9.雨の日の転校生
梅雨も佳境に入り、とうとう文化祭まで残り一週間を切ろうとしていた。
今も雨が降り、そろっと四日目だろうか。連続で雨は降り続けている。
「突然ですが、転校生を紹介します」
……ざわ……ざわ
先生の一言に教室内がざわつく。
それもそうだ。こんな変な時期に転校生なんて、珍しいにも程がある。
それにもうすぐ文化祭だ。こんな時期に転校だなんて、よっぽどな何か事情があるに違いない。
特に興味もないけど。
「時峰さん、いらっしゃい」
「失礼します」
瞬間、教室の空気が変わった。
あれほど騒がしかったのが嘘みたいに静まり、入って来た一人の少女に目線が釘付けになる。
「今日からここのクラスメイトになる、時峰遥和さんです」
「時峰遥和です。父の都合でこの町に引っ越して来ました。まだ右も左もわかりませんが、もしよければ、友達になってください!よろしくお願いします!」
深々と頭を下げ、顔を上げると、鮮やかな黒髪が揺らめいて不思議な雰囲気を醸し出していた。そして崩さない、守りたくなる笑顔。
全員が見惚れていた。悔しいけど、私もそうなんだと思う。
だからだろうか、心がきゅっ、と苦しくなった。
朝のホームルームのあとの休憩時間、例に漏れずに転校生はクラスの人達に囲まれていた。
からの質問ラッシュ。それを余裕で答えてゆく。なんだか慣れてるみたいだった。
「前はどこに住んでいたの?」「うんとね、色々かな?」「色々って?」「本当に色々だよ。名古屋に福島に大阪、あとは北海道に箱根に横浜、新潟なんかにも行ったかな」「全部転校先?」「そうだよ」「すごい!」「じゃあさ……」
そんなことを話していた。
別に気にはならない。
ただ聞こえてくるだけ。どれだけの声出せば聞こえてくるのだろうか。
「なあ、村井千那」
「――!?」
「すまない。驚かせてしまったか?」
「……なんだ、羽野か」
いきなり声掛けられたら、びっくりした。
転校生のことが気になって周りが見えていなかったとかそういうわけではない。
「この騒ぎはなんだ?」
「……なんか転校生が来て、それでみんな珍しくて騒いでる」
「なるほど」
素直に頷く羽野索は何度見ても本人とは思えない秀逸さがあった。
「それで、俺が近付いてもわからない程にその、転校生とやらが気になるのか」
「――は!?ち、違うよ!」
大声出したあとにすぐにはっとなる。
急に大きな声わ出したせいで、注目がこちらに向いてしまったのだ。
「……と、とにかく、違うから…」
そうか。と索頷いて、チャイムが鳴る。
「じゃあ、また」
「……」
もう来なくていいから。
というか、何しに来たんだろう?
授業中、私は考えていた。
今日はどうやってお兄ちゃんに会いに行こうか。いや、その前にどうやって邪魔を排除するかが先か。
「ちょっと、転校生。居眠りは感心しませんよ」
「……あ、はい。すみません」
「罰としてこの問題を解きなさい」
「わかりました」
なんか転校生の人が授業中にも関わらず、居眠りをしていたらしい。
それで先生に目を付けられて罰を受けている。
なんとも度胸ある転校生だ。私には真似出来ない。表側の性格的に。
「出来ました」
「……。正解です。やれば出来るのですから、ちゃんと授業受けなさい。転校初日からそれではあとがありませんよ」
「はい。すみませんでした」
きついな。言ってることは正しいけど、先生も先生で自分のこと棚に上げて正当化してないか?どうでもいいけど。
「……(にっ)」
「――」
時峰遥和と途中で目が合い、笑顔で反応された。
私は反射的に顔を反らしてそっぽ向く。
なんとなくだが、時峰遥和という転校生は近付いてはいけない気がした。
本当になんとなくだが。
「村井さん。村井千那さん。一緒にお昼しない?」
「断ります」
昼休み。即行で教室を出ようと試みたが、なぜか転校生が私の所までやって来た。
早くお兄ちゃんの所へ行きたい為、突き放したい人の為の営業スマイル(ダークオーラver.)で答えた。
「うわ、ストレート。しかも話し掛けないでオーラが半端ないよ」
わかってるなら話し掛けないでほしい。
私は今忙しいのだから。
「そんなに無下にしないで。お友達には親切にしないと」
「私はまだあなたをお友達と認めていませんが」
「厳しいなー。でも、『まだ』、なんだよね。チャンスはあると」
「……どう取るかはご自由に」
「うんうん。とういうわけで一緒に食べよう!」
「だから嫌と言いませんでしたっけ?」
「そう言われたね、オーラで。けど私は諦めない。フラグは小まめな出会いとシチュが大切だから」
言ってることがいまいち理解出来ない。
だがわかることは一つ。邪魔してくるから、こいつもお兄ちゃんとの仲を邪魔し隊の仲間なんだ。敵なんだ。
「私、用があるから行きますね」
表側の対応をしてその場から離れようとする。
すると、がしっ、と腕を掴まれた。
「待った!」
「……まだ何か?」
「お父さんは言っていた。ちょっとした出会いが、新しい風を呼ぶと」
よくわからないが、あんたのお父さんとやらは病院に行った方がいいと思う。主に精神の。
「だから何ですか」
「元気がいいね!何かいいことでもあったのかい?」
「……そろっとあなたをこの世から消え去ってもらいたい所です」
「あ、いや、あはは」
そう言うと、やっと離してもらえた。
ここの所、厄介な奴に絡まれることが多い。
不幸だ。
「それで、今はお兄さんには会えないと思うよ」
「……」
「そんなに睨まないで。別に悪い意味で言ってるわけじゃないよ。ちょっと私の知り合いが村井さんのお兄さんと話してるだけだよ」
なんでそんなこと知ってるの?
そういえばなんで私の名前知ってるのだろうか?先生が教えた?それにしても、どうにも私が中心的な気がする。世界の陰謀か。
「だからさ、一緒にお弁当でも食べない?」
いつ手にしたのか、持ち上げた手にはピンクのシンプルな包みに包まれたお弁当箱があった。
私はこの時、この世界を恨んだ。
なんで私のことばかり邪魔したがるのか、と。