最終話
「エイジのことは、頑張って忘れる」
ほらみろ、と僕は僕に言ってやりたくなった。しまいにはこんな悲しいことをミサキに言わせてしまったと。こんなことを、ミサキに言わせたかったわけじゃない。
僕は首を振った。
「忘れるなよ。ごめん。全部、僕のせいなんだな」
昨日、同じようなことをミサキに言われたような気がした。何がミサキのせいなもんか。
どう言えばいいだろう。僕は逡巡する。
「エイジのことは、ずっと覚えてよう。僕は頑張って、ミサキとこれからも頑張って、それで……エイジの墓の前で、どうだって自慢しにいかなきゃいけないんだから」
「へ?」
「心配するなって。僕がついてるから、ミサキの心配はするなって」
僕は、やっと、自分の中にあった汚らしいものに別れを告げることが出来た気がした。
「……何それぇ」
吹きだした後で、ミサキの顔がゆるやかに笑顔に変わっていく。
「いいじゃん。もうこういうクサい話はおしまい」
「本当にクサいよね。何、そういうこと言う人だったの、ツカサって?」
「もう忘れてくれ。もういいから」
「すっごい面白かった」
「ああもう」
周りにいつの間にか出来ていた人だかりに、ご馳走様でしたと言われながら、結局僕達はまた場所の移動を開始する羽目になった。
花火が、立て続けに上がる。
それにしても本当に恥ずかしかった。どうしてあんな言葉が出てきたのか、さっぱり分からない。思い出すと、顔から火が出そうだ。まだ後ろで意地悪そうに笑うミサキに、頭を抱えたくなった。一生、ネタにされるかもしれない。
「きれいだね」
やっと落ち着けた場所は、結局ミサキの部屋だった。開け放たれた窓からは、思いの外きれいに花火が見えた。
「ミサキ、僕さ」
「何?」
「エイジのこと、ずっと憧れてたんだ」
ミサキは何も言わなかった。
「何でも出来るしさ、すごくカッコ良かったし。でも実は、本当は悔しかったんだ」
「……うん」
花火の音が、こだまする。
「でも、ツカサがお兄ちゃんみたいだったら、私きっと好きにならなかったよ」
「え?」
「お兄ちゃんも好きだけど、それだけなんだから。ツカサは、それ以上に大好きなんだからね、私は」
その時、大きな花火がどかっと爆発して、彼女の顔を照らした。
「キス、しようよ。いいでしょ?」
僕達は、自然に唇を合わせた。ミサキが腕を回して、僕の頭の後ろで組んだ。
離れた後で、ミサキが顔を赤くしながら、ボソッと零す。
「ツカサは、ツカサだよ」
ああ、と思った。やっぱり、ミサキはとても可愛い。
僕達は、静かに抱き合ったまま、花火を見続けた。
来年も、こうやってミサキと二人で花火を見ていたいと、純粋にそう思った。その時は、エイジのお墓に、冷えた紅茶を持っていこう。
お祭りの喧騒と、花火の音を聞きながら、僕達はもう一度キスをした。