8.お兄ちゃん・・・私
寝苦しく、眠れない夜。
呻きながら目を覚ます。
「……はぁ……はぁ」
シャツに汗がびっしょりと張り付いて気持ち悪い。
ここ最近、悪い夢ばかり見る。
原因はもちろん、お兄ちゃんとのスキンシップが足りていないから。
朝に手を繋いでも、森田彩音がすぐに顔を見せて、お兄ちゃんは照れて離してしまう。
それに、昼休みも放課後も実行委員の仕事やクラスメイトが話しかけて来たりと、足止め食らってお兄ちゃんに会いに行けないでいる。
これではお兄ちゃんと同じ学校にした意味がない。お兄ちゃんは二つ年が離れている。だから今年だけなのだ。お兄ちゃんと一緒に居られるのは。
来年にはお兄ちゃんは進学か就職か、もしくは別か、何にしても、お兄ちゃんと一緒に居られる時間は余りにも少ない。
それなのに、周りは邪魔をする。
知らない所で盛り上げ、お兄ちゃんとの仲を万里の長城の如く隔たりを築く。
これだと、これからもお兄ちゃんと一緒に居られる時間が削りに削られて、最終的には家でしか会えなくなる。
そんなの嫌だ!
私は服を脱ぎ、衝動的に手にしたカッターで肌に押し当てる。
「…………」
深夜の暗闇の中、左の二の腕辺りにカッターの刃が柔肌に沈む。
「……………………はぁ」
ぷつ。
そのままカッターを持った手を素早く引く。
「――っ」
切っ先を見ると、血が滲み、滴って重力に乗って落ちる。
じわじわとした痛み。
心の悼みはこんなもとではないが、気は子匙並みに晴れた。
チロ。舐めると鉄分の含んだ血の味がした。思ったより味が薄かった。
どこが一番味が濃いのだろうか。そんなことをふと思った。
予め用意していた絆創膏を傷口に貼る。
「……お兄ちゃん」
収まった衝動は、次に欲を掻き立てる。
私は自室を出た。
隣の部屋。音を立てないように忍び足で入る。
ベッドで眠るお兄ちゃんを起こさないように見る。
愛しい愛しい、私のお兄ちゃん。
その寝顔はかわいくて、優しい顔付き。
……お兄ちゃん
口パクで呟く。
「……ん」
お腹の下辺りが疼く。
どうやら、女としての機能が兄の寝顔に反応したらしい。
そこまでお兄ちゃんのことが好きらしい。
「……んちゅ」
人差し指をくわえて吸い取るようにして舐める。
「…はぁ……はぁ」
私はもうダメみたいだ。
お兄ちゃんを異性としか見れない。
「……ちゅぱ」
舐めた指を口から出して、お兄ちゃんの唇に当てる。
「……んく」
生唾を呑み込む。
すごい動転して、狂喜して、お兄ちゃんしか見れない。
私が私じゃないみたい。
「……ダメ…っ」
理性が防衛本能を働かせる。
こんなことをしてたら、いずれおかしくなっちゃう。お兄ちゃんに嫌われる――!
「……ん」
「――っ!?」
お兄ちゃんが寝返りを打つ。
それだけだったようで、起きはしなかった。
「……はぁ……はぁ」
さっきから息が乱れっぱなしだった。
ここに居たら、きっと我慢も出来なくなる。
「……もう、大丈夫」
お兄ちゃんの寝顔で大分楽になった。内に秘める黒い塊がほとんど無くなった。
代わりに別の感情が所狭しと押し寄せる。
自室に戻り、声を圧し殺してベッドに潜る。
「……お兄ちゃん……お兄ちゃん…………お兄ちゃん……っ」
こうして夜は更けた。
翌日寝不足だったが、お兄ちゃんに気付かれないように軽いメイクをして、目下の隈を隠して登校した。