願いは君に叶えてもらおう(5/19編集)
秋から冬にかけての、その空の色は深い深い藍色をしている。その中を星が一筋、暗くなってきた空にきらりと流れた。
「ねー、ねー、かずら! 今見た!?」
「ん、何を?」
「流れ星!」
興奮のあまり、空を指差す世永くん。数歩後ろを歩いていたうちもつられて見上げたけれど、一瞬のうちに燃え尽きてしまったのだろうあの星は、もう視界のどこを探しても見あたらない。世永くんは残念そうにうちの隣に並んだ。
「何かお願い事できた?」
「テンション上がってそれどころじゃなかったよー……」
「やっぱり」
少しだけ悔しい気分になる。流れ星なんて滅多に見られるものじゃないのに、こんなチャンスを逃してしまうなんて! 星が流れきるまでに三回願いを繰り返すのが不可能に近いことだとはわかっているけど、信じてみたいとも思う。オタクと舐められないためのトレンド服、薄くて値の張る本。ほしいものはいろいろあるし、おいしいものも食べたいし、後は……その、もう少しこの胸が成長してくれれば良いなあと思っていたりもする。でも、そうだな。今、一番願いたいことは――。
「ねぇ、かずらの願い事ってなにー?」
「え、」
タイミングの良すぎる問いに、うちは言葉を詰まらせた。更に世永くんの顔が近づいてきて、咄嗟に目を逸らす。顔が、みっともなく赤くなってないか心配だ。気付かれませんように。
「かずら?」
「あ、えっと……世永、くんは?」
「オレ?」
「世永くんだったら、流れ星に何てお願いするの?」
「……んー、そうだなぁ」
顔を上げて考えはじめた真面目な彼をよそに、ほっと肩を撫で下ろした。上手く誤魔化せたようだ。宵が長く伸びて、人影や街を呑み込もうとしていた。空に瞬く星は先程よりも増えている。気付けばいつの間にか別れ道の十字路まで来ていて、そこで立ち止まった。世永くんはまだ考えているらしく通り過ぎそうになっていたから、慌てて上着の裾を掴んで引き留める。
「世永くん世永くん」
「あ、ごめ」
「また明日ね」
「いや、ちょっと待って」
手を振ろうとしたうちを遮って、世永くんが近寄ってくる。ちょうど白熱灯の真下だったから、影は落ちているけれど表情はよく見えた。何だか照れているような、はにかんでいるような、そんな感じ。
「何? 忘れ物?」
「オレのお願い言おうと思ってー」
「……え?」
確かに訊いたのはうちの方だが、こんな風に改まるのは流れ星相手であるべきなんじゃないだろうか。うちに向かって三回願い事を唱えても、身長伸ばすとかは無理なんだから。不思議そうなうちを目の前に世永くんは小さく咳払いをして、言った。
「たまには、かずらからメールが来て欲しいなー」
ぱちりとうちがまばたきをする間に、暗くてもわかるくらい世永くんの頬が染まる。聞き返す隙は無く、彼はくるりと背を向けてじゃあな! 珍しくぶっきらぼうに言葉を残し駆けていった。うちは突っ立ったままその背中を見送る。
(メール……?)
確かに、毎日のように世永くんとメールのやりとりはしているけど、最初にうちから送ったことはなかった気がする。というより、世永くんが早すぎるのだ。日によっては別れた五分後に届いたりする。さっきまで喋っていたのに。私は帰路を歩き出しながらポケットから携帯電話を取り出した。
暗闇の中では少し眩しい照明に目を細めながらメールの受信履歴を辿ると、クラスの友達を合間に挟んでほとんどが世永くんからだった。内容は、『今なにしてるのー?』とか『宿題終わらないんだー』とか、他愛もないことばかりだったけれど。液晶画面に表示される彼の名前を見るたび、頬が綻んでしまう。携帯電話を操作して、世永くん宛のメールを作る。なんて打ったら良いだろう。少しだけうきうきする。
(あ、そうだ)
言うだけ言って、さっさと帰ってしまった彼だけど、それならうちにも言いたいことがあったんだ。最早慣れた手つきで素早く文字を打ち込むと、何度か文章を読み直して言葉尻を変えたりする。どきどきしながら送信ボタンを押した。携帯ごとポケットに手を突っ込んで、心なしか足が速まる。無意識に口元がにやけちゃうからうつむき気味になる。
世永くんもうちにメールを送る時、こんな感じだったのかもしれないと、何ちゃって疑似体験。ものの一分で返信が来たことには流石に驚いた。立ち止まり、ぱちんと傷だらけの携帯を開く。
『結構かずらってツンデレちゃんだよねー(笑)ってことで明日は手繋いで帰っていーい?』
「だからツンデレって何なんだ……」
二次元を勝手に三次元に持ってくるな! しかも最後を疑問系にするな! だったら君はアスパラベーコン巻き男子だ。返信の内容にちょっとむっとした。はずなんだけれど。ああ、何だろうな。楽しくて嬉しい気持ちになるなんて。いつかこのまま幸せに辿り着けそうだ。
いいよと一言、それと後一言付け加えて返したら、今度はすぐさま電話が掛かってきた。あんまりにせっかちだから、つい笑ってしまう。少し焦らしてみてから電話に出ると、すぐに逸った世永くんの声が飛び込んできた。
『オレもっ、オレもかずらのこと好きだから!』
「知ってるよ、もう」
うちはもう、流れ星を探して空を見上げたりはしなかった。うちの幸せは、電話の向こうにいるから。