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海送り -sea saw-  作者: est
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第一話

夏ホラーに出展予定だった作品ですがホラーはありません。

知り合いには夏ホラー参加拙作の「箱と少年」とは違う人間が書いたんじゃないかとまで言われました。

読みやすい文体で書いているつもりなので、どなたでも読めるはずです。


過ぎてしまった夏の空気を感じて頂ければ、そして読んでくださった貴方が何かを心に思ってくだされば幸いです。


それではしばらくの間、お付き合いをお願いします。

 潮騒は、一瞬にして悪魔の笑い声へと変貌した。

 厚い雲に覆われた空はまるで真っ黒な血をぶちまけたかのようで、次々と迫り来る波は何もかもを奪い去りに来たかのように見えた。そして頬を撫でる潮風は、僕のことを嘲笑っているかのように気持ち悪く吹いた。それは絶望の光景だった。

 僕は激しく後悔した。どうしてこんなことになってしまったのか。

 浜辺でへたり込みながら、両手の爪を顔に食い込ませ、気が触れたかのように絶叫しながら、止めどなく涙を流したことを僕は今でも覚えている。

 猛り狂った青黒い怪物を前にして、僕達はあまりにも無力だった。




   海送り -sea saw-




 自転車の荷台に人を乗せて走ることにも、随分と慣れたと思う。最近ではカーブに差し掛かっても転びそうになったりすることはなくなった。最初の頃はバランスを崩してよく転んだりしていたものだけれど。 乗せられる方も随分と慣れたようだった。怖いからスピードを落とせとか、脚に変に力入れて筋肉痛になったとかいう話も最近では滅多に聞かない。

「涼しいね、今日」

 ミサキの高い声が後ろから響く。僕はやる気のない声で適当に返した。後ろが涼しいのは乗せられているだけで他には何もしてないからだ、前で漕いでいる方は汗だくで息も絶え絶えでもう死にそうなんだぞ、とは言わない。

 夏休みが始まる日に、こうしてミサキと二人乗りをしながら高台を目指して走るのも、もう7回目になる。それは僕が親友を失ってから7回目の夏が来たということだった。そして同時に、ミサキが双子の兄を失ってから7回目の夏が来たということでもある。僕達にとって、今日という日は特別な日だった。

 蝉の声が、うるさく響く。


   ◆


 僕は小学校に上がると同時に、この海辺の町に引っ越してきた。

 それまでは都会に住んでいた僕にとって、ここは未知の世界以外の何物でもなかった。父親がどうしてここにマイホームを建てようとしたのかは僕には分からない。それは例えば、自然に溢れた田舎町で僕を育てようとしたからなのかもしれなかったし、ごみごみとした都会に疲れてのびのびとした場所に住みたいと思ったからなのかもしれなかった。

 ところがいずれにしても、当時の僕には家の周りに当たり前のように存在している海とか森とかの自然が悪夢にしか思えなかった。狭い路地や密集する団地がそれはそれは恋しかった。こんな場所で生きていけるのか、小学生にもなってなかった僕がそんなことで悩んでいた。今思うと、あまりにも大袈裟で心底笑えてくる。

 というのも、思ったより早く――というか一瞬にしてこの町に打ち解けることが出来たからなのかもしれないけれど。

 要はきっかけさえあれば何でも良かったのかもしれない。子供は案外早く環境に適応できるものであるらしく、僕には友達が出来たということが大きく作用して、結局のところ三日とかからずにここを受け入れることが出来てしまった。

 引っ越した先の隣に住んでいた、双子の兄妹。エイジとミサキ。

 二人がいなかったら、僕はここの自然に飲み込まれてしまっていたかもしれない。

 二人にはとても感謝している。

 それにしてもこれがとてつもなく明るい性格をした二人で、僕らは会ってすぐに、まるで生まれる前からの友達であったかのように仲良くなれた。とにかく馬が合ったということなんだろうけれど、今にして思えば、なかなか奇跡的なことだったような気がする。

 それも、もう10年も前のことだ。


   ◆


 走りながら帰る六年生くらいの小学生の一団と、すれ違う。この時間に下校しているということは、今日は僕達と同じで終業式だったということなのだろう。

 彼らが急いでいるのはきっと、今夜から明日にかけて行われる、この町のとある大きなお祭りに参加するための準備があるからだ。家に着くなり、押入れの引出しの上から二番目辺りに入っている浴衣を取り出したりするんだろう。ところで僕達も運営側の準備を手伝わなければいけないから、夕方には町役場に行かなくてはいけない。何しろ近くの市町村から、町の総人口が2倍になるんじゃないかと思えるくらいにお客が集まる、そんな大規模なお祭りなのだ。おかげで地元の高校生や中学生もいろいろな仕事に借り出される。過疎が進むこの町では人手が不足しているのだろう。

 小学六年生か、と僕は小さく呟く。ミサキは特に何も返さなかった。聞こえなかったのかもしれないし、何も反応しなかっただけなのかもしれない。何にしても黙ってくれているのは、今はありがたかった。


  ◆


 高台の入り口に入った。

 道端に乾いた唾を吐きながら、ペダルを漕ぎまくる。このまま直進をすれば、目的地に辿り着ける。心臓破りの坂を越えれば、あとはもうこっちのものだ。

 ここを二人乗りで登り切るにはコツがいる。僕は勢いを付けて助走を始めた。ちょうどその時だった。

 ミサキの僕の腰に回した腕に、ほんの少しだけ力がこもった。

 僕は敢えて気付かないようにする。でも、理由は分かっていた。

 僕達が目指しているのは、高台にひっそりと作られた、海で亡くなった人のための慰霊碑が置いてある墓地。

 ──エイジの名前が彫られた石碑がある、その場所なのだ。

 五年前にエイジが死んだ時、ミサキは大声を上げてわんわん泣いた。壊れたみたいに、泣きまくった。僕も泣いた。二人で泣き明かした夜を忘れることは、きっと死ぬまでないと思う。

 ミサキは思い出しているのかもしれない。毎年夏にここに来ると、いつも明るく笑う彼女が嘘みたいに静かになってしまう。目が虚ろになって溜め息ばかりを繰り返す、そんなミサキを見るのは、僕にはつらすぎる。

 彼女の胸の感触を、薄手の夏服の背中に受けながら、僕はそのことがとても嬉しいくせに、切なく悲しい気分を味わっていた。

 勢い良くペダルを漕ぐ。もう坂も中盤だ。


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