聖女をやめて帰郷したら、無骨な青年に溺愛されています。私を捨てた国王には天罰が落ちたそうですが知りません
「デボラ王妃よ、そなたと結婚して一年たつが、聖女様らしさはどこにも感じられなかったぞ。本当に聖女なのか?」
アルボーニ王が謁見の間で、王妃を問い詰めた。
王妃は隣の豪華な椅子ではなく、王の正面で距離をおき、立ったまま相対した。
「私が村の救護院で病人の世話をしていたら、いきなり王宮に連れて来られたのは、王じゃありませんか。聖女様が結婚してくれないと、国が滅びると私を脅迫したのをお忘れですか?」
「うっ、そうだったな。しかし、結婚しても白い結婚でわしは辛かったんじゃ」
デボラは深いため息をついた。
「だから言ったじゃないですか。聖女様の加護は男女の関係になるとなくなると。それを承知で無理やり結婚したのは、王であらせられます」
「うぐぐ、確かにそうだったな。しかも、『私に触れると不幸になりますわ』とまで言ったな」
「はい。国王に不幸が訪れてはそれこそ国難だと自制を促しました。だから側妃を持つのを勧めたのです」
「その側妃のオルテンシアが、そなたが偽の聖女様ではないかと言うのじゃ。確かにデボラ王妃と結婚しても国はちっとも良くならなかったぞ。国境では相変わらず紛争があるし、貧富も変わらず、風土病が流行って国民は辟易しておる」
(それはね、国境紛争はアルボーニ王が隣国の土地を欲しがって軍隊を差し向けたから。貧富で国民が苦しむのは、政策を部下に任せて好き勝手にやらせるからよ。さらに風土病は、医者が病気に罹って死んだら大変だと引き上げたのが原因。すべて、王のせいじゃないの)
「そ、それじゃ。その目つきも気に食わん」
(目つきが悪いのを言われてもなー。この眠たい目は生まれつきなので)
「で、そなたとは離婚する決意をした」
王の言葉に、謁見の間に集まった側近たちが驚愕の表情を浮かべ、ざわめきが起こった。
デボラは側妃のオルテンシアを見た。その口元は緩み、嬉しそうだった。
(そんなに王妃になりたいの。私はごめんこうむるわ。王と結婚したのは、しないと一族郎党を皆殺しにすると言われたから仕方なくだったのよ。結婚したら愛情が湧くかと思ったけど、ムリムリ。生理的に嫌なの。だから『私に触れると不幸になりますわ』って言ったんだ)
「離婚ですか……うーん、どうしようかな……」
「しなさい! この偽聖女!」
声を上げたのは、側妃のオルテンシアだった。憎々しげにデボラを睨みつける。
「お前が偽聖女様であることは間違いない。普段から部屋に籠って公務に付かない。好き勝手に出歩いて下僕たちを振り回す。そんな聖女があるものか!」
(公務って、視察と偽る観光旅行じゃないの。地方領主の接待をたらふく受けて言いなりになる王が、見てられないのよ。それに外交特使との会談とかもタルいのでキャンセル。あいつら、私が聖女だと分かったら顔面蒼白になるのよ。普段の私はごく普通の目立たないドレスなので、まさか聖女様が側にずっといて聞き耳を立てていたなんて思わなかったのね)
側妃オルテンシアの言葉に、アルボーニ王が頷く。
「わしは偽聖女様とは言わん。一年もの婚姻関係を結んだ間柄じゃ情もある。このまま離婚してくれるならば大それた沙汰にはしないぞ」
(離婚してくれるの。これまたラッキーじゃない。こんなに嬉しいことはない。でもここはポーカーフェイスで……)
「分かりました。離婚いたしましょう」
デボラの言葉を聞き、王と側妃オルテンシアは歓喜した。
「最後にご忠告を申し上げます」
「なんじゃ、それは」
「上に気をつけてください」
そう言ってデボラは視線を天井に向けた。その後、謁見の間から退場した。
「うむ、気になるのう。上に気をつけろとは何のことじゃ?」
「ただの捨て台詞です。気にすることはないですよ」
側妃オルテンシアが言った。
「それもそうじゃ、ハハハ」
デボラが離婚の手続きを終えて故郷に帰った頃。
「やれやれ、これでわしらは幸せになれるのー」
「私を早く王妃にしてくださいね」
「言うな、分かってる。そなたのウエディングドレス姿が楽しみじゃ」
庭に出た王の頭に、ポトリと何かが落ちた。触ると鳥の糞だった。木の枝から鳩が飛び立っていく。
「何だ、上に気をつけろと言ったのはこれか? ガハハハ」
気分よく屋敷に戻ろうとした、そのとき。
ガッシャーン!
玄関先で王の真横に何かが落ち、王は飛び上がった。植木鉢だった。見上げると二階の侍女が窓辺から顔を出し、口を抑えていた。
「閣下、申し訳ありません!」
「よいよい、気をつけなさい」
王は鷹揚に屋敷に入ったが、額からは冷や汗が流れた。
「ただの偶然ですわ」
居間で側妃オルテンシアが言った。
「ハハハ、わかっとる。ちょっと気にしすぎだな」
晩餐会の支度を済ませた王が会場に入った際、背後の側妃が呼び止めた。
「ちょっと待って、肩にゴミが……」
側妃がゴミを摘んだ瞬間──。
ズドォォォ──ンッ!!!
耳をつんざく轟音が響き、会場に悲鳴が轟いた。入口のそばに吊るされていたシャンデリアが落下したのだ。会場は騒然となる。
『上に気をつけてください』
聖女デボラの言葉を、アルボーニ王は再び思い出した。
「私がゴミを取らなかったら……」
「わしは死んでたな。そうか、わしの聖女様はお前だったんだ。オルテンシアこそが聖女だ!」
王は側妃を抱きしめた。オルテンシアは陶酔した表情を浮かべる。
一方、辺境の村にデボラは戻っていた。父であるファーゴ伯爵は娘を歓迎したが、聖女が帰ってきたと地域の人々は大騒ぎになった。屋敷には陳情の人々が詰めかける。
「聖女様に会わせてください」「父が病気です」「村に活気を取り戻すために聖女様のお姿を」
そんなこんなで、デボラは村へ出向くことになった。もともとここの教会の救護院でボランティアをしていたのだ。
付き添いの娘が、疲れ切った母がみるみる回復するのを見て感嘆した。
「聖女様、ありがとうございました。母も元気になりました」
「よかったですね」
(あれ、また回復した。これなんだよな。私が看る患者さんはすぐに治っちゃうのよ。これ、聖女様パワーとかじゃなくて、ただの薬草の効力のおかげだけど。山奥で見つけた薬草を煎じて飲ませる。私がやるのはこれだけ)
救護院の扉が開いた。
「お待たせ、デボラ」
若者が背負った籠を床に降ろした。中にはユリの球根とヨモギの葉が山盛りになっている。
「レナート、ありがとう」
「いいってことよ、聖女様の頼みならばなんだってするさ」
レナート・ファーゴ。無骨で裏表のない人物だ。デボラは彼の傍にいると心が安らぐのを感じていた。
以前、山で薬草取りに出かけたデボラは、夢中になりすぎて方角を見失ったことがあった。気づけばかなりの山奥。あちこち歩いたが目印は見つからず、どの山も同じに見えた。
夕日に途方に暮れて、草むらで膝を抱えてうずくまっていたデボラに、背後から声がかかった。
「何やってんだ?」
それがレナートとの出会いだった。彼は農家の長男で、デボラとは仲良くなり、よく一緒に薬草取りに出かけた。救護院が忙しいときは一人で薬草を届けてくれ、見返りは何も求めなかった。
デボラが「出戻り」として帰ってきたときも、彼は以前と変わらない態度だった。
そんなある日、デボラは彼にプロポーズした。
「レナート、あなたのことが好きなの。結婚してください!」
「えええー、聖女様と結婚! そんなの無理だよ。身分も違うし」
「うちの家は伯爵と言っても、ルーツを辿れば農民なのよ。父も物わかりがいいから賛成してくれるわ」
「でも、聖女様は純潔じゃないと女神様の加護は受けられないと聞いた。おいらは子供が欲しいんだ。仲のいい家庭を作りたい」
「私もそんな家庭を作りたいわ。これは秘密だけど、私が聖女だっていうのは大嘘なの。私にそんな力はない。ただの偶然で薬草を飲ませた人々が良くなっただけ。それをみんなが勘違いして囃し立てたのよ」
「それ、本当なのか? 聖女様じゃないのなら……」
「結婚してくれる?」
「今まで聖女様に手を出してはいけないと我慢していた。でも、聖女様じゃないのなら、結婚したい。ずっと好きだったんだ、デボラ!」
(やった。逆プロポーズ成功。レナートは背も高いしハンサムだからモテるのよ。焦ったけど、今はただただ嬉しいわ)
時は流れ、王都の教会ではアルボーニ王と側妃オルテンシアの結婚式が挙げられた。雲一つない晴天の下、数万の人々が王宮のバルコニーを見上げた。
「見ろオルテンシア。国民が本物の聖女の登場を待ち望んでおるぞ」
「はい。私こそが聖女様なのです」
歓声に応えるため、二人がバルコニーに躍り出た瞬間、地響きのような音がした。王が空を見上げると、晴天に一房の雲が湧いていた。
『上に気をつけてください』
王の脳裏をデボラの言葉がよぎる。
「……まさか」
王は首を振って手を振り続けた。その瞬間、雷がバルコニーに突き刺さった。
ドガァァ──ン!
凄まじい稲光に悲鳴が上がる。王と王妃はバルコニーで雷の直撃を受け、即死だった。
その後、デボラとレナートは結婚した。レナートは婿養子になって伯爵家の一員になったけど、住むのは村にした。農家を営みながら双子を授かった。親バカ全開のレナートを、デボラは愛おしげに見つめていた。
「最近よく思うんだけどさ」
「なーに」
「こんなに幸せなのは、デボラが本物の聖女様だからじゃないかって」
「ハハハ、それはないわ」
デボラの顔が引きつった。
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