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ロータス  作者: 麻宮涼音
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接触

そうだ、僕は何も知らない。

巻き込まれただけだ。


そう言い張ったが、警備隊員は僕を放そうとしなかった。


「そうはいってもだな、お前さんが『見てしまった』ものは、本来お前さんが『見てはいけない』ものだったんだよ。運が悪いな、坊主。諦めろ。」


僕は諦めることなどできずに、抵抗を続けた。

「放せよ…僕はなにも見てない!爆発を見ただけだ!何も知らない!」

僕は言ってしまった直後にこの失言を悔やんだ。そう、自白してしまったのだ。「爆発を見たこと」を。


「…だ、そうだ、マキシ。もうその坊主には消えてもらうしかないな。」

マキシと呼ばれた警備隊員…だと僕が勝手に思い込んでいた男の側に立っていた、小奇麗なスーツを着込んでタバコをふかしていた男が冷たく言い放った。

そして、小さく笑った。いやな笑い方だ。


マキシは僕を壁に強く押さえつけた。

動くことは…できない。

所詮僕は無力な子供だ。相手はどうみても鍛え上げられた兵士。


僕は…血の気が引く思いがした。

消される。

たぶん、これはうそではない。

なぜか確信があった。


そのとき、僕は壁に背を付けて抑えられていたはずなのに、「後ろから」急にひやりとした細い腕で抱きしめられた。


「かわいそうに…かわいそうに…かわいそうに…」


性別のわからない声。

女性のような、男性のような。


「おやめ、マキシ、ルシード。この坊やは『私たち』のミスで巻き込んでしまっただけよ。坊やには罪は無いわ。」


冷たいはずなのに、暖かい。そんな不思議な力に包まれた。

そして、二人の男が目を丸くした。


「そんな…そんな!」

二人が僕には理由はそのときわからなかったが、ものすごくあわてた様子で叫んだ。


だが、そんなさまを僕にみられてはまずい、と思ったのだろう。

スーツの男は無理やり冷静さを保っているように振舞った。


「ですが…『5号様』。『蓮』に関する事件は一般人には見つかってはならないことです。」

スーツの男、ルシードが反発した。

「私をその名前で呼ぶことのほうが、よっぽど坊やの罪が重くなるのではなくて?それともルシードはよっぽど坊やを殺したいのかしら?」

『5号様』と呼ばれたそのひとは、信じがたいことに、僕を抱きしめていた腕を放すと、「壁の中から現れ」、僕をかばうように二人の前に立ちはだかった。


「も、申し訳ございません…決してそのようなつもりは…。」

ルシードの顔がみるみるうちに青ざめていった。

「話にならないわ。いいわ、坊やは私たちが保護するわ。それならば問題ないでしょう。」

「エリーヤ様、それはおやめください!このようなどこの誰ともしれぬ子供に、そのような…!」

マキシがあわててそういった瞬間、緑色の光がマキシを弾き飛ばした。

光った瞬間、何か聞き取ることはできなかったが、とても綺麗な高く澄んだ音がした。

「エ、エリーヤ様…お願いいたします、力の行使はおやめください…。」

ルシードはもう生きている人間とは思えないような顔色になっていた。

だが、エリーヤはもう二人のことなど、どうでもいいようだった。


「坊や…ごめんなさいね。私たちがあんな失態を犯したばかりに…こんな怖い目にあわせてしまって…。」

エリーヤは僕の頬を優しくなでてくれた。

エリーヤは半分くらい、泣いているようにも見えた。

そんなエリーヤは、僕が生まれてはじめてみたといってもいいくらい、すばらしい美貌の女性だった。


「私たちのような『罪の子』が「様」なんてよばれながらのうのうと生きているのに…坊やのような罪の無い子供が、あともう少しで殺されてしまうところだった…。本当にごめんなさい。」


僕は、首を横に何回も何回も振り続けた。

エリーヤに、そんな顔をしてほしくなかったからだ。


「おねえちゃんは悪くないよ!僕が…僕が不注意だったんだよ!」


エリーヤは僕の言葉をきくと、なぜか悲しそうに笑った。

「今の学校の教育では…そういうことになっているのね。『罪の子』に関する話は…。」

「お姉ちゃん…。」

そして、エリーヤはもう一度僕に向き直った。

「坊や、お名前は?」

ずきん、と胸が痛んだ。

「ぼ、僕は…。」


僕の様子を見て、エリーヤの顔はまた一層暗くなった。

「貴方、戦災孤児なのね…。やっぱり…。」

そう、僕には「名前がなかった」。


今から11年前、この国では大規模な戦争があった。

戦争…と伝えられているが、敵が誰だったのか、僕はしらない。

少なくとも、そのような教育はうけていない。

誰も、市民は真実を知らない。


いわゆる僕たち「戦災孤児」は、「名前」というものを持たず、保護施設で管理番号を付けられていた。そして、ただ生きて、教育を受けて、社会を動かすための歯車となるべく育てられていく。それが当たり前だと教えられてきたし、僕も特に疑問には思っていなかった。それが当たり前だと教え続けられてきたから。


「お姉ちゃん、僕は…。」

「僕は別に、誰のことも恨んでなんていないよ?たとえお姉ちゃんになにかあったとしても…。悪いのは、攻めてきた敵じゃないか。」


堪えきれなかったのだろう、エリーヤは涙を流した。

美しい、と思ったのが僕の正直な感想だ。

こんなに、美しい涙をみたのは、はじめてだった。

保護施設ではいじめが横行していたし、いじめられた子供が泣いていることなど、日常茶飯事だったのに。

「お姉ちゃん…お姉ちゃんは悪くないから…泣かないで…お願い…。」

エリーヤは、後ろを向くと壁に手を伸ばした。

壁に現れる『緑色の穴』。

「さあ、坊や、ついてきて。」

マキシたちがまた慌てふためいたように騒ぎ始める。

「『5号様』!おやめください!」

「あなたたちの処分は考えておくわ。罪もない子供を殺そうとしたこと…私は断じて許さないわよ。」

「ひいっ…」

大の大人二人を震え上がらせるこの女性。

一体、エリーヤはどんな人なんだろう…。

僕は好奇心に勝つことができなかった。

エリーヤのしっとりと押し包むようなしなやかな手。

僕の手を引くと、エリーヤは『緑の穴』へと僕を連れて入っていった。




「お嬢様、お帰りなさいませ。」

『緑の穴』を抜けると…(僕はその間軽いめまいを覚えたのだが)そこは見たこともないような立派な屋敷だった。

「…お嬢様、こちらの坊ちゃまは…。」

「じい、この坊やを一番いいお部屋にご案内してあげて。」

執事は深々と頭を下げると、エリーヤの言葉に従った。

「坊ちゃま、こちらへご案内いたします。どうぞご遠慮なさらず着いてきてくださいまし。」

戸惑う僕に、エリーヤは優しく微笑みかけた。

「いいのよ、坊や。ここではのんびり振舞ってちょうだい。あなたは私が保護したの。もうあんな危険な目にはあわせないわ。」

「お姉ちゃん…」

またエリーヤは満面の笑みで微笑む。

「お姉ちゃん、っていうのも他人行儀だわ。私のことはエリーヤと呼んで頂戴。」

「…わかった、エリーヤお姉ちゃん。」

執事も微笑を浮かべている。

「さあさ、坊ちゃま、今日はこのじいが腕を振るいますぞ。楽しみにしていてくださいまし。」

執事のおじいさんに導かれ、僕は保護施設の自分の部屋(といっても保護施設は10人くらいの子供がせまっ苦しい部屋に押し込められていたのだが)の軽く10倍はあろうかと思われるような部屋へと案内された。

「お、おじいさん、こんな部屋を僕が使っちゃっていいんですか!?」

僕は思わず素っ頓狂な声を上げた。

そのくらい豪奢を極めた部屋だったのだ。

「ええ、ええ。エリーヤお嬢様の一番のお客様ですからね。」

うんうんと執事はうなずく。

「し…執事さん…」

「なんですかな?それと私のことはアルフレッドとお呼びください、坊ちゃま。」

「ええと…アルフレッドさん、僕、ただの戦災孤児で…エリーヤお姉ちゃんに助けてもらっただけで…そんな大切に扱ってもらうような…。」

そういうと、アルフレッドまでもが少し悲しそうに笑った。

「そうですな…お嬢様は、責任を感じておられるのでしょう。じいにはだいたい察しがつきます。」

「…責任…?」

アルフレッドは少し茶目っ気があるようで、口に「しっ」というように指を縦にあてがった。

「それは、お食事のときにでも、お嬢様から直々にお話があることでしょう。」

そしてアルフレッドはドアへと、年齢をまったく感じさせない軽やかな足取りで向かっていく。

「では、じいはこれにて一度失礼いたします。お夕食は…そうですな、お嬢様は今日はひどくお疲れでしょうから、まもなくご用意いたします。しばしお休みください。」

といい、アルフレッドは部屋から出て行った。


「…今日は…一体なんなんだろう…っていうか、僕、学校休んじゃった…明日学校いったら鞭で10回ぶたれるのか…いやだな…。」

僕はベッドに腰掛けると、脚をぶらぶらさせながら、つぶやいた。

学校…今の『戦災孤児』にとって、学校は恐怖の対象でしかない。

短期間で、いかに効率よく、社会に役立つ人材をつくりあげるか。学校の運営者はそれしか考えていない。

つまり、成績がよければ無理な飛び級をさせられ、子供のうちから厳しい労働を課せられ、成績の良くない子供は鞭で打たれる。ある種恐怖政治だ。

少年は出来は悪くなかったが、1日でも無断で休むと、鞭打ち10回という規則があるのだ。

この狂った世界には、ある意味ふさわしいのかもしれない。


ぶつぶつとつぶやいていると、部屋の扉をノックする音がした。

「坊ちゃま、少々早い時間ではございますが、お夕食の時間にございます。ご案内いたしますので、じいについてきてくださいまし。」

「あ、はい…」

僕はいやなことは一度忘れよう、とかぶりをふると、アルフレッドについていった。

広々としたダイニングルームには、白い美しいドレスに着替えたエリーヤがこちらを見つめながら座っていた。

「坊や…そうね、いつまでも『管理番号』とか『坊や』っていうのも味気ないわ…じい、なにか坊やに素敵な名前をつけてさしあげてほしいの。」

エリーヤの突然の注文にすら、この老練な執事には動揺すら与えない。

「ふむ…坊ちゃまのお名前ですか。なかなかの難題ですな。」

アルフレッドが何か思いついたようだ。

「カスパール…というお名前はいかがですか?」

エリーヤの表情が一瞬曇る。

「じい…カスパールは…。」

「カスパールは勇敢な護衛でしたぞ。一番のお嬢様の…」

「そうね、私の一番の『友達』だったわ。そして一番の私の『ナイト』。」

僕は耐え切れず口を挟む。

「ええと…カスパール…さん、っていうのは…。」

エリーヤが伏し目がちにいう。

「私が『生まれて』この家に来たときからこの家にいた、大きな犬の名前よ。」

なんだかがくりと肩を落としてしまった。

…僕、犬扱いか…。

「これは失礼、坊ちゃま。じいにも悪意はございませんぞ。ただ、貴方様にお嬢様のカスパールに負けないほどの『ナイト』になっていただきたく…。」

「ああ、わかったよアルフレッドさん、ありがたくカスパールの名前を頂きますよ、だいたい戦災孤児の僕が名前をもらえること自体がものすごい名誉なことなんですし。」

エリーヤとアルフレッドは胸をなでおろしたようだ。

…よほど『カスパール』には意味があるらしい…。

「じゃあ、カスパール、これからよろしくね。」

「そうですぞ、カスパール坊ちゃま、貴方は成績も優秀な学徒だというじゃありませんか。これからお嬢様のよき理解者として、働いてくださいますことをじいは期待しておりますぞ。」

一瞬エリーヤがぎょっとした顔をする。

「…じい…」

「これは口が過ぎました。ご無礼をお許しください。」

エリーヤはちょっとだけ視線をそらすと、手をぱんぱん、とならした。

「さあさ、お夕食にしましょ。じい、運んできて。」

アルフレッドが手にしていたベルをちりんちりん、と鳴らすと、二人のコックの衣装に身を包んだ青年がワゴンに料理をのせて現れた。


僕には、衝撃の光景だった。

なぜなら、保護施設では化学合成食材をつかった味もわからないような、ただひもじい思いを紛らわすためだけに食べるような料理しか目にしたことがなかったからだ。

なのに、なんだこれは。

色とりどりの天然物の食べ物。それを彩る卓越した調理技術。


「お姉ちゃん…本物のお金持ちなんだね…」

つい、僕の口からそんな言葉がついて出てしまった。

エリーヤの顔は、その言葉で一気に暗くなってしまった。

「ご、ごめん、いやみとかじゃないんだ」

「今はお食事を楽しみましょ。食後のお茶の時間に、詳しい話をするわ。」

そうエリーヤはいい、目の前のスープを優雅な仕草で味わっていった。

そして、僕は今まで感じたこともないような幸福な気持ちを味わいながら…その反面、「お茶の時間」にされるという話におびえていた。

ダイニングルームから少し手狭だが、色とりどりの花が飾られたティールームに通されると、鼻をくすぐる初めての『紅茶』というものの香りをかいだ。


「カスパール、紅茶は初めてかしら?」

「そ、そうだね、保護施設じゃ還元水しか飲ませてもらえないからね。」

「じゃあ、とっておきの茶葉にしようかしら。じい?」

「はっ、お嬢様。」

アルフレッドは一度厨房に入ると、立派な装飾がなされた壷をもって現れた。


「さて…それじゃあ、あまり気が進まないのだけれど、本題に入ろうかしら。」

「え、エリーヤお姉ちゃん、無理はしなくていいからね。僕、いつでも保護施設に戻るから…。」

「そういうわけにはいかないわ。一度、私は貴方を守ると決めたのだもの。それに、貴方は被害者。知る権利があるわ。」

そういうと…エリーヤは重い口を開き始めた。


むかしむかし、あるところに一人の狂った女科学者がいました。

女科学者は無類の男好きで、9人の子供を産みました。

女科学者は男の子を産みたかったのですが、8人目まで全て娘でした。

元々狂っていた女科学者ですが、更なる狂気に取り付かれ、堕胎を繰り返してまで『9人目の子供』を産みました。

当時の科学をもってしても、子供の性別の完全なコントロールはできませんでした。

やっと産まれた息子を、女科学者は当然のごとく溺愛しました。

ですが、娘たちは何もいいません。

ここで悲劇が起こります。

『息子』は「僕は女だ!」と主張を始めたのです。

いわゆる『性同一性障害』という障害です。

女科学者は嘆き悲しみました。

そんな息子などいらない、とまで、彼女はいいました。

ここで初めて、8人の娘たちは反発しました。

「弟はありのままでいい。女になりたいなら、女にしてあげればいいじゃないか。」

彼女たちは口をそろえてそういいました。

男の体を女の体にする医療技術は、このころきちんと出来上がっていたからです。

元々母親に愛されることもなく、父親もどこのだれともしれないものばかりの娘たちでしたが、姉妹愛、兄弟愛だけはしっかりありました。

末の弟は、当然姉たちを慕いました。

それが女科学者の嫉妬の元になりました。

姉たちは必死で弟を守り、弟は姉たちにかくまわれ、母親たる女科学者から逃げる生活を続けることになりました。

ですが、9人もいる姉弟です。

一人、また一人と、嫉妬に狂った母親の手先の者に殺されていきました。

最後に残った長姉と、末弟は、考えました。

逃げ回っても、母親の手はどこまでも追って来る。

ならば、7人の妹たちには本当に申し訳ないけれど、弟を母親のもとに返そう。そう二人は結論を出しました。

弟は最後まで泣きながら、姉の名前を叫んでいました。

絶望した姉は、崖から飛び降りて自殺しました。

ですが、息絶える前に、波打ち際に寄せられた姉は、一人の科学者に助けられました。

全ての話をきいた科学者は、憤慨し女科学者に復讐するよう姉に持ちかけました。

ですが、これは罠でした。

最後の最後まで、8人の娘たちの息の根を完全に止めるために女科学者が放った刺客だったのです。

女科学者のもとでその話をきいた息子は、絶望のあまり女科学者の目を盗んで首を吊って自殺しました。

嘆き悲しんだ女科学者は、息子のクローンを作る計画を立てました。

女科学者は、『9人の息子』を作るつもりだったのです。

ですが、生まれてくるクローンはなぜか性別をもたない不完全なものばかりでした。

怒った女科学者は全てのクローンを破棄しました。

ここに、怪しい男が現れます。

男は「魔法を使えるクローンを作らないか」と持ちかけました。

腐っても科学者である女科学者は、二つ返事でうけおいました。

不完全なクローンしかつくれない、と自分をバカにした学会をみかえすという目的と、息子を取り戻すという目的、さらにクローンが魔法をつかえる、というさまざまな利点があったからです。

ここで「ロータス計画」が始まります。

男が渡した魔法の薬は「蓮の種」という今の法律では毒物として所持が厳禁されているものなのです。

女科学者は男の意図などまったく気づきませんでした。

ただ、息子をよみがえらせたい。その一心でした。

ですが、また女科学者の意図に反して、性別を持たない8人のクローンが出来上がりました。

これは「蓮の種」による悪しき作用でした。

「蓮の種」はいわゆる「魔法」を使えるようになる代わりに、人間としてもっているはずの「なにか」をひとつ、必ず代償として失わなければならなかったのです。

それがよりにもよってすべて「性別」だったのです。

女科学者は考えました。

男には「蓮の種」は1錠まで、といわれていたのに、2錠与えたクローンを作ってしまったのです。

その結果、悲願の「男の」クローンができあがりました。

それも、女科学者が「一番愛した男」にそっくりのクローンが。

ですが…「蓮の種」の効果は、残酷でした。

「男のクローン」は、人間がもっているはずの「良心」というものをまったく持っていなかったのです。

彼は喜んで抱きついてくる「母親」を散々いたぶった後、おぞましい手段で殺し、研究所を全て「魔法」で破壊して8人の姉を皆殺しにする旅に出たのです。


「…つまり、この『ロータス計画』の5番目のクローンが私よ。」

エリーヤがそういった。

「じゃあ…じゃあ11年前の戦争いっていうのは…」

「そう、カスパール、貴方が考えているとおりよ。『弟』と8人の姉妹の初めての大規模な激突。」

「じゃあお姉ちゃんは…」

エリーヤは顔の前で手を組みながら、祈るように言う。

「弟を、あの殺人鬼を野放しにするわけにはいかない。これは8人の『蓮の娘』たちの掟。見つけたら必ず…必ず殺すわ。」

そのとき。

ドウン、と爆発音がした。

「!?ジェイクがきたの!?じい!!」

「いいえ、この音はジェイクではありますまい…あの『男』なら、全て焼き払うはずです。」

がらんがらん、と場違いなドアベルの音がして、小柄な娘が屋敷に入ってきたのがティールームから見えた。僕とさほど年は変わらないようにすら見える。

「ねーちゃーん、ごめんごめん、相変わらずテレポートうまくなんないわー。」

エリーヤは深い深い溜息をつくと、ドレスを翻してドアへ向かった。

「シェイム、いいかげんもうテレポートくらいまともにできるようになってちょうだいな。そのたびに屋敷が壊れていたらたまらないわ。」

「えっへっへ、ごめんねーちゃん。あたしエレメント『破壊』だからさー、ねーちゃんみたいにテレポートとかはどうしてもうまくなんないわー。…ってお客さん?」

シェイムと呼ばれた少女が、ティールームを覗き込む。

僕はたまらなく居心地が悪かった。

「…あの子、見ない顔だね。」

「シェイム!」

「はろーはろー!あたしシェイム!名前は!?」

ぎょっとした。ドアのところにいたはずのシェイムが、僕の目の前にいつのまにか立っていたからだ。

「ぼ、僕は…」

「カスパールよ。いい名前でしょ。」

「ねーちゃんには聞いてないよ。…ってカスパール!?」

シェイムは地団駄を踏む。

「なんでカスパールなの!よりによって!」

「私がつけたのよ。アルフレッドと相談して。」

またテレポートして今度はシェイムはアルフレッドに食って掛かった。

「じーちゃん!なんでカスパールなの!カスパールはあたしにとって…!」

「わかっておりますぞ、シェイムお嬢様、ですが、坊ちゃまには『カスパール』の名を受け継ぐにふさわしい『力』があるとじいはお見受けしましたが?」

シェイムはまたテレポートして僕の目の前ににじり寄り、穴が開くほど僕を見つめた。

「ふん、あんたが『カスパール』ね!『エンゲージ』姉さまに確認してもらいたいくらいだわ!きにくわない!」

エリーヤは僕とシェイムの間に割り込んできた。

「…そんなに気に食わないなら、お姉さまのところへ連れて行きましょうか?貴女もくるでしょうね?シェイム。」

「望むところよ!」

「すみません、話がみえません…」

「坊ちゃま、少々、お部屋へ戻ってじいとお話いたしましょう。よろしいですな、お嬢様方。」

「ええ、説明してあげて、じい。」

「変なことふきこんだらあんた破壊するわよじーちゃん!」

おお、こわいこわい、とおどけながらアルフレッドは僕の手を引いた。


「さて、カスパール坊ちゃま。」

「…なんか怖いからさ、カスパール、ってやめてくれないかな…。」

「ほう、じいの目はごまかせませんぞ、坊ちゃま。」

意味が分からない。

「じいには…じいは『蓮の子』ではありませんが、特殊能力がございましてな。それ故にお嬢様方のお世話をお任せされているのですが。」

「へえ、アルフレッドさんも「魔法」が使えるの?」

「いいえ…じいの体は実は半分機械でできておりましてな。そのせいで「人の能力を読む力」というのが備わっているのでございます。」

さらっというけど、すごい力じゃない…?

「坊ちゃまには、『ナイト』の力がございます。」

「『ナイト』の力…僕…別に飛び級するほどの優秀な学生だったわけでもないし…そんな特殊能力ないと思うんだけど…」

アルフレッドは笑う。

「それはそうでしょうとも。現代社会において学生に求められる力は働く力。社会の復興の力。ですが坊ちゃまのお力は「戦う力」にて。」

僕が?戦う…?

「この屋敷にお使えして早60年になりますが…貴方様ほど『カスパール』の名にふさわしい方もいらっしゃいますまい。」

「えっと、カスパール、っていうのは、どんな犬だったの?」

ごほん、と大仰にアルフレッドが咳をする。

「8人のお嬢様方を、『戦争』のときにジェイク…これは敵の名前ですが…ジェイクから、守った犬にございます。」

僕は面食らった。

「犬が?あの大戦争で?」

「8人のお嬢様方から愛され、力を分け与えられ、『エンゲージ』お嬢様と『契約』を交わした犬ですぞ。お嬢様方を命がけで守り、文字通り命を落としたのでございます。」

僕もまた、重い口を開く。

「ジェイク、っていうのは…きいちゃ、いけないのかな。」

「…9人目の『蓮の子』すなわち『蓮の種』を2錠服用した殺人鬼にして『我らの敵』でございます。」

アルフレッドは大きく目を見開いて、僕を見つめた。

「貴方様には…カスパールと同じように、お嬢様方を守っていただきたいのでございます…もう二度と、あのような惨劇は起こしてはなりませぬ…。」

僕は差し出された手を握り替えそうとして、一度手をひざに置いた。

手が、震えがとまらなかった。

僕は…とんでもないことに足を踏み入れてしまった。

『大戦争』の中に、その身を投じてしまったのだ。

「さあ、カスパール!戦いなさい!貴方にはその力があります!」

「僕に…僕にどんな力があるっていうんだい、アルフレッドさん…。」

ぎゅ、っと握りこぶしを作る。

「『受容体』です。簡単にいいますと。」

聞きなれない言葉を聴き、僕は鸚鵡返しに返す。

「『蓮』の力を受け入れ…我が物とし…戦う力にございます。」

コンコン、とドアがたたかれ、メイド服に身を包んだ女性が現れた。

「失礼いたします。」

「なんですかな、レイカ。」

「シェイムお嬢様とエリーヤお嬢様が、『エンゲージ』お嬢様の元へカスパール様をお連れしたいとおっしゃっています。」

ふふ、とアルフレッドは笑う。不思議なことに、嫌味な感じはうけなかった。

「さあ、カスパール…『エンゲージ』お嬢様にそのお力を確かめていただくのです…」

「で、でも僕…」

初めて、今までずっと柔和な微笑みをたたえていたアルフレッドが厳しい表情を浮かべた。

「カスパール、時間はもう我々にはないのです。ジェイクはもう、この街に現れているのです。もう、うだうだいっているひまなどないのですよ!」

そうだった…僕は…エリーヤがジェイクと戦っている爆発をみたんだ…。

そして、エリーヤはこんな僕を助けてくれた…。

なら、恩返ししなきゃ…。

「そう、それでこそ男です。いいですぞ、カスパール。」

「僕、いくよ、アルフレッドさん。二人のところへ連れて行って。」

「お二人はロビーでお待ちです。」

僕は、階段を駆け下りていった。

「カスパール…無理だけはさせたくないわ…。」

「はん!もうカスパールなんて名前もらっちゃったんだから、働いてもらわないと!」

エリーヤはまた高速詠唱を始めた。

「いくわよ、二人とも。」

「ええ?いきなり『エンゲージ』姉さまんとことんじゃうわけ?」

「そうよ、他の5人にも、もう連絡したわ。」

「早いよねーちゃん…」

僕はなぜか、本当になぜかはわからないけれど、心に余裕ができていて、二人のやりとりをみていてふきだしてしまった。

「仲、いいんだね。」

「んー?だってあたし『6番目』で、エリーヤねーちゃんはすぐ上だもん。仲いいよ。」

「風のエレメントよ、エリーヤの名において命ずる、『空間転移』!」

また僕はぐら、っとしためまいを感じたが、最初にエリーヤに屋敷に連れられていったときほどの不快感は感じずに転移することができた。


そして…そこは、薄暗い大聖堂といってもいいほどの造りの建物だった。

パイプオルガンをひいていたヴェールをかぶった女性が、優雅な振る舞いを見せながらこちらへと足を運んできた。

「『エンゲージ』お姉さま、無理なさらずに…。」

「そうです姉さま…。」

『エンゲージ』と呼ばれたいつか教会でみた聖母のような女性は、僕の顔を微笑みながら見つめた。

「お客様がお見えになるのに、いつもの図書室にこもっているわけにはいかないでしょうに。」

そしてそっと僕に手を差し出した。…ひんやりとした、エリーヤに良く似た手だ。

「あなたがカスパールね。よろしく。私は…『エンゲージ』と呼ばれているわ。」

本当は違うのだけれど、といたずらっぽく微笑みながらいった。

…そう、クローンなのだから、似ていて当たり前なのだけれど…でも、不気味さは感じなかった。

「さあ、5人を待つ間にお茶にしましょうか。儀式を執り行うのですから、精神を落ち着かせるためのお茶にしましょう。」

だが。

大聖堂の壁が、一瞬にして粉々になった。

「!ジェイクね…嗅ぎ付けてきたわね。」

「シェイム。昼間だから、貴女一人に任せてもいいかしら。その間に、エリーヤとカスパールの儀式を行うわ。そうすれば4対1だから、この場はしのげるでしょう。」

シェイムがにやりと笑う。

「まっかせといて♪夜しかフルパワーだせないジェイクなんかに、このシェイム様が劣るもんですかい!」

「さあ、急ぐわよ、二人とも、あんなシェイム軽口たたいてるけど、ジェイクは恐ろしい敵よ…!」

僕は身震いするとともに、奇妙な高揚感を覚えた。

「わかりました…!」

「ええ、お姉さま!任せたわよ!シェイム!」


そして、壊れた壁から、ゆうに2メートルは身長があろうかという、がりがりに痩せた男が姿を現した。

「へえ…おちびちゃん一人だけかい…あとの3人は逃げちゃったわけ?ゲッハッハッハッハッハ」

「おちびちゃんっていうな!弟のくせに!たまたまでかく産まれてきただけじゃん!」

「チビにはかわんねーよ。さあ…楽しませてくれよ、悲鳴を上げて、泣き叫べよ、ゲッハッハッハッハ」

シェイムは…挑発には乗らない。

彼女は、体こそ小さいが、戦闘経験は十数年あるのだ。

そんじょそこらの兵士なんぞより、よっぽどの実践経験を踏んでいる。

「破壊のエレメントよ…シェイムの名において命ずる!『闇夜のナイフ』!」

ぐにゃん、と空間が歪むと、無数のナイフがジェイクを襲う。

ジェイクはひらり、と身をかわして避けるが、数個のナイフが服を掠めた。

触れた部分が、しゅうう、と音をたてて消えていく。

「は…これが破壊のエレメントの力か。『大戦争』のときはあんまりてめえとは戦う機会なかったもんなあ!楽しい!楽しいじゃねえか!ゲッハッハッハッハ」

「んじゃ…こっちからいくぜ。」

シェイムは、手のひらを開き、ジェイクに向けたまま微動だにしない。

ジェイクが至近距離に入ってくるのを待っているかのように。

ジェイクは握りこぶしを向けたまま、にじり寄っていく。


「はあ、はあ、はあ…」

「お姉さま!」

「『エンゲージ』さん!」

『エンゲージ』は極端に体が弱かった。

それというのも、『1番目の蓮の子』であり、一番完成度の低いものだからなのかもしれない。

「しょうがない…儀式の道具はあまりそろっていないけれど、シェイムだけにまかせていられないわ。ここでやるわよ。いいわね、二人とも。」

「ええ、お姉さま。」

「は、はい!」

『エンゲージ』の白いヴェールが、紫色に染まっていく。

「力の制御術式、開放、シルヴィエッタ・ファースト・ロタティオンの名において、『契約』のエレメントを従えんとす。」

3人の足元に、円形の魔方陣が広がっていく。

「さあ、エリーヤ、カスパール、手を合わせて。」

「はい。さあ、カスパール。」

僕はあわててエリーヤと『エンゲージ』さんの手をとった。

「風のエレメント、力の制御術式開放、エリーヤ・フィフス・ロタティオンの名において、カスパールに力の分与を契約す。」

「契約のエレメント、力の制御術式開放及び増幅を命ず。シルヴィエッタ・ファースト・ロタティオンの名において、カスパールに力の分与を契約す。」

二人がそういうと、二人の手の平から、とんでもない力の奔流が僕の中に流れ込んできた。

「カスパール、今から1時間だけ、あなたはエリーヤよりも強い風のエレメント使いとして動けるわ。私が毎回増幅してあげるから、3倍の力は出せるはずよ。」

3倍…想像もつかない…。

「さあ、シェイムと一緒に戦うわよ!」

「は、はい!」

「カスパール、リラックスして。風は優しいエレメントよ。無理に従わせようとしなければ、いうことをきいてくれるわ。」

「はいぃ!」

そして、大聖堂へと3人はまた駆け上がっていった。


「破壊の…ああもうめんどくさい!高速詠唱!」

「めんどくさがってたら…俺にはかてねーぞ?おちびちゃん。」

「!?いつのまに後ろに!?」

「この間『5号』から風のエレメント盗んだからな…ゲッハッハッハッハハ」

シェイムは…だが動揺しない。

それがジェイクの気にさわったようだ。

「ああん?少しはびびったらどうなんだよ?きにくわねえガキだな!」

「破壊のエレメントに命ず…高速起動『闇夜の黒髪』!!」

ぐわん、と耳障りな低音が響いたかと思うと、シェイムの周りにどす黒い輪ができあがった。

「はっ!そんなもん!風のエレメントよ俺に従え!ぶちまけろ『サンダーボルト』!」

「きゃあっ!!」

「…!!シェイム!」

「はあ、はあ、はあ…シェイムさん!」

『エンゲージ』がジェイクをにらみつける。

「ここはお前のような下種のくるところではない。帰れ。」

今までの『エンゲージ』の優しい声ではない。

「おお、おお、女王様はこわいねえ。でもなあ!女王様の『契約』のエレメントこそ、俺様が一番欲しいものなんだよなあ!」

「なんですって…」

『エンゲージ』が眉をひそめる。

「だってよう、『契約』さえあれば、全世界の人間を俺様の意のままに操れるじゃねえか!欲しいぜ!マジでよお!ゲッハハッハハ」

くす…と『エンゲージ』が笑う。

「本当に下種ね、お前。本当の『契約』の使い方もしらないで…」

「あぁん?」

「おやりなさい、カスパール。」

僕は…震える声でいった。

「か、風のエレメント…よ…僕に従ってくれ!『真空断絶』!!」

「契約のエレメントに命ず。増幅、『真空断絶』!」

ごうん、という爆音がした。

耳が、鼓膜がおかしくなりそうだった。

あわててしゃがみこんだジェイクの頭を掠めて、大聖堂が『真っ二つに』割れた。

「ふふ、これが『契約』の使い方のうちの一つ、『増幅』よ。知らなかったでしょう」

そういって『エンゲージ』はジェイクにつかつかと歩み寄っていくと、ピンヒールで頭を踏みつけた。

「この下種が。『目的』はなんだ?いってみろ?じゃないと鞭で打とうかしらね?」

エリーヤの顔が青ざめている。

「…お、お姉さまの人格が…『エンリエッタ』になっている…。」

ジェイクは力を振り絞って腕を振り回すと、無理やり起き上がった。

「は!俺様の目的は全てのエレメントを手に入れること!それだけだ!」

立ち上がった『エンリエッタ』が言い放つ。

「『大戦争』のときにお前のバックに組織がいることくらいばれている。言え!」

「4対1か…しかも昼だしな、今日のところはこれで帰ってやる!じゃあな!」

そういうと、ジェイクは闇にとけていった。

「…『闇』のエレメントも盗まれたか…。」

そう、『エンリエッタ』がつぶやいたのが、僕の耳に焼き付いている。



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