14.始まる文化祭、固まる信念【文化祭・初日ー午前部ー】
時刻は10時の1分前。
〈これより、清嶺祭を開始します。生徒の皆さんは準備を終了させ、待機してください。皆さん、思い切り楽しみましょう。それでは、開門します〉
スピーカーから流れる落ち着いたアナウンスにより、いよいよ本番なんだと思えた。実感はまだあまりないけれど、ちゃんと準備は整えた。あとは実践あるのみ。
「今日は初めです。緊張するかと思いますが、落ち着いて対処にあたりましょう」
私がそう言うと、クラスのみんなは喜色に顔を満面にしてやる気を見せる。
これ、委員長が言うことなんだけど。なんで委員長まで言われる側に回ってるの?意味わかんない。
だけど遥和曰く、
「千那ちゃんの方が人気あるし盛り上がれるんだよ」
らしい。
それは当然だが、やりたくないことをやらされるのは腹立つのだ。上に立って下を動かすのは快感なのだけども。
「みんなー!今日は頑張ろう!!」
――おー!!!
私の掛け声で一気に沸き上がるみんなのテンション。アイドルになった気分。
「わふー!エキサイッッティング!」
一人テンションがおかしいのも居るけど。
まぁ、楽しみなのも事実だし、今日は張り切るつもり。あとはお兄ちゃんとイチャイチャ出来れば……!
廊下が騒がしくなり、一般客が入って来たのがわかった。
時刻は9半過ぎ、まだ始まったばかり。
クラスの生徒は持ち場に着き、客が入って来るのを待つ。
「わくわくするね、千那ちゃんっ」
ちゃん付けするなっての。
「そうだね。時峰さん」
完全無料のスマイルで返す。但し心から負の感情を乗せて。
「なんか目が笑ってないよー……千那ちゃん。ほら、笑って笑って」
笑ってるっての。その首掴んで苦しめようか。
「……というか、作戦は?忘れてないでしょうね?」
素で話してるのを見られるとあとあと面倒なのでできるだけ聞こえる程度の小さな声で話す。
「忘れてないよ。安心して。今日はちゃんとサプライズ用意してるから」
本当だろうか。
不信感を抱きながらも、自分ではクラスのことで手一杯の為藁にもすがる気持ちで居る。
お兄ちゃんと早くイチャつきたい衝動に駆られるが、これも愛の障害だと思って我慢する。
客の入りは上々だった。最初は一人の客から、恋人の客、友人同士、グループ、家族と段々と様々な人が出入りして、幸先の良いスタートだと言える。
商売としては。
まだ兄である千勢が来ていない。いったい、遥和の言う『サプライズ』とはなんなのだろうか。まさか出任せではあるまい。そうだったら、そうだと発覚した時点で即死刑。
早くこっちから動かないと、お兄ちゃんが危ない。あの女狐の悪女、彩音のビッチに騙されかねない。お兄ちゃんなら大丈夫だろうと思うけど、お兄ちゃんは男の子だし、心配だ。彩音の色香に騙されないだろうか。
「千那!」
噂をすれば影が差す。
お兄ちゃんが入り口から入って来た。
「お兄ちゃん!」
私は素早く駆けつけ、服装を正してあいさつをする。
「おかえりなさいませ。ご主人様♪」
ハッピースマイル全開のお兄ちゃんだけに対しての営業+本音スマイルを顔いっぱいに貼り付ける。
「……似合ってるよ。千那」
「本当!?」
「うん。まさか千那のメイド姿が見られるなんて思わなかったから」
「だって恥ずかしいもの。だから本番まで黙ってたんだ!」
「そうなんだ」
「そうだね。似合ってるよ♪千那ちゃん」
――ピキ
私の笑顔はそこで凍結して、ヒビが入る。
「はは……どうしてもって、森田さんが聞かなくてさ」
「だって千那ちゃんのかわいいメイドさんを見られるなんて、絶対見ないと損でしょ?」
確かに私は今メイドだ。それはクラスでの出し物が『メイド喫茶』なるものだから。
恥ずかしいから兄には黙り、本番になってできたら見てほしいな、なんて思っていたが、まさか本当に来るとは思わずはしゃいでしまった。
けど、ここで幸福の瞬間をぶち壊す爆撃が来るとは、予想外だ。幸せからの惨劇。私の不幸はまだ続くとでも言うのか。
「これが私のサプライズ~♪どう?嬉しいかな?」
――ギリ
私はその能天気な遥和に余裕顔を見せられ歯軋りをした。
「お兄さんにかわいい千那ちゃんのメイド姿を見せたくてね。時間合わせしたの。いやぁ、よかったね。お兄さんに見てもらって羨ましいなぁ。どう?今の気持ちは」
――サイアクだよ!
……どうしてこうなる。私は、お兄ちゃんと楽しんでいたいだけなのに、周りはなんで邪魔するんだ、ぶち壊すんだ。
こんな日常、終わってしまえばいい……っ!!
「そうだね。嬉しいかな。お兄ちゃんが来てくれたこともそうだけど、森田さんが会いに来てくれたのと、時峰さんの贈り物……とっても嬉しい!」
吐き気がする。思ってることと違うことを喋るのは。お兄ちゃんが居る手前、暗い部分を出さないように笑顔を取り繕うのは辛いし苦しいけど、そうしないとお兄ちゃんを心配させてしまう。
だから、ここは空気を読んで、いい子を演じなくては……!
「よかった。もし千那がいやがったらどうしようかと……」
「そんなわけないよ。私がお兄ちゃんのこといやがったことあった?」
「……うん。そうだね。ありがとう、千那」
「うん!」
「じゃあ、そろっと席に案内しないとね。千、那ちゃん♪」
「……そうだね」
イラっと来る。これはヤバかった。
遥和はわざわざ挑発するみたいに言うから、こっちの堪忍袋が切れる寸前までそうは掛からない。
私は持ち前の明るさを表に出していい子を演じ、店員をこなす。
「二名様ですね?では、こちらへどうぞ」
本当は二名ではなく、一名で、私を専属にさせて一日……うぅん、毎日でもご奉仕をしたい。言うまでもなく当然お兄ちゃんに。
これは私と運命の戦い。死ぬか生きるか、奪うか奪われるかの命懸けの勝負なんだ。
――お兄ちゃんは誰にも渡さない……!
私の揺るぎない誓いは、ますます確固たる意志になるばかりだった。




