16.壊れる希望、儚い夢【文化祭・初日―放課後―】
目付き、目を覚ますと、そこは真っ白な壁が一面に広がっていた。
「……」
違った。それは天井だった。白い天井。
「……どうして」
状況がつかめず、辺りを見渡す。
そこは見慣れた──いや、あまり来たことがないから数回程度だけだけど──学校の保健室だった。
淡いピンクのカーテンの仕切りがあり、視界は自分の居るベッド周辺しか映さない。
「……」
体を半身だけ起こすと、お腹辺りに少し重みがあった。
羽野索だった。索が寝ている。
どうしてなのだろうか。
「……あれ、私は何を……痛っ」
思い出そうとして、頭痛がした。
確か、文化祭があって、私のクラスはメイド喫茶で……オーダーを取って、それから……倒れた…?
「……はぁ」
何なのだろうか。思い出すだけで頭が痛む。胸が……痛む。チクチクと針で刺されているみたいだ。
痛みが……苦しい。胸が引き締められ、痛くて苦しい。
「ん……起きたのか」
「……索」
目をこすりながら欠伸と伸びをする索。
……器用だな。
「もう大丈夫なのか?」
「うん……て、あ、そういえばクラスは?文化祭は?」
「もう終わったよ」
「え?」
「ほら、時間」
索は携帯で時間を見せてきた。
「……5時?嘘でしょ」
慌てても遅かった。もう終わってる時間だ。
この時間だと、片付けもとっくに終わってるはず。
「びっくりしたよ。急にぶっ倒れたって聞いて、咄嗟に教室飛び出して来たぞ」
「心配……してくれたの?」
「そりゃするだろ。おまえ、なんだかんだで危なっかしいからな。自分を犠牲にしてるって言うか」
「……」
なんか、びっくりした。
索に気付かれてた?何を?私のことを。
なんだか拍子抜け。
「ま、大丈夫ならいいさ。何か困ったことがあるなら言えよ。聞くくらいなら出来るから」
「……」
優しい言葉。お兄ちゃんではない、優しい言葉。
チクリと痛む心が和らぐ、暖かい言葉。
「そろっと行くわ。じゃあな」
立ち上がり、出口へと向かう索。
何故か私は、焦ってしまい、
「──待って!」
彼の腕を掴んでいた。
わからない。自分が何をしたいか。
「……っ?」
彼は私のことを一瞥して、座り直した。
「ご、ごめん……」
そこで私は手を離した。
「なんで謝る」
「だって……帰るの、止めちゃって……」
「別に。気にしてない」
「……」
「……」
そして流れる沈黙。
どうして彼を、索を引き留めてしまったのだろうか。
自分でもわからない感情が渦巻いてモヤモヤとする。
「なんで……私に優しくするの」
気付いたら、そんなことを呟いていた。
「そんなに優しくされたら……私、どうしていいかわからなくなる……」
お兄ちゃんの傍にいるのが苦しい。辛くて、胸がキュッと引き締められて、痛い。
そんなところに現れて、お兄ちゃんへの気持ちとは別に、何か暖かい気持ちと乱れた感情が入り混じる。
これはきっと、索のせい。そうに決まっている。
「別にどうもしなくていいんじゃないか?適当にしてればいいんだ。気負わないで気楽にな」
「……そんなの、出来ない」
「だろうな。そんな性格してないもんな」
釈だなと思った。
私を知ったかのような、そんな口振り。それが腹立たしくて、だけど……それが嬉しくもあって。複雑だった。
「ま、生きていれば色々あるさ」
「索も……色々あったの?」
「あったさ。本当に……色々」
思いを馳せているのか、考え込むように俯く。
過去に何があったのだろうか。いや、別にどうでもいいけど。お兄ちゃん以外興味ないもの。
けど、なぜか胸がざわめく……どうして?
「索」
「何……?」
「……やっぱりなんでもない」
「なんだよ。ま、言いたくないならいいけどさ」
体育座りをして毛布をかき集め、膝に顔を埋める。
ひどい……何がひどいって、索のその……優しさがひどい。
「お兄ちゃんってさ……」
だからかな、気がつけば口を割っている。
「ん?」
「お兄ちゃんってさ……あのビッチ、彩音の事が……好きなのかな?」
「好きなんじゃね?」
「──!?」
胸が苦しい……あまりにも直球だよ。
「別にそんなのどっだっていいじゃないか。誰が誰を好きだなんてさ」
「そんなこと……!」
頭に血が昇り、体が熱い。
なんでこんなにも悔しいのか。
それはきっと、その通りだから。お兄ちゃんが誰を好きになるかなんて……実は妹である私には関係ないのかも知れない。
好き好き言ってるのは私だけであって……本当はお兄ちゃんは私になんて……。
「お前さ。簡単に諦めるのか?」
「……なっ」
「なんだかんだでお前、兄の事なんてどうでもいいのな。恋なんてしてな──」
「知ったようなこと言わないでっ!!」
「……」
「……ごめん。でも、お兄ちゃんへの気持ちは……そんな簡単には片付けられないよ…」
期待、不安、不満、喜びに悲しみ……そして恋。
お兄ちゃんに対しての気持ちは溢れ出るばかり。抑えられるわけがない。
「だったらさ、早く行けよ」
「……え?」
「兄の事……好きなんだろ?なら早く帰ってキスのひとつでもくれてやれよ。それくらいはいいんじゃないか」
「き、キスって……」
「冗談だ。けど、兄が本気で好きなら……やり過ぎって事はないと思うよ」
「そんな……」
「ほら、早くしろよ。日が暮れて、兄が心配するぞ」
「……うん」
癪だけど、索の言い分も正しい。
ベッドから降りて、保健室から出る──前に、
「……ありがと」
「……。なんでだろうな…」
嫌だったけど、お礼を言ってから扉を閉めて走る。
索が何か言っていた気がするけど、今は気にしてる暇はない。
「──お兄ちゃん!」
「おかえり千那……って、どうした?」
「ううんっ。なんでもない!」
「そっか」
家に帰ると、お兄ちゃんとちょうど居合わせたから抱き付いた。
照れてるお兄ちゃん。甘える私。
キスなんかしてやるもんか。
私はそんなに安い女じゃないんだから!
お兄ちゃんがどうしてもって言うなら……してあげてもいいけどねっ。
「千那、今日は楽しめた?」
「……。……うん!」
「それは良かった」
倒れた事には触れないで優しく微笑んでくれているお兄ちゃん。
やっぱり私は、お兄ちゃんのことが大好きです!




