腕は悔しいことに私よりも細い。
本当……男の人には見えないくらいに細かった。
お母さんは女の人にしてはかなりの身長がある。
太っていたとは思わないがライラさんには厳しいだろう。
「あぁ。花の力を借りてだけどね」
「花の力…流石は神様ですね」
「時間がなくて話せないこともあったけど、楽しかったよ。僕は花火が終わると見えなくなってしまうからね。実体化ができるのが、花火が上がるお祭りの日の日が沈んでから花火が終わるまでなんだ」
「そのあと、他の人たちの記憶を改変して家に届ける…?」
「そうだね。神との関わりはバレてはいけないから」
ということは、タイムリミットはもう迫っているのだろう。
花火が打ち上がる前のアナウンスが遠くから聞こえる。
夏の風がライラさんの白い髪を揺らす。
男の人にしては少し長いストレートの髪から覗く、端正な顔。
お母さんがお兄ちゃんのようだと言うのも肯ける。
「ほら、花火が上がるよ」
その声と同時にヒューと音を立て空に一本の光の線が作られる。
一瞬光が消えたかと思うと、パッと光が大きく広がり大輪の花をつくりだす。
ドンッという音は心の中に入り込み心臓に刺激を与える。
この花火を始まりに数々の花火が上がり、辺りを明るく照らし出す。
赤や青、緑や白、色とりどりの花火が星が散る空に咲き誇る。
私は子供のようにキャッキャッと声を上げながら花火を見ていた。
対してライラさんは本当にお兄ちゃんのように花火と私を見て微笑んでいた。
…私自身も花火と言う名前ではあるが、やはり本物の空に咲く花火は違うように感じた。
堂々と人々を笑顔にして道を明るく照らし出す。
私もそんな存在になりたいと思った。
「花火、次でお別れだよ」
花火の音に混じる声に私は振り返った。
ライラさんは出会った時のように私をまっすぐな瞳で見ていた。
「また……会える?」
ライラさんは寂しそうな顔をして、首を横に振った。
否定の行動に私の目からは涙が溢れた。
ライラさんは立ち上がり、親指で涙を拭う。
その指に初めに腕を掴まれた時の温かさはなかった。
嫌でもお別れだと告げられていた。
「一度しか……会ってはいけないんだ」
「そっか……今日はありがとう」
「こちらこそ」
最後の花火はライラさんと並んで見た。
悲しく綺麗に散る花火。
それは夏の儚い思い出。