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6.二重人格者の憂鬱

 どんよりと雲は灰色で青空を隠す。

 その光景は私の心を映してるようで、そこはかとなく溜め息を吐いた。

 お兄ちゃんと言う太陽の光、そこに私の兄への愛と言うまばらな星屑はお兄ちゃんの太陽に近付く為に輝こうとするが、どうしても鈍く暗い輝きになってしまう。それに拍車をかけるように災難と言う雲が覆ってしまって――なんて(みじ)めなんだろうか。

 お兄ちゃん大好きと言ってるわりには、最近うまく行ってない気がする。うぅん。実際、うまく行ってないのだ。

 ドス黒い感情は芽生えたっ切り行き場所を失って心の中をぐるぐるぐるぐる……踊り狂っている。

 窓口で黄昏ている内はまだいい。

 心の整理が出来るから。

 けど、これが日課になってしまったら?このままお兄ちゃん大好きなんて口ばかりで終わってしまったら?

 行動起こせずにうじうじうじうじ。こんなの、私らしくない。

 そうだ、私らしくない!

 だったら前の私みたいに積極的になるべきだ。

 いつの日から忍ばしたカッターをポケットから取り出して腕の首元に当てる。

 だけどそこまでして止める。

 見える部分はお兄ちゃんに心配させたくないから切らないし、女の子としては肌は大事だから切らない。

 だったら――

「……――っ」

 カッターを振り上げ、そこから勢いよく降り下ろす……!

 すると、机は傷付き、(えぐ)れる。

 これで少しは怒りは収まった。

「女の子がカッターを振り回したら危ないよ」

「――っ?!」

 教室の出入り口に、羽野索が居た。

 言われて気付く。外から雨が降る音がしていたことに。

 どうやら雨が降ってることに気付かないくらいに参ってるようだった。

「……あんたには関係ない」

「いや、ある」

「――っ!」

「俺は人を放っておけない主義でね。精神的に参ってる人を放っておく程に腐ってるつもりはない」

 勝手な言い分だった。

 人はそれをお人好し、お節介と言う。

「……あんたは誰」

「誰とは?」

「最初に会った時は雰囲気が違う。私のことをただの役に立たない女くらいにしか思ってないように思えた。けど、今はそれが嘘みたいに、逆のことをしてる。助けてくれたり、話し掛けたり……いつも邪魔してるのは変わらないけど」

「俺は羽野索。それは知ってるだろ。同じ実行委員だしな」

 そこで名を知った。軽い自己紹介をする機会があったからだ。

「俺、二重人格の持ち主なんだ」

「……は?」

 いきなりどうしたのだろうか。

 頭でもぶった?いや、それはいくらなんでも安直過ぎるか。

「いきなりだと思うが、話を聞いてほしい」

 私は混沌とした心境の中、索と対峙した。



 席に座り、前に索が座る。

 誰も居ない静かな放課後。空はどんよりと曇り、雨を降らして空気を濡らす。

 それに比例するように、放課の教室もどこか物淋しさを語っていた。

「俺の(なか)にはもうひとりの自分が居るんだ。それが村井千那が知る、羽野索という男だ」

 彼は語る。自分の存在について。

「元々は一人だった。それも、俺、羽野索ともうひとりの羽野索を足して2で割ったような、そんな奴だった」

 顔は真剣そのもので、誠実に物語る。

「明るく、時には笑い、時には怒る、そんな奴だった」

「……」

「楽しかった。友と遊び、彼女と言える人も居た。毎日が充実していて、かけがえのない、夢みたいな日々だった…」

 幸せそうに語る。

 が、それも一瞬にして険しくなる。

「だけど、ある出来事を(さかい)に、そんな日常は壊れて、破片だらけのものになってしまった」

「……」

 私は黙って聞くしかない。

 そうしないと、なんだか全部壊してしまいそうで。

「そのことは俺からは詳しくは言えないが、それを機に、俺と言う存在が心に生まれ、代わりに羽野索は笑わなくなった。心を、感情を閉ざしてしまったのだろう」

 なんとなくだが、彼の気持ちがわかる気がした。

「俺と言う存在は、たぶん、羽野索と言う心を支えるフィルター――(じょう)のようなものなんだろう。だから俺は必要だと思った。その掟を開ける、鍵となる存在が。俺ではない、支えとなる存在が」

 一息を吐き、意を決したように彼は言う。

「――その存在に、村井千那、お前がなってほしい」

「え!?」

「俺は必要のない存在なのだ。俺である間の時間は、羽野索の人格が戻った時、空白となってしまう。もうひとりの羽野索としての時間は共有されないのだ。これだといつか不都合が起きた時、どうすることもなく、ただ状況が悪化するだけだろう。だから――」

「い、意味がわからない!なんで私なの!?私はあんたなんか知らない!こんな話聞いただけで同情的になるなんて思わないで!それに、私はお兄ちゃん一筋なのっ!!あんたになんか興味もないし涌くこともないんだから!!」

「――……そうか。今はまだ時間がいるようだ。改めてお願いするとしよう」

 だから私はそんな話知らないんだから……!

 彼は立ち、教室の出入り口に向かって歩く。

 その後ろ姿は哀愁を漂わせ、泣いてるように見えた。

 なぜか私は悔しくて、惨めに思えて、お兄ちゃんのこと思うと、こんな私じゃダメなんじゃないかって考えてしまって――どうにも戸惑ってしまう。

 泣きたいのはこっちだ。あんたじゃない。

 私は沈黙し、たった一人だけ世界に取り残されたような、そんな錯覚をした。

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