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君と舐め合う傷が欲しい  作者: 竜果物
一章:那由多の原罪
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第二話:Our Bloody Valentine

店に凶器を持った男が押し入ってきたら、中にいる客は悲鳴を上げ、慌てふためくのが普通の反応だろう。


だが、ココは違う。むしろ、これからショーでも始まるかのようにほど良い緊張感が満ちて、中央にいた客は端に寄ってスペースを作る。そう、オレらのための決闘スペースを。


「よ、よかったぁ!やっぱりこの時間にはよく来てるよねぇお嬢~」


デカい図体のクセしてオレの背中に身を隠そうとするバカ医者、クロト。


オレが過去に左腕を大きく裂かれた時に運よく出会い、縫ってもらったことがある。


確かにそのことは感謝しているのだが、それを無にするほどの悪癖がある。女の体、特に臓器に目がないのだ。


やれ子宮だの脳だののうんちくを垂れ流しては、オレの体にベタベタ触ってくる。


そもそも、何故オレが女だとわかったのだろう?確かに髪は少し長いが…


声はそこまで高くないし、言動もがさつそのものだから、外見だけで判断するのは難しいと思うのだが。


そして、そのクロトが当たり前のように肩に手を置いてきた。馴れ馴れしいヤツだ。こういうのがとても癪に障る。


「お嬢がいなかったら、切り刻まれてミンチにされてたところだよ~」


「それも悪かねぇな」


「お、お願いしますお嬢!何でもしますから!」


クロトがゴツゴツした汚い手を合わせてオレに懇願してくる。いい気味だ。


跪く彼をよそに、オレは視線を前に向ける。


オレと正面切って対峙している男―ちょんまげ頭で、紫に変色して異常に膨れ上がった右腕が首のあたりから生えている異形人は、惨めなバカ医者に向けて怒声を放った。


「クロトォ…俺の腕を…!接合に失敗したくせに逃げてんじゃあねェッ!命で責任を償えッ!」


オレはキレ散らかしてる野郎の前に堂々と立つ。バットを腰に据え、腕を組んで余裕の表情をしてやる。


「なんだなんだぁ?ここでは喧嘩は禁止されてるって知らねぇのかぁ?このオレがいる時はよぉ」


「黙れッ!俺の至高の剣技を実現可能とするこの腕を、あいつはふざけた場所にくっつけやがったんだッ!」


「だからッ、そこの医者もどきの臓器でもって金稼いで、"ドクター"に治してもらう算段だったんだがなァ…」


「おめェに、それとここにいる奴ら全員のブツを売りさばいて、以前よりもさらに強靭な肉体に改造してもらうのも悪くねぇなァ!?そうすりゃ俺がァ…地下街の王になるのも夢じゃねェ…!」


悪だ。


クロトはともかく、メイリーンと今日出会ったお姉さんに害をなそうとする輩はそうだ。


悪は、消さなければならない。


「一線超えたなぁ、あぁ?」


悪には、勝たなければならない。


黄金色の首掛け時計のツマミをいじる。


「テメェの余命は残り二十二秒だ」


「キタァ~!お嬢の死の宣告だぁ~!」


相手は眉を逆八の字にしかめ、歯を食いしばり、溢れ出る怒りを抑えようとしていたが、完全に舐めた態度をとられたからか、ついに爆発した。


「腕がぶっ壊れてるからってよぉ、おめぇみてぇな小便くせぇガキがッ、この俺に勝てるとッ!本気で思ってんのかぁぁぁッ!?」


たまりにたまった緊張がついに弾けて、いざ闘争が始まろうとしたその瞬間、甘く低い声が小さく、しかしはっきりとオレたちの耳に届いた。


「こいつ、さっきの10インの人じゃん」


ナスオは完全に静止し、構えた刀を少しだけ下ろした。


ただでさえ怒りに歪んでいた彼の表情が、さらにしわが寄ってクッシャクシャになっていく様子と、変なタイミングで発言するお姉さんが面白くて、思わず吹き出してしまった。


「プッ!だーはっは―!そういやそうだわ!お姉さん面白いねぇ。今それ言う?でも気を付けな?ああいうのはプライド命だから…」


バンッ!


久しぶりに、目の前を弾丸が掠めた。


メイリーンが持つリボルバーから硝煙が上がっている。


「ナユタ…本当に大丈夫?油断しすぎじゃない?」


どうやらオレが馬鹿笑いしている間に、既にナスオが刀を振り抜いて接近していたらしい。


それをしっかり見てくれていた彼女が銃弾を放ち、ナスオの変色した右の手のひらを撃ち抜いていた。


「ごめんよベイベー。もうそろ本気出すぜ」


「ベイベーって呼ぶなケツにぶち込むぞ」


そんなやり取りをしている間に、ちょんまげ剣士は左手で再び刀を拾い上げ、怒りで顔を引きつらせてこちらに迫ってきた。


「あとは任せな」


オレも相手同様、前に走りこむ。バットの間合いに入るには、リーチの長い刀の攻撃を一回は躱さないといけない。


相手はかなり背が高いから、視線は下に誘導されているはずだ。オレがより姿勢を低くすることも考えているだろう…横に薙ぎ払う斬り方は恐らくない。


予想通り。真上に振り上げる動作が見えた。楽勝だぜ。


のろのろした太刀筋を軽く躱し、腹に重い一撃を食らわせた。金属バットを通して、骨や内臓が潰れる痛快な感触が伝わってくる。


ナスオは勢いよく吹き飛ばされ、バーの入口扉を突き破って外に倒れた。


その直後に、首掛け時計のベルが鳴った。時間ギリギリだったな…


だが、店内の端の方に寄ってこのショーを観戦していた客が指笛を吹いたり、声を上げたりして囃し立ててくれたこともあり、この結果で満足することにした。


「あーあ。ドア壊しちゃったね。弁償ね弁償」


メイリーンがいつものようにからかった。


「いや、これはクロトが悪い。オレはコイツのお願いを聞いてやっただけだぜ。払うならコイツだな」


「うぇっ?お、俺ェ?」


「それはそうと、どうだった?お姉さん。オレカッコよかった?」


得意げに胸を張って彼女の方を見てみると、彼女は今までにない表情を見せてくれていた。


無気力だった瞳孔がほんの少しだけ開き、店内を照らすランプのぼんやりとした光を自ら取り込もうとしているようだった。


「…あんた、凄いね。本当に女なの?」


今まで再三飛ばされてきた質問に、クロトの方が反応した。


「そうなんだよ!俺も昔、手術で麻酔を打ってお嬢を眠らせた時に"下"を覗いてみたんだけど…」


「うるせぇ!黙れ!殺すッ!嘘だろテメェ勝手に見てんじゃねぇよッ!」


クソ医者のたるんだ腹を掴んで思いっきり捻り上げてやった。


「イデデデデデッ!わ、わかった!わかったってばぁ!今度からは子宮の音だけで満足するから…」


「ダァァァマジでキモイぞお前ッ!何だよそれ意味わかんねぇよッ!」


もうコイツを黙らせる方法はない。髪の毛をくしゃくしゃと掻きむしって、再びお姉さんに向き合う。


「………ハァ、いいじゃんか別に。性別なんてよぉ。何でそんなに気にしてんだ?」


その後、彼女は消え入るような声で何か言った気がしたが、オレらの意識は再び外に吹き飛ばされた敗北者に集められた。


「お、俺はッ…!クソッ…!こんなところでまたこれを…!占い師のクソの言うことが、まさか本当だったとは…!」


ヤツは絞り出すような怨恨の声と共に立ち上がった。その醜いデキモノまみれの右腕には、シリンダーの中で紫の液体が怪しげに光る、手のひらサイズの注射器が握られていた。


その腕を高々と掲げる。入口を照らす小さなランプのオレンジの光で注射針が煌めいた。


そして、それを思いっきり振り下ろした…!


「あっ、あれは!最近流行ってるドラッグ…」


「アレを撃ち壊せメイリーンッ!」


クロトのどうでもいい情報を遮って叫び終えた時には既に、銃声が耳の中でこだましていた。


銀色の針先は、既にナスオのまだ健康な左腕に突き刺さっていたが、銃弾はシリンダーに命中し、鮮やかな紫の液体が飛び散った。


そして、針を腕に突き立てたまま、ナスオは大の字に倒れた。


一仕事終えたメイリーンは銃口を口元に当てて、フッっと硝煙を吹き払った。カッコいい。


「この距離であんな小せぇのに当てるなんて、さすがだぜハニー」


「あんたもいい動きだったよ。でもハニーもやめろ」


リボルバーのグリップで頭をトンと叩かれた。


「本当に死んでるの?」


いつの間にかカウンターの上に腰かけていたお姉さんが、新しい煙草に火を点けながら独り言のように言った。


「もう、お姉さ~ん。心配し過ぎだって。オレらにとっちゃこんなの朝飯ま…え?」


おかしい。あれだけのダメージを負っていたら、死んではいないにしてもさすがに気を失っているはずだ。


だが、白目をむいているナスオの右腕、そして他の部分の皮膚もブクブクと泡立ち、肉が膨張しているように見える。


すかさずトドメを刺しに飛び出そうとするが、メイリーンに肩を掴まれて抑制された。


「なんか爆発しそうじゃない?隠れて様子を見ておいた方がいいと思うよ」


ハニーはいつも冷静だ。今までもいろいろあったが、彼女の指示に従っていればすべてうまくいくという安心感があった。


店に残っていた客たちも、彼女が避難を促す一声で皆カウンター裏に集まってきた。カウンターに座っていたお姉さんも、重そうなケツを上げてゆっくりと入っていった。


皆が隠れ終えた後に、クロトが汚い口を開いて発言した。


「たぶん、爆発はしないと思うよ。でも、あのドラッグはたまーに不可解な副作用を引き起こすことがあって…」


「なんだよその副作用って?」


「わかんない」


「は?つっかえねぇなおめぇ。ヤク中なのにヤクについて知らねぇってのかよ!」


「俺はあんなヤバいのは使わないんですぅ!噂だけ聞いたんですぅ!紫はヤバいってぇ!」


クソッ!情けねぇ上に使えねぇヤツだ。だが、これから何が起こるか分からずとも皆の前に立ち、最前線で守ってやる人間が必要だ。


そういうカッコいい役回りはオレのもんだぜ。


カウンターを片手で飛び越え、相手の様子を観察する。


―ナスオの体には予想より早く、そして予想以上の異変が、既に現れていた。


紫色の肉が膨張を続け、徐々に人の形を成さなくなっていく…!


「コ、コイツは…!?」


―怪物だ。


人間が、紫の肉の塊でできた全長四メートルくらいの四足歩行動物のような姿に変貌していく。


その間に、ハニーが四発撃ちこんだ。


眉間と思われる場所にすべて命中した。が。


「メイさんの銃も効いてないよぉ!」


「チッ…能無しなだけに頭が弱点じゃないってわけ?」


その怪物は店全体を軋ませるほどの咆哮を上げ、少しだけ後ろに後ずさった。


オレの目にはその動作が、力をためるために踏ん張っているように見えた。


ふと、お姉さんの方を振り返ってみた。


この緊急事態だというのに、ただ煙草を吸い、視線は自分の手元を見つめていた。


だが、オレに気づいたのか、彼女は少しだけ顔を上げた。


―目が合った。


彼女の眼は、もうすべてを諦めたように光を失い、遣る瀬無い悲哀をそのどす黒い瞳の中に閉じ込めているようだった。


「ははっ…しゃあねぇなぁ…」


腰を落として重心を低くし、バットを持つ手を顔の前あたりで構える。


「―っ!?バカ!ナユタでも流石に無理よ!死ぬ気なの!?」


ハニーは気づいたみたいだ。オレがこれからキメることに。


「命の重さなんてもんは、平等でもなければ格差もねぇ。全部オレが決めるんだ」


「だからよぉ。オレの命なんて、いくらあっても二人の美女には及ばねぇんだ…!」


「一人のカワイソウなお医者さんは?」


戯言は無視して、一度深呼吸する。


喧嘩でもセックスでも、受けに回るのはあまり好きじゃないが、今はとにかく集中だ。


―あいつの突進を弾き返すッ!


覚悟を決めたと同時に、怪物が後ろ脚で地面を蹴りつけ、こちらめがけて跳躍した。


その時の衝撃が地面から全身へと伝わる。臓物が揺れ、平衡感覚がおかしくなるほどの衝撃だ。


この重量は…少し不安だ。


オレのバットは自分でさえ曲げることのできない金属製の特注品だ。だが、コイツを弾いたらぶっ壊れないとも限らない。


コレ気に入ってるんだけどな…まあいい。始めるか。


今だけはすべての欲望を無にして、一切の意識を自分の体に向ける。


…3。跳躍した怪物が最高点に達する。

…2。あとの軌道を予測し、どこを叩けばいいか見極める。

…1。醜いツラがオレの目前に来たら頃合いだ!


「ココ」


オレはバットを思いっきり振り上げ、怪物の顔を下から叩き上げた。


しかし、さすがに怪物の全体重は相殺できなかった。


「クッソ…!」


できるだけ衝撃を吸収するよう動いたが、バットから伝わる振動が脳を、骨を、内臓をぐらつかせた。


視界がぼやけ、額に生温いものが伝っていく感覚がある。


わからない。自分の体がどうなってるのかも、怪物をうまくブッ飛ばせたのかも。


手の感覚がない。


床と天井の区別がつかなくなっていく。


重力に負けそうになる。


メイリーンの声が微かに聞こえる…


父さんと母さんの声も…


彼女の…声も……


…………ご……め……………


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