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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

「わたくし、なにかしてしまったかしら?」

作者: 青鷺落葉
掲載日:2026/03/12

王族に対し無礼な物言いをする話





「エリザベス、僕は君と婚約破棄をする」

 王立学園内のパーティ会場に響き渡る声。声の主は第二王子だ。第二王子のアルフレッドは、その神の手で作った彫刻のような美しいかんばせを怒りに歪めた。今にも罵倒の言葉を浴びせようとするのをこらえるように、口を一文字に結び、眉間にしわを寄せている。その表情も、また彼の美しさを損なわせず、それどころか、熱い炎を纏う戦神のような神々しさすら感じた。


 対してエリザベスと言われた少女は、きょとんと首をかしげる。美しく巻かれた縦ロールの金髪と藍色の宝石が揺れる髪飾りが、彼女の動きに合わせて揺れる。猫のような釣り目の美人であるエリザベスは、目を見開き、不思議そうにアルフレッドを見上げていた。悪人顔とも称されるその顔は、丸く見開かれている目も相まって、いつもよりも幼く見える。


「いったい、どういうことですの?」


美しい王子の怒りをものともしない彼女は、いつものキツい雰囲気をやわらげ、理解できないという表情を浮かべていた。


「婚約破棄されることに、覚えはないと?」

「ええ」

「本当に、何もやっていないというのかい?」

「わたくし、なにかやってしまいましたかしら?」


 考える仕草をするエリザベスには、本当に覚えがないようだ。


「ここにいる、マーガレットへ嫌がらせをしていただろう」

「そんな暇ありませんわ」

「白を切る気か」

「覚えがありませんもの。そもそも、わたくし、マーガレット様とはろくに話したこともないのですよ」


 人違いじゃないかしら? エリザベスはそう言って第二王子を睨みつけた。儚げな美しさをもつアルフレッドとは対照的に、エリザベスは迫力のある美人だ。

 目を細め、睨みつけられたアルフレッドは一歩後ずさる。

 しかし、どうにか気を取り直し、エリザベスの胸元についている、大きな藍色の宝石が付いたブローチを指さした。


「それに、毎日違う宝飾品を身に着け着飾っていると聞いた。今日のドレスも、宝石をちりばめ、ずいぶんと金をかけているようだな。まさか、民から――」


 税を不当に搾り取っているのではないか? そう続く言葉が音になる前に、エリザベスが遮った。


「あらあら、殿下にしては良いところに目をつけてくださいますね」


 エリザベスはこの場にある宝石のどれよりも輝く瞳で言った。彼女は自身の紫色のドレスを見せるようにスカート部分をつまんだ。


「このドレス、お姉さまがデザインして、我が領の職人が仕立てたのですよ」


 そう言って、彼女はひらりとドレスを翻して見せた。


「腰に伸縮性のあるリボンを巻いて、胸元とスカート部分にフリルを足し、コルセットがなくとも、腰のラインが美しく出るように研究しましたの!」

「は、はあ」

「特にスカートのドレープと生地のグラデーション、よーく見てくださいませ! この揺らめきが美しいドレープとグラデーションを出すのに、とても苦労しましたわ。ほら、見て」


 エリザベスはくるりとダンスを踊るように一回転した。


「動いて布が揺れるとさらに美しくなるように設計しましたの。このドレスでダンスを踊ったらと思うと……」


 エリザベスは恋する少女のようにうっとりと頬を染める。


「いや、ドレスのデザインなんかはどうでもいい」

「どうでもよくありませんわ。それとこのドレスについているのは宝石じゃなくてガラスです! 宝石ですと、どうしても個体差が出て、同じドレスでも全く違った印象になってしまい、量産に向かなかったのですが、我が領のガラス職人が、ガラスを宝石のように――時にはそれ以上に美しく輝かせるカッティング技術を身に着けましたの。ほら、どれも同じようにキラキラしているでしょう? 宝石よりも安価かつ、安定したものを作ることができます」

「そうか。宝石らしきものがガラスと言うことが分かったが、高価なものを身に着けているのは事実だろう。それの金を民のために使おうと思わないのか」


 持てる物こそ与えるべきだと、アルフレッドが言う。

 エリザベスは今までのテンションを一気に下げ、見下すようにアルフレッドを見上げた。


「お言葉ですが、殿下。我が領にはたくさんの職人がいるということをご存じ?」

「先ほどそのような話をしていたが、今は関係無……」

「いいえ、あります。我が領は主に宝飾、服飾産業で生活している職人がたくさんいます。そして、彼らは平民です。同時に貴族向けの商品も製作しています」

「それがどうした?」

「ここまで言って分からないのですか?」


 エリザベスはハアとため息をついた。


「わたくしが、領の職人たちが作った物を身に着けることで、貴族に宣伝しているのですわ」


 まっすぐにアルフレッドを見つめるエリザベス。その立ち姿は、堂々としている。


「たしかに、施しを与えるのも大事です。ですが、それだけでは、民は食べていくことができませんわ。民に必要なのは、《働いて、稼ぐこと》です。わたくしが、広告塔となることで、我が領の職人に注文が舞い込み、民が潤うという仕組みを作っているのです」

「お前が着飾るのは職人のためと分かった。だが、マーガレットに嫌がらせをした件については」

「それ、いつのことですの?」


 エリザベスが問う。それにマーガレットは答えた。


「一昨日の夕方、水魔法で……」

「その時間帯なら、ローゼン教授に聞けばアリバイがありますわ」

「その前の昼、突き飛ばされて……」

「メリアと一緒にいましたわ」

「その前の朝」

「その日は学園長に呼び出されていましたわね」

「それより前の昼」

「メリアといました」

「それから……」


 エリザベスの周りには基本的に誰かしら人がいる。マーガレットが嫌がらせをされたという日をいくら上げても、エリザベスにはアリバイがあった。


「もしかしたら、取り巻きの誰かにやられたのかも」

「どこの誰ですか? 特徴を言ってください」

「ええ、えーっと、金髪で、釣り目で、赤い瞳で」

「それ、わたくしですの」


 何度目かのため息。冤罪をふっかけるなら、もっとうまくやってほしい。


「今回は、マーガレット嬢の勘違い、ということにいたしましょうか」


 エリザベスはこれで終わりと言うように、パンと手を叩き、マーガレットを見る。その視線は『次、余計なことをしたら、ただじゃ置かないからな』と物語っていた。

 これで断罪劇はおしまい。

 そう思ったが、アルフレッドは『まだある』と言う。


「エリザベス、君はメリアをこき使っているだろう」

「は?」

「平民である彼女を、召使のように扱い、彼女の学ぶ機会を奪っていると聞いた! 平民でありながら、首席で入学した彼女を疎ましく思っているのだろう」

「いいえ、全く」


 エリザベスはきっぱりと言った。


「わたくしとメリアはお友達ですわ」

「そうです」


 人混みをかき分けて、メリアがエリザベスの隣に立った。


「リ……エリザベス様とは、お友達です。ドレスを用意していない私に、ドレスを用意してくださったり、研究に必要な材料を提供してくださったり、良くしていただいています」

「メリアはとても優秀ですから。先行投資ですわ」


 メリアは一見地味な少女だが、化粧映えがする顔立ちだ。今日は目いっぱいめかしこんでいることがよくわかる。うすピンク色のドレスが、かわいらしい彼女によく似あっていた。亜麻色の髪には、赤い宝石のついた髪飾りをつけている。


「メリアに荷物持ちをさせていたと」

「あれは私の荷物です」


 一歩、メリアがアルフレッドに近づいて言う。その時、彼女のドレスの裾が揺れた。その揺れがほかのドレスと明らかに違うほど美しい。――先ほどまで似たようなドレスを見ていたような? そんなことを考えた者もいた。

 一歩も引かないとばかりに、メリアはアルフレッドを見る。

 その瞳は、深い藍色をしている。


 察しの良いものは気付いた。しかし、その察しの良いものの中に、アルフレッドは含まれていない。


「メリア、エリザベスのことを怖がらなくて良い。何があっても、僕が守ろう」

「いえ、結構です」

「つれないな。以前、愛妾にしてやるといったことを怒っているのか? 悪かったよ。貴族の養子になるように手続きをすれば、側妃には」

「いえ、殿下と一緒になりたくないだけです」

「君はちょっと意地悪な子だね。僕としてはもう少し素直になってくれた方が良いんだけど」


 今度はエリザベスの後ろにサッと、隠れた。エリザベスはまるで『困った子ね』と言うようにメリアを見る。

 空気が甘い、気がした。

 ここで大半の者が気づく。


「メリアが意地悪と言うことに対しては、殿下と同意見ですわ」


 そう言って、エリザベスはメリアの胸元のフリルを探る。


「せっかく送ったブローチ、もっと目立つところに着けてほしかったのに」

「だって、髪飾りはそこまで似ていないけど、これは石の色が違うだけで、同じデザインで、ちょっと恥ずかしかったんです」


 まあ、嬉しいですけど。エリザベスを含む数人だけ、メリアのつぶやきが聞こえた。そのつぶやきに加え、メリアのブローチについている宝石が赤色――エリザベスの瞳の色であること。そして、エリザベスがメリアの瞳の色のブローチと髪飾りをつけていること。ブローチのデザインがお揃いであること。

 そうとしか、考えられなかった。

 何人かの招待客が『尊い』と言って手を合わせている。

 しかし、全く気付いていないバカが一人いた。アルフレッドである。


「エリザベス」

「なんでしょう?」

「ここで謝罪するなら、婚約破棄は無効にしてやってもいい」

「そもそも、婚約破棄なんてできませんわ」

「君は、僕にそんな権限が無いと思っているのか?」

「いいえ、違います。……そもそも、わたくしたち、婚約していませんもの」


 会場がざわめいた。学園に通う前、エリザベスは王子妃候補として王宮に招かれていた。そのため、誰もがエリザベスをアルフレッドの婚約者だと思っていた。


「たしかに、婚約者候補であることは事実でしたが、婚約はしませんでしたわ」

「何故」

「自分の胸に手を当ててお考えになって」


 明らかに軽蔑を含んだ声。


「僕がいったい何をしたというんだ」

「何もしなかったのがいけないのですわ!」


 びりびりと空気が震える怒声。


「不敬を承知で申し上げます。あなたははっきり言って置物――いいえ、置物以下! 観葉植物以下でございます。最初は立派な兄君を持って彼と比べられ『劣った方』と扱われていることに同情しましたわ。けれど、それも一週間と持ちません。仕事をすべてわたくしに丸投げ! 文句を言えば『兄上と比べられて辛いんだ』。しかたなくわたくしが仕事を片付ければ『がんばったね』と声をかけて気づかいのできる王子を演じるだけ! 少しずつ勉強していきましょうと言っても、理由をつけて逃げ出す。余計な仕事を持ち込まない分、置物方がまし、水をあげれば成長する分、観葉植物の方がマシですわ」

「そ、そこまで言うことないじゃないか」

「そうとしか言えないの間違いじゃなくって」

「ひどい……」


 涙をためる儚げな美貌の王子。しかし、こんなものに騙されるエリザベスではない。


「わたくしを陥れようとするほど、マーガレット様は殿下を愛していらっしゃるのでしょう? マーガレット様は伯爵家です。王子と結婚できる身分ですわ」


 マーガレットは、エリザベスの話を聞いて、一歩後ずさる。しかし、アルフレッドは彼女の腕をつかんだ。


「君も、僕を見捨てるの?」

「……」

「みんな、僕の前から、いなくなってしまうんだ」


 一筋、アルフレッドの頬を涙が伝う。

 宝石のような涙だ。金色の瞳はうるみ、ジッとマーガレットを見上げていた。


 ――この方は、寂しがり屋なんだわ。私の愛で、彼を変えることができるはず。


 マーガレットはそう思った。ダメ男に引っかかるタイプの女の思考である。


「マーガレット様」


 エリザベスはマーガレットに声をかけた。


「今回の件は、殿下を愛するあまり、マーガレット様がわたくしに対し、少々無礼な物言いをしてしまった。そして、わたくしはお二人の関係を知り、マーガレット様を殿下の婚約者と見込んだからこそ、いつもより厳しくそれを指摘しまった。結果、殿下が『エリザベスがマーガレットをいじめている』と勘違いしてしまった。……これで間違いありませんわね?」


 幸い今日のパーティは貴族同士の社交の勉強のために開かれた小規模なもの。箝口令を出すのはたやすい。

 エリザベスの言葉に、マーガレットは頷いた。もともとエリザべスがマーガレットをいじめていたという事実はないのだ。エリザベスの言った通りだということにしてしまえば、恋した若い男女のちょっとした諍いにしてしまった方が、傷が浅い。


「めでたく、一件落着ですわね」


 エリザベスはメリアの肩を抱きながらそう言う。それに、メリアは照れながら答えた。


「ええ、そうですね。エリザベス様」

「あら、愛称で呼んでくれないの?」

「り、リジー様」

「ふふ」


 ――やっぱり、あの二人付き合っているのか


 会場中の者がそう思ったが、口には出さないで置く。

 今回の件はエリザベスの言った通り、王子に恋するマーガレットの行動と、王子の勘違いから起こったことで、被害者であるエリザベス自身も気にしていないから、若気の至りと言うことで許してやってくれとカタがついた。







 数年後。

 エリザベスは卒業後、領の発展に力を入れ、メリアは人々の暮らしが少しだけ楽になるような魔道具の開発に携わった。

 相変わらず、二人の仲は良いようだ。同性と付き合うのは如何なものかと言われたものの、エリザベスには兄姉弟妹が複数いる。一人くらい、結婚せずにいても困らないのだ。それに、メリアとかかわってエリザベスは、より事業への熱意を燃やすようになり、メリアの開発する魔道具は、職人が仕事で使うものの含まれていた。エリザベスの父である侯爵は、彼女たちが仲良くしている方が、利があると、二人の関係を認めることにしたという。



 アルフレッドはマーガレットの愛によって更生――なんてされなかった。マーガレットも逃げ出そうとしたようだが、はらにアルフレッドの子がいる関係で、離婚したくても離婚できないという。

 結果、静養という体で、王家が所有する田舎の屋敷へと連れていかれた。静養とはいっても軟禁に近い。

 ここは、疫病や戦争や暗殺等で王都にいる王族がすべてなくなった場合に備えて、王家の血を残しておくシェルターのような役割をしている場所である。

 エリザベスがまだ婚約者候補であった頃は、よく『王家の血を守るために田舎へ行ってはいかが? そちらの方がのんびりできるでしょう』と言われていたが、アルフレッドは王家の血を守るという仕事を軽く見ており、その提案をされる度に『僕をないがしろにするのかい?』と泣いた。そして今も、国王夫妻に捨てられたと泣いている。

 マーガレットはもう愛想が尽きたようで、子の養育にのみ専念することにしたらしい。




 めでたしめでたし









はっぴーえんど

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