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君と舐め合う傷が欲しい  作者: 竜果物
一章:那由多の原罪
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第七話:Who are you?

望まない運命を受け入れ、ただ漠然と毎日を浪費していた私にとって、ナユタの直情的な生き様は異質でありながら羨望の的であり、淡い尊敬と曖昧な嫉妬心を抱いていた。


でも、それと同時に、彼女の思考や言動は、生きづらいものだろうなとも感じていた。


なぜなら、もし彼女が本当に自分の思想を信じて、今までのような突拍子もない行動をとっているのだとしたら、彼女が時折見せる、ひどく気を落としたような曇り顔の説明がつかないからだ。


きっとどこかで、自分の言動に疑問を抱いているのだ。そして、それらの行動は、彼女自身にはどうすることもできない不可抗力的なものによって、半ば無理やりに行われてしまうものなのだろう。


そして今、彼女はその不可抗力にされるがままに、今の場面においてはまったく不要な戦闘をおっぱじめようとしている。


「カワいかった、だァ?テメェ、あんまふざけてんじゃねェぞ…」


ナユタはバットを持った右腕を前に突き出し、今までに見たことがないような鬼の形相をあらわにして、女々しい凶手に向けて言い放った。


静かで、しかし明確な敵意を持ったその声に、相手は困ったように眉を八の字にしかめ、口をへの字に結び、自分より強い存在に媚びる同僚売女のように腰をくねらせてからナユタに言い返した。


「もう、そんなに怒らないでよー。キミのカワイイお顔が…」


「台無しだよ?」


速い。


脳を働かせるために、メイリーンと計画を立てた日から禁煙しているのだが、それでも私の目では追い切れなかった。傘はナユタの喉元めがけて鋭く突き出されたが、気づいた時には既に、彼女は傘の先端をバットで受け止め、攻撃を防ぎ終わっていた。


女男は大きく跳躍してナユタから距離をとった。もとより煽情的な衣装が風を受けてひらひらとめくれ、陶器のような白い肌の太ももが、スリットから大胆にあらわになる。


「ふぅ~ん、けっこう強いんだね。気に入っちゃった♡」


「特別に、ボクの名前を教えてあげるよ。ユカリっていうんだー。まあ、別に覚えなくてもいいけどね」


「たぶん、キミ、もうすぐ死ぬだろうから」


あくまで自分の方が強いという体で放たれた挑発に、ナユタは怒りを増大させていた。


「誰も手ェ出すなよ…」


「コイツは、オレが殺る」


私たち、恐らく、主にエリネミに対してそう言葉を放つと、首に掛けてあった時計をセットして、ユカリに対して再びバットを振りかざした。


六十秒マックスだ。その間に潰す」


「え~、なになに?誰を潰すってぇ?」


挑発を遮り、ナユタは先程のユカリと同等、もしくはそれ以上のスピードで地面を蹴りだし、低い姿勢の状態から、下から上へと鈍器を振り上げた。


ユカリは腹を殴り潰される寸前のところで攻撃を受け止め、傘とバットという異色の組み合わせによる鍔迫り合いが発生した。


「す、すごいねキミ…!大口叩くだけのことはある…!」


ユカリが意地の悪いにやけ顔を浮かべる一方で、ナユタは普段の陽気で多言な性格とは打って変わって、一言も発さずに、目の前の命を刈り取ろうとしている。


何かに憑りつかれたように戦い続けるその姿を見て、私の中にあったナユタに対する羨望と嫉妬の感情は、徐々に恐怖と憐憫へと変わりかけていた。


彼女は確かに、異常な暴力性と過激な正義観を持っている。


でも、誰かが彼女に畏怖せず寄り添い、もっと()()()生きてもいいということを教えてあげなければ、彼女は永遠に、戦いに身を投じる人生を送ることになるのだろう。


勝手ながら、その役割はメイリーンにも、クロトにも、エリネミにも、他の誰にもできるものではないと思っていた。


そして、下水道を歩いているときに、もっと自分らしくいてなどという、まだ内情を知らない人を励ますにはあまりに適当な言葉を送ってしまった私も同様に、違うのだろう。


「あっ♡」


いつも通り卑屈になっていると、ナユタがついに傘を弾き、ユカリの両腕が宙高く、無防備に上がっていた。


その一瞬の隙も逃すものかといった具合に、ナユタは先程までバットに込められていた力をそのままに、思いっきり回転して、ふわりと揺れる着物の帯あたりに殴り込んだ。


―パワーや反射神経、技術、直感も、ナユタの方が上回っているはずだった。


事実、彼女の鉄棒はユカリの左腹部あたりに命中した。


が、肉が潰れる音も、骨が折れる音も聞こえてこない。


バットは、ユカリが纏う漆黒の着物には命中こそしたものの、彼の本体には、まるで水中に手を通したようにすり抜けていったのだ。


これにはナユタも驚きを隠せず、唖然とした表情を浮かべて距離を置いた。


その瞬間、粗い金属面どうしをこすり合わせたような、不快な音が鳴り響いた。


「あれぇ、時間切れみたいだねー♡自信あったんだろうけど、さすがにボクを舐めすぎちゃったみたいだね、ば~か♡」


普段のナユタならば、こんな煽りをくらえば激昂すること待ったなしだろうが、彼女は時計のベルも止めずに、魂の抜けたような表情で、人間か否かも微妙な未知の脅威を呆然と見つめていた。


「ごめんねー。ボクもさ、ずっと戦っていられるほどヒマじゃないんだよね。これからめんどくさぁ~い会議があってさ。だから、またあとでね♡」


ユカリは小癪な態度をまったく変えずにそう言い放つと、こちらに向けて横方向に傘を開いた。


彼の全身が傘布で隠れた。


ついに我に返ったのか、ナユタはビクッと肩を震わせたあと、いまだに鳴っていたタイマーを切り、傘の元へと駆けていった。


その裏を覗いた時、彼女の表情がこわばった。


「どこ…行きやがった?」


彼女は傘を蹴り飛ばしたが、そこには先程まで不敵にほくそ笑んでいたユカリの姿はなかった。


「き、消えちまったぞぉ!?どうなってんだこりゃぁ!?」


ようやく、熾烈な戦いを繰り広げていた二人以外の人間が口を開いた。


クロトは刈りあげられた側頭部に両手を当てて喚き、カルは雷に打たれたように大きく目を見開き、何かを抑えこむように胸に手を当てていた。


恐らく、この中で平静を保っていたのは、エリネミと帽子の男だけだったと思う。


エリネミは自慢の銃の金属部分に息を吹きかけて、服で磨き、その光沢を楽しんでいるようで、帽子の男にいたっては、大袈裟な動きで自分の両手を叩き、呆然と立ち尽くすナユタに拍手喝采を浴びせていた。


「素晴らしい戦いでした!お互い、とても人間とは思えない動きで、観てるこちらも血が騒いでしかたがありませんでしたよ!」


気分が高揚している彼とは対照的に、ナユタはまるで世界が終わったかのような沈んだ表情に、取ってつけたようなひきつった笑みを浮かべて、ゆっくりと私に近づいてきた。


ーこういう時、ロドンさんなら、どう言葉をかけるのだろう。


様々な単語が湧き出てくるが、それらは声に出されることは無く、先にナユタが口を開いた。


「……行くか」


意気消沈した、今にも消え入りそうな声で、彼女は言った。


―私は、どうするべきなのだろう。


これ以上、無理に戦う必要はないと、伝えるべきだと感じていた。


ボスを殺しに行くのも、やめていおいたほうがいいと。


私はもう、ナユタから十分すぎるほどに希望を貰っている。そのおかげで、今までの生活が続こうと、煙草で過去をぼやかすことなく、自分にできることを探してみようと思えていると。


―このままだと、いつかあなたは凄惨な死を迎えてしまう気がする。


でも、その提案は、ナユタの意志も、エリネミの任務のどちらも尊重しない、自分勝手なかりそめの自己犠牲だった。


結局、今の私にできることなど、何もなかったのだ。


最終的に、私はナユタの呼びかけに対して、ただ小さく頷き、カルと帽子の男に踵を返した。


エリネミとクロトが私たちより少し後ろに離れて、理解に苦しむ銃との会話を楽しんでいる中、私とナユタはどちらも両の手をポケットに突っ込み、汚れとヒビだらけの石床を見つめながら、娼館に向けて歩いていく。


その行き先が、私がかつて見た地獄を再現させられるような場所になってしまうとは知らずに。

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