#10
家に着いたのは、あれから十分経った後だった。家に着いて、着替えを済ましてリビングに行くと、もう料理が置いてあった。
「さぁ。冷めないうちに、食べなさいよ」
「うん。いただきます!」
この歯応えがいいんだよな。こう、もっちりしていて。食べ終わるのに、そう時間はかからなかった。
「もう一杯食べる?」
「いや、いい。この後、お風呂に入るから」
「そう。なら、早く入りなさい」
「うん」
しかし、今日は無いよな。日向さんが、入ってくることは。
「いい湯だったな……」
僕は、風呂から出て自分の部屋に居た。肝心の日向さんは、大学のサークルで遅くなるそうだ。無駄な心配をしてしまったな。あの大きな風呂場を、独り占めできて良かったけど。なんだか、一人しか居ないのは寂しかった。別に日向さんと入りたかった訳じゃないけど、一人だと寂しいから誰かと入りたいな……
さて、今日の噂について考えますかね。
「まずは、【吸血鬼再来】だな。」
これは、十五年前に流行った【吸血鬼現る】って噂の続きかな? しかし、どうして今回の【吸血鬼再来】には、吸血の話が無いんだ。しかも、誰一人殺されていないのに、殺した事になっている。やはり、考えれば考えるほど、おかしい。噂が流行って、姿の情報まであるんだから、目撃されてるんだと思う。しかも、殺すって噂の内容にあるから、殺された所を、目撃されてると思う。なのに、殺人件数は0件。これは、何がどうなってるんだか。
「はぁ。これだけだと、迷宮入りしそうだな」
だけど、平本さんとの話で、【送り人】か【湖の美女】のどちらかが関係しているんだと、思う。【送り人】は、成仏できない魂をあの世に送る人の話。【湖の美女】は、神霊湖に美女が現れる話。そう、そのどちらかが、関係してるはずだ。
「そう言えば、神霊湖にはもう一つ噂が在ったな。確か……【神霊参り】だな」
【神霊参り】は、神霊湖に住む神様に願いを叶えて貰う話だったよな。
神霊湖の噂は、時代によって出てくる人が違うんだな。しかも、神様から美女とは。今の人たちは、神様より美女の方がいいのかな?
おっと、話を元に戻さないと……
もし、【送り人】と【吸血鬼再来】が関係してるんだとしたら……
もし、魂がこの世から消えたら、存在がなくなるとしたら? 吸血鬼が人を殺して、送り人が殺された人の魂を、あの世に送るんだとしたら? って、おい。確かに繋がるけど、これは無いな。存在が無くなったとしても、生きてきた証は消えないと思うからね。
なら、【湖の美女】とはどうだろうか……
吸血鬼の正体は、湖に現れる美女だった。そして、殺すのでなくて、魅了するサキュバスみたいな吸血鬼で。目撃されたのは、殺してる最中では無くて、やってる最中なのではないだろうか?
「……って、ありえないだろ!」
それは、流石に無いでしょ。全く、僕はなんて事を考えるんだか……
「涼太、何かあった? 大声だして」
ん? この声は……
「日向さん?」
あれ? サークルで遅くなるんじゃなかったんですか?
「そうだけど。涼太、開けていい?」
「あっ、はい。」
何か、用事でもあるんだろうか?
「あの、日向さん。サークルはどうしたんですか?」
「もう、終わったよ」
「早いですね」
「何言ってるのさ。もう、0時だよ」
「えっ! もう0時?」
机に置いてある時計を見ると、針は0時を指していた。もう、こんな時間だとは。考える事をすると、時間はあっという間に過ぎていく……
「気づかなかったの? そんなに、集中するほど何やってたの?」
「噂について、ちょっと考え事を」
「うわぁ。そんなにもおもしろかったの?」
「僕が熱中するほどに、おもしろいですよ」
「へぇ。どんな噂なの?」
「【吸血鬼再来】です。」
「【吸血鬼再来】? どんな、噂なの?」
「大鎌に赤色の瞳を持ってる人が、満月の夜に誰かを殺す、って言う噂です」
「へぇ。物騒な噂だね。だけど、それはガセでしょ? ここ十年間、誰一人殺されていないしね。そんな噂を、本気にしちゃったの?」
そう捉えますか。だけど、それだと駄目です。
「なら、日向さん。どうして、その噂が広まったと思います?」
「えっ? それって、誰かが広めたんでしょ」
「えぇ、そうですけど。どうして、広まったか気になりません? 誰も殺されていないのに、誰かが殺されてる噂が広まっている。これって、謎でしょ」
「あぁ、なるほど。確かに、謎だね」
「はい。僕は、この噂に【送り人】か、【湖の美女】のどちらかが関係してると思います」
「【送り人】は分かるけど、【湖の美女】ってどんな噂?」
どうして、日向さんが【送り人】を? あっ、日向さんの時も流行っていたんだっけ。
「【湖の美女】は、神霊湖に美女が現れる、って言う噂です」
「あれ? それだと、どこが関係してるの?」
あぁ。それだけ聞くと、そう思いますか。
「【湖の美女】は、【吸血鬼再来】が流行ってから、すぐに出来た噂らしいので」
「だから、怪しいと?」
「はい。関係が無いとは、言い切れないので」
「【送り人】は、どうして怪しいの? 六年前の噂なのに、関係あるの?」
あぁ。日向さんは、今も流行ってる事を知らないのか。
「今も、流行っています。【送り人】はね」
「えっ? 【送り人】が。また、あんな事が起きてるの?」
あんな事? 何の事ですかね? しかし、日向さんの身体が震えています。これは……
「何か、あったんですか?」
「えっ? 流行ってるんでしょ! 気味が悪くないの、涼太は!」
流行っているけど、気味が悪いか? これは、今と六年前の【送り人】は違うと思った方がいいですかね?
「日向さんの時の、【送り人】はどんな噂でしたか?」
「私の時の【送り人】は、そんな人は居ないはずなのに、その人が居た証が現れるんだ。いや、違う……人が消えるんだっけ? そこに誰か居た筈なのに、誰だったか覚えてないんだよ!」
これが、六年前の【送り人】の現象、か。
「そんな、噂だったんですか」
「そう。だけど、これは私が体験した噂でもあるんだよ」
そう。だったんですか。うん? 日向さんの目元に涙が……
「……怖かったんですね」
涙を止めるために、抱きしめた。僕の行動に驚いたのか、日向さんが短い言葉をあげた。
腕に震えが伝わる。
日向さんは、止めていた何かがはちきれたように、声を上げて涙を流した。
白い灯りが僕らを照らし続けた。