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夜空に願いを 後編




    3




 時刻は午後2時。

 そろそろピチカの帰宅時間である。

 シンゴは、その場を他の妖精たちに任せ、いったん戦線を離脱した。玄関前でグーグーと並び立ち、ピチカが帰ってくるのを待つ。ふと見れば、グーグーは緊張しているのか、フリーズドライされたように動きがぎこちなかった。いつもは霧吹きしたかのように艶を放っている緑のアフロも、どことなく元気がないように見える。

「大丈夫、きっとうまくいくって。だからいつも通り、自然体で行こう」

 リラックスさせるようにポンッと肩を叩く。するとグーグーは頷き、深呼吸するように胸をそらして両手を開いたり閉じたりしていた。

(……僕もやっておこうかな)

 実は、言った本人もけっこう緊張していたので、彼にならって深呼吸をした。

 胸いっぱいに森林の空気を吸い込みながら、その時が来るのを待った。

 ややあって。

 まばらに生える木々の奥から、大蛇にしがみついたピチカが姿を現した。それを見て、シンゴは自然と笑みを零した。ピチカは行き同様、帰りもコアラスタイルだったのだ。きっとマイブームなのだろう。

「オーイ」と声を張り、手を振る。

 すると気付いたピチカはキョロキョロと辺りを見回し、シンゴの姿を捉えると、ランプの照度を上げるように顔を明るくさせた。ピチカは大蛇から飛び降りると、一目散に駆け寄って、シンゴの腹に飛び込んだ。ちょっと後ろによろける。今日もピチカは元気一杯だ。

「シンゴなんで? なんでピチカの家いる? どーして?」

 シンゴの腰に手を回して、つぶらな瞳で見上げてくる。その表情は変化にとぼしく、声のトーンもどこか平坦だが、尻尾は嬉しくてたまらないといわんばかりにブンブンと振られていた。

「ピチカに会いに来たんだよ」

 優しくそう言うと、「……んぅ」ピチカはきゅっと唇を結び、シンゴの服に顔を埋めてしまった。どうやら照れちゃったようだ。くあぁぁ。庇護欲の波に飲み込まれたシンゴは、ブルルッと背を震わせた。表情筋が弛緩して、どんどんダメになっていく。本当に、奇跡みたいに可愛い女の子だ。

 ふと見れば、行く時は整っていた髪が、寝起きのようにボワボワに乱れていた。きっと今日も空中遊泳を楽しんできたのだろう。子供特有の高い体温を腹部で感じながら、シンゴはゆっくりと指で髪を梳いてやった。

「おかえり、ピチカ」

「ん、ただいま」ピチカは首を横に巡らす。「グーグーも、ただいま。ピチカいま帰った」

「……!」

 グーグーは応じるように、パントマイムのようなコミカルな動きをしてみせた。

 きっとあれが「おかえりなさい」なのだろう。

「ところでピチカ、お腹すいてない?」

「お腹……すいた……」

 空腹を思い出したのか、ピチカの犬耳がシュンとうな垂れた。

 実はピチカがお腹をすかせているのは事前に知っていた。というのも、前日にグーグーが「でっかいフクロウさん」にお願いして、今日は木の実をあげる量を控えて欲しいとお願いしていたのだ。でないと彼は、夕飯が入らないほどピチカに食べさせてしまう。『それだと非常に困るのだ』。この様子だと、ちゃんと約束を守ってくれたようだ。

「そっか、それはよかった」とシンゴ。

「んう?」と不思議そうにピチカ。「なんで、よかった?」

「実はね、ちょうどピチカのためにケーキを用意してたんだよ」

「ケーキー!?」

 言葉に反応して、しおれていた犬耳が、陽光を浴びた朝顔のようにシャキンと立った。プラチナのまつげに縁取られた瞳に、ぱぁぁと星くずが散る。そうなると現金なもので、先ほどまで甘えるようにしがみついていたピチカは、何の未練もなく身を離すと、クルリと踵を返し、シンゴの手をとってグイグイ引っ張りはじめた。

「シンゴ、はやく、はやく! ケーキー!」

 マイケル・ジャクソンのゼログラヴィティ並に斜め立ちになって手を引くピチカに、シンゴは相好を崩した。

「そんな慌てなくても、ケーキは逃げたりしないよ」

「そーとも限らない」

「はいはい」





 広々としたキッチン。

 大きなパンが何個も焼けそうな、レンガ造りの石釜。壁には色んなサイズの銅鍋がかけられ、磨き上げられた表面が上品な光沢を放っている。窓辺に飾られた陶器のプランターには、ミント、レモンパーム、ローズマリーなどのハーブが寄せ植えされ、美味しい紅茶や香辛料になるその時を、葉を広げて待っている。

 グーグーの手によって完璧に管理されているキッチンには、タマゴと砂糖の甘いニオイが充満していた。

「シンゴ、これなーに?」

 手洗いとうがいを終え、シンゴにフリルいっぱいのエプロンを着させてもらったピチカは、興味を引かれたように鼻をスンスンさせながら訊ねた。

 ピチカの目の前にある、二畳ほどの作業テーブル。そこには、小麦色のスポンジケーキ、大量の生クリーム、そしてこれまた大量のフルーツが置かれてあった。

「これはケーキの部品だよ」

「ぶひん?」

 シンゴを振り仰いで、コテンと首をかしげる。

 そうだよと頷きつつ、シンゴは捻れたエプロンの首ひもを直してやった。

「と、説明の前に。ピチカ、あーんして」

「あーん」

 何の疑いもなく開かれたピチカの口に、シンゴはマシュマロを放り込んだ。途端、ピチカの瞳がふにゃんと蕩ける。さすがに空きっ腹のままでは可哀想だろう。もう何個かマシュマロを食べさせて虫押さえをしてから、シンゴはおもむろに説明を始めた。

「いまからピチカには、ケーキの組み立てて欲しいんだ」

「ふみふぁふぇー?」

 もにゅもにゅと口を動かすピチカが、瞳に疑問符を浮かべる。

「そうそう。ここにあるのは全部ケーキの部品で、これを組み立ててケーキを完成させるんだ。スポンジを二つに割ってフルーツを間に挟んだり、側面に生クリームを塗ったり」

「んぅ」口の中の物を飲み込んだピチカは、すこし困ったように視線を彷徨わせた。「……でもピチカ、ケーキ作ったことないよ?」

「ぜんぜん問題ないよ。べつに料理本に載ってるようなお手本通りにする必要なんてないんだ。ピチカの好きなようにやっていいんだよ」

 安心させるように言うと、ピチカの瞳が再びこちらに向いた。

「ピチカの、好きなよーに?」

「そう。三角形にしてもいいし、塔みたいに積み上げたっていい。上からチョコをドバーッとかけちゃってもいい! 色も、形も、味付けも、何もかもぜーんぶピチカの自由にしていいんだ! 難しいところは僕とグーグーがやってあげるから、ピチカは失敗なんて気にせず、思いっきりやればいいんだよ!」

 話をするうちに、ピチカの体から沸々と好奇心が溢れてくるのが分かった。こちらを見上げる透明感のある瞳にも、光彩がどんどん増していく。

 シンゴは微笑みながら話を続けた。

「トッピングもフルーツだけじゃなくて、お菓子でもいいし」

「おかしも!? ケーキなのに!?」

 ピチカは、目を瞠って恐れ戦き(しかし表情はあまり変わらず)、その尻尾は天井を突き破らんばかりにそそり立った。

「もちろん。このテーブルの上だけじゃなくて、キッチンにあるもの全て使って、ピチカのオリジナルケーキを作るんだ!」そこで一旦区切ると、答えの分かりきった質問をピチカに投げかけた。「どう、やってみる?」

「やる!!」

 ピチカは飛び上がらんほどの勢いで返事した。そしてシンゴの言葉を待たずに、お菓子の戸棚を片っ端から開けはじめた。その様子を見て、胸のうちでガッツポーズするシンゴだった。

 この「オリジナルケーキを作ろう」というアイディアは、以前テレビで見たファミリー向け番組のクリスマス特集をヒントにしたものだった。画面に映る子供たちは、見ているこっちが笑いたくなるような明るい笑顔を浮かべ、親たちも「普段はおとなしいのに、こんなに大はしゃぎするなんて」と驚いていた。何でもやってみたいお年頃の子供にとって、自分だけのケーキを作るというのは、それだけ興奮する魅力を持っているのだろう。

 その予想は見事に的中した。

 ピチカはフンフンと鼻息を荒くして、ケーキ作りに没頭していた。

 こういう時、大人は邪魔な存在なので、包丁を使うとき以外は手を出してはいけない。おせっかいをすると、せっかくのテンションに水を差すことになるからだ。

「んー、ん、んー」

 お尻ごとシッポをフリフリさせながら、ご機嫌に生クリームを塗るピチカを、シンゴはすこし離れたところから優しく見守っていた。

 しまったなぁ。

 こんなことなら念写カメラを持って来ればよかった。

 そんなことを考えながら、何気なく横を向いたシンゴは――――ギョッとした。

 ドアの隙間や、外に繋がる出窓。そこに、ポニーサイズのユニコーンや、ウォンバット、イタチにモグラにインコにキツネにフェアリーに大蛇にグーグーなどなど、この家にいるすべての妖精たちが、鈴なりに顔を並べて、ピチカを凝視していたのだ。

 窓に顔を押し付けて、鼻息でガラスを白く曇らせているその様は、完全にホラー映画のワンシーンだった。やっている妖精がヌイグルミと見まごう程の可愛らしい容姿だから、まだマシだが。

 彼らも、ここまで興奮しているピチカを見るのは珍しいのだろう。

 まったく、しょうのない連中だ。

 シンゴは苦笑しながら、見学の邪魔にならないところまで移動し、壁に背を預けた。

 沢山の瞳に見守られながら。

 小さなコックさんの作業は順調に進んでいった。




    4




「右。左。右。左」

「んっ、んっ」

「あっ、ピチカ、次の一歩は段差があるから、大股で行こう。いくよ、せーのっ」

「んっ!」

「おー、ナイスジャンプ」

「んふー」

 ピチカは瞳を閉じたまま、えっへんと胸をそらし、ちょっぴり得意げに鼻を鳴らした。

 ケーキが完成した、その後。

 シンゴは、目をつぶったピチカの両手を取り、後ろ歩きをしながらピチカを先導していた。鏡に映る自分たちの姿は、まるで親子の歩行練習みたいだった。あんよが上手、というフレーズが口から出そうになるが、その度にシンゴは言葉を飲み込んだ。

 で、いったい何をしているのかと言うと、これもピチカを驚かせるための演出だったりする。もちろんピチカには内緒だ。幸い、ピチカはこれを遊びの一つだと思ってくれたようで、楽しそうにシンゴのナビゲーションに従っていた。

「絶対目を開けちゃダメだよ?」

「んっ!」

 ピチカとシンゴのわんわん列車は、キッチンを抜けて廊下を進み、そして――――暗幕の張られた、薄暗いリビングへと足を踏み入れた。

「!?」

 目を閉じていても、まぶた越しに辺りが暗くなったのを感じたのだろう。ピチカは心細げに、繋いだ手にきゅっと力をこめた。

「大丈夫、怖くないから」

 安心させるように親指の腹で、ピチカの手の甲を撫でる。

 ピチカの体から固いモノが抜けるのを待ってから、移動を再開した。間接照明の明かりだけを頼りに足を進め、リビングの中央へ。

「それじゃあピチカ、ちょっとここで待っててくれる? あと、いいって言うまで目を開けちゃだめだよ?」

「……シンゴ」

「そんな声ださなくても、すぐ傍にいるから」

「……ん、わかった」

 手を放し、ピチカの銀髪をひと撫でしてから、シンゴは静かにその場を離れた。

 そしてリビングの端まで来ると、垂れ下がっていた《スイッチ》を引き寄せた。

(この後、果たしてピチカはどんな顔をするのだろう?)

 そう考えると、シンゴの胸に、期待とそれに匹敵する不安が渦巻いた。戦闘の時とはまったく別種の緊張に、喉の渇きを覚える。音もなくリビングに集合した妖精の面々にも、一様にピリピリと張り詰めた雰囲気が漂っていた。

 誰も口にしないが、ここでミスったら、これまでの努力が全て泡と消えることになる。

 シンゴは脳裏に滲みでた嫌な想像を、首を振って追い出した。

 何十回と点灯テストをした。直前のリハーサルも上手くいった。やるべきことはすべてやった。何の問題もない。大丈夫、絶対に上手くいく。シンゴは揺れ動く己に活を入れた。

 よし、やるぞ。

 ごくんと固い空気を飲み込み、そして、その言葉を口にした。

「ピチカ、もういいよ」

「……んぅ」

 ピチカはキュッとスカートの裾を握り、そろそろと瞼を開け――――そして固まった。

 見上げるピチカの、その先。

 そこには満点の星がひろがっていた。

 星々がチカチカと瞬き、光の雨粒となってピチカの全身に降りそそいでいる。ピチカは口を閉じるのも忘れて、呆けたように星空を見つめていた。

 1秒、2秒と時間が進むにつれ、驚きだったものが、徐々に興奮と感動へと置き換わっていくのが、ピチカの尻尾の動きから見てとれた。

 やがて。

 じっとしていられなくなったピチカは、両手を広げてリビングを駆け回りだした。

「すごい! お部屋のなか、お星いっぱい! お昼なのに夜! すごいすごい!!」

 無邪気に喜び、ぴょんぴょんと飛び跳ねるその愛らしい様子は、生まれて初めてドッグランに放たれた子犬のようだった。

 大成功だ。

 じわじわとこみ上げてくる達成感に、シンゴは静かに拳を握った。

 あの光っている星粒は、全てサイトウが作ったクリスタルだ。

 しかし、クリスタルだけではこの夜空は作れない。

 まず暗幕に、クリスタルを固定する台座を取り付けないといけない。もちろん手作業。それはシンゴとグーグーが、ホテルの自室で行なった。かなりの量ではあったが、10日という猶予があったので、それほど大変ではなかった。

 ――問題は、当日にこの膨大な量のクリスタルを、4時間という時間内で暗幕に取り付けないといけない所にあった。妖精たちはグーグーやフェアリーなどの一部を除き、『人の手』を持っていない。つまり獣の爪や、牙の生えた口で、繊細なクリスタルを取り扱うことになる。ぶっつけ本番で出来ることではなかった。

 なのでシンゴとグーグーが暗幕に台座をつけている間、他の妖精たちは、家事の合間をぬって、口や爪を使ってクリスタルを台座にはめるトレーニングを続けた。

 そうした皆の、血の滲むような努力があって、この夜空は生み出されたのだ。

 それともう一つ。

 この夜空作戦には《出資者》がいる。クラウディア・カンニバルさんだ。

 ピチカに「おばーちゃん」と慕われている彼女は、どこかからこのお誕生日のことを聞きつけ、ポンッと100万ルーヴという大金を出してくれたのだ。おかげで、当初の予定よりも遥かにグレードアップすることができた。

『足りないならステラに言え。いくらでも出してやる。オガミ、私のかわりにピチカを喜ばせてやってくれ。頼んだぞ』そんな伝言付きだった。クラウディアさんは、粋でカッコいい女性だ。

 ちなみに、ただ星を散りばめただけなんていう気の抜けたことはしない。そこにもちゃんとこだわりを入れるのが、シンゴという人間である。どうやらピチカも、それに気付いたようで、

「シンゴ、見て! お空にピチカいる!!」

 興奮気味に天井を指差した。

 その小さな指の先には、デフォルメされたピチカのイラストが、星座のように浮かび上がっていた。もちろんピチカだけじゃない。

「あっ、シンゴもいる! グーグーも! こっち、プンガもいる! これウニョロ!」

 嬉しそうにひとつひとつ指差し確認するピチカに、シンゴは頬を緩めた。苦労のぶんだけ、感動もひとしおだった。まわりにいる妖精たちと、喜びを分かちあうように肩を叩きあう。なぜだろう、文化祭を終えた後のような、そんな不思議な一体感をシンゴは感じていた。きっとそれは勘違いではないはずだ。

 さぁ。

 クライマックスだ。





 間接照明と星々の光に、皆の顔がうっすらと照らされる中。

 リビングに運び込まれた大きなテーブルには、肉汁たっぷりの特性ローストビーフ、カラッと揚がったキツネ色の骨付きフライドチキン、ミートボールの乗ったピザ、トマトとバジルのパスタ、ポテトサラダと生野菜のボウル、ほうれん草とベーコンのキッシュなど、グーグーお手製パーティーメニューがずらりと並んでいた。

 そして中央には、チョモランマを髣髴とさせる、ピチカ特性ケーキがドーンと鎮座していた。

 腹ペコ状態のピチカは、料理の皿がテーブルに届くたびに、瞳をキラキラさせて、顔を右へ左へとせわしなく動かしていた。

 準備が終わり、ピチカをお誕生席に座らせ――――そこでようやくシンゴはネタ明かしをした。

「おたんじょーび、ぱーてぃー?」

 聞き慣れない言葉に、ピチカは何それ?という目をシンゴに向けてきた。

「今日はピチカの生まれた日なんだよね?」とシンゴ。

「ん」とピチカ。

「そういう特別な日にね、皆で集まって祝うっていう習慣があるんだよ」

「どーして特別? ピチカ、生まれただけ」

「僕らにとっては、それはとっても特別なことなんだよ」

「どーして?」

「うんとね」

 シンゴはひざを曲げ、椅子の上でキョトンとするピチカに、目線を合わせた。

「今日という日にピチカが生まれてきてくれたから、僕らはこうしてピチカといっしょに居られるんだ。だから、大好きなピチカに『この世界に生まれてきてくれてありがとう』っていう気持ちを表すために、こうやって盛大にパーティーをするんだ」

「……」

 何が言いたいのか、ちゃんと伝わったのだろう。ピチカの透き通った頬に朱が混じりだす。ピチカは胸の前で指をいじりながら、たどたどしく訊いてきた。

「……ケーキも、お星も、ピチカのため? ピチカ祝うため、みんなした? ピチカ好き、だから?」

「そうだよ」シンゴの言葉に、妖精たちも同意するように頷く。

「好きの気持ち、みんなおなじ?」

「もちろん」

 リビングに居る全員が、静かに、だがしっかりと首を縦に振った。

 するとピチカは、バッと俯き、シッポを胸に抱くと、そのフサフサの銀毛に顔を埋めた。「~~」そのまま無言でクネクネと体を揺する。嬉しくて、でも恥ずかしくて顔を見せられない、という様子だった。ああもう、なんて無垢でキュートな反応なんだろう。

 リビングにほんわかとした、小春日和のような暖かな空気が流れた――――と、その時だった。

 突然ピチカは顔を上げると、椅子の上に立ち上がり、白い喉を反らして上を向いた。

 そして瞳を細め。

 グッと拳を握り。


「キュオーウウーゥゥー」


 そんな、可愛らしい遠吠えをあげた。

 それは聞く者の心を優しく蕩けさせる、歓喜の遠吠えだった。長く伸びた声には、嬉しくて嬉しくてたまらないというピチカの心情が込められていた。甘い声の余韻が残るなか、ピチカは一同をぐるりと見回すと、普段には無い高揚とした口調で言った。

「ピチカ、いますごく幸せ! あったかくて幸せ! みんなのおかげ、ステキな日になった! ありがとう! ピチカ、みんな大好き! こんな家族いて、ピチカ幸せ!」

「……!?」

 カランッと音が跳ねた。

 グーグーの手から、お盆が滑り落ちた音だった。

 彼は棒を飲んだように硬直したまま――――泣いていた。

 彼に瞳は無い。おそらく涙腺もない。でも、泣いていた。『家族』というピチカの言葉が、彼の心を、強く打ち鳴らしたのだ。

 グーグーは、ふらふらとおぼつかない足取りでピチカに歩み寄ると、震える両腕を伸ばし、まるで雪の結晶を抱くように、壊れないようにそっと、そーっとピチカを抱きしめた。応えるようにピチカも抱き返す。

 それがきっかけとなり、周りにいた妖精たちも、ひとり、またひとりと、ピチカに抱きつき、または巻きつき、頬をすりよせ、思い思いの愛情表現をしていた。感動していたのはグーグーだけではなかったのだ。

(あー、出遅れたちゃった)

 あっという間におしくらまんじゅう状態になってしまい、もう入れそうもない。シンゴは目じりに溜まった涙を親指で弾きながら、やれやれと苦笑した。

 すると団子状態だった妖精たちがモゾモゾと動きだし、一人分のスペースが開いた。ここへ来い、ということらしい。

 ふふ、とシンゴは笑う。

 ホント、気の良いやつらばっかりだ。

 シンゴは満面の笑みを浮かべると、「ピチカー、お誕生日おめでとー!」あえてテンション高く言って、みんなの中へと飛び込んだ。

 揉みくちゃになり、色んな者たちのあげる笑い声が重なる。

 人垣からぴょっこりと飛び出した銀の尻尾が。

 風もないのにパタパタと揺れ続けた。




 ピチカは、目の前にゆらめくロウソクの火に狙いを定めていた。

「んう~」

 集中しすぎて、知らぬうちに唸ってしまう。

 これを吹き消すときに、願い事を強く思うと、それが叶うそうなのだ。

 さっき大好きな”黒髪の彼”が、ピチカにそう教えてくれた。

 今だ。

 ほっぺをパンパンに膨らませたピチカは、一気にロウソクを吹き消した。

 ふっと辺りが暗くなり、同時に、拍手の渦がピチカの小さな体を包み込んだ。パチパチと手を打ち鳴らす音がこそばゆくて、嬉しくて、ピチカは身を揉む。

 そしてピチカは、心の中で、いま一番叶えて欲しいお願いをした。

 ずっと。

 ずっとずっと。

 みんなと一緒にいられますよーに。














ご無沙汰しております、ナオです。

というわけで、新企画「ショートバレル.00」の第一弾、「夜空に願いを」をお届けしました。楽しんでいただけましたでしょうか。

本当は家族と思って欲しいグーグーや妖精たち。

最初から家族だと思っていたピチカ。

両者の気持ちが、この誕生日パーティーをきっかけに交わることができました。

書いている本人が、「よかったなぁグーグー」と思えるような、そんな物語になりました。

あとは、いろんなピチカの表情を書けてよかったです^-^

全体を通して、書いていて楽しい物語でした。


今回、三人称という物に挑戦してみたんですが、特に抵抗なく執筆することができました。読まれた方は、違和感を覚えましたでしょうか? もしそうでしたら、感想等で遠慮なく言ってやってください。


個人的には一人称よりも三人称のほうが状況説明など書きやすいと感じたので、いつか、本編をオーバーホールするときに、三人称に切り替えてみたいなと考えていたりします。


この短編集は、作者の文章力の向上を目的にはじめたのですが、まぁ、短編ひとつ書いただけで何か変わるわけでもないので、気長に続けていこうと思います。

今回は甘いお話だったので、次回はスパイスの効いた話を書きたいなと考えています。

戦闘描写、とくに銃撃戦をもっと骨太にしたいので、そのあたりの描写をレベルアップできるよう努力しようと思います。

あと、本編はまだ序章の段階で、派手に動けないという制約があるので、短編ではもうちょっとスケールの大きな事をしたいなと考えています。

もっともっとパワーアップしていけるよう、これからも精進していきます。


あと最後に。

もしよろしければ、「ランキング」「お気に入り・評価点」を付けていただけると、とても嬉しいです。こういった数字の増加が、僕にとって頑張ったご褒美であり、次の執筆のエネルギーに繋がります。何卒、よろしくおねがいします。

また、感想を書いていただけるとめっっっっっちゃ嬉しいです!

いただいた感想には、おばあちゃんのクッキーに負けないくらい、心を込めてお返事を書かせていただきます!!


次回は、本編にするか、短編のほうをするか、まだ決めていません。

本編のほうは投稿予定量の半分ほどを執筆している段階です。

短編のほうは草案がおぼろげにイメージできる程度です。

詳しいことは、また日を改めて、活動報告ページにて告知させていただこうと思います。


それでは、最後まで読んでくださってありがとうございます^-^

また次回、お会いしましょう。

ナオより。






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