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君と舐め合う傷が欲しい  作者: 竜果物
一章:那由多の原罪
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第零話:あなたが生まれた日に

初めまして。竜果物です。

まずは、私の作品タイトルをクリックしてこのページを開いてくださったあなたに深く感謝申し上げます。

初めての小説執筆ということなので、拙い文章ではございますが、読んでいただけると幸いです。

読後の感想や、読みにくかった、わかりにくかった点がございましたら、遠慮なく教えていただけると助かります。

よろしくお願いいたします。

初めて人を殺したのは十五歳の時だった。


ある日の学校帰り。私はバット片手に、夕暮れで照らされて橙色に染まりきった小道を蹴り飛ばすように、一人歩いていた。


レンガ造りの建物が両側に連なっているが、多くが廃屋で人気はほとんどない。


私はこの中のある一軒家に、母と二人で暮らしている。


「ハァ…今日も散々だったな。な~にが生徒指導だよ…クソ食らえだ」


最近は学校に行くのが億劫だ。"学生間の暴力行為"という数か月前の事件の反省文を書くよう、延々と迫ってくるのだ。


だが、私は絶対にそんなもの書かない。書くわけにはいかないのだ!もし書けば、私は自分の正義を折ることになる…


やるせない気持ちを込めて、道端の石ころを蹴っ飛ばした。


その石ころの行く末を見るために視線を前にやると、いつもの曲がり角、つまり家の近くにまで来ていることに気づいた。


張り詰めた心がようやっと緩んできた。だというのに、ちょうどその時、近くで耳をつんざくような悲鳴があがった。


それは女性の声で、私の家の方から聞こえたものだった。


私は最悪の事態を想定しつつ、死に物狂いで声がした方へ走っていった。


―母さんは滅多に大きな声を出さない。よほどの事件が起こったのか?最近、この辺りでもギャングが湧き始めたと聞くが…


この国でそういった犯罪者が出る根本的な原因を知ってから、ずっと悪寒がしていた。


私たちが住む"上層"が、"下層"の人間を取り締まらなかったり、貧困や環境汚染など数多の問題を押し付けて放置したりするせいで、不満を抱いた者たちが組織的な犯罪行為―生活必需品の強奪から殺人まで―を行うようになったのだという。


私はそういった弱者が害され続けていることが、今日の治安悪化を加速させているのだと確信していた。


それに、私は見て見ぬふりができないタチだ。虫唾が走る。反吐が出る。だから、身近なところで私なりの"正義"を執行していた。


いじめっ子を再起不能になるまで叩き潰したり、賄賂を受け取って犯罪を放置していた保安官と殴り合いをしたこともある。


要は、自分が悪いと思ったこと、気に入らないことがあればすぐに手が出てしまう性分なのだ。


だが、私の正義はいつも抑制されてきた。やれ気にするな、やりすぎだ、大人の事情があるだの諭されて、ほとんどの学校の人間にも嫌われ、距離を置かれてきた。


私は間違っているのか?いや、かつて親友を護り、これから家族にどんな危険が訪れようとも身を挺する覚悟があるこの私が間違っているはずがない。


大切な人、弱い立場の人をいたぶるような悪は完璧に滅して、皆を守らなければならない…


しかし、現実は無情にも私の覚悟をあしらった。


息も絶え絶え玄関扉を開けると、目の前には腹部から大量に出血し、壁にもたれかかる虚ろな目をした母さんの姿があった。


そして、絶望する間も与えられずに、大きな袋を持った覆面の男がリビングから飛び出そうとしてくる。


「何だ?ここんとこのガキか?まあいい、さっさと合流しねぇと…」


私を気にも留めずに逃げ去ろうとした男の胸をバットで殴り飛ばした。


男は頭から家の壁に叩きつけられ、額から一筋の血を流した。


「逃げてんじゃねぇよ…殺したんなら殺される覚悟もできてんだろうなぁこのクソ野郎がぁ!」


男は舌打ちして、ゆっくりと立ち上がると、荷物をかなぐり捨てて大声を上げ、拳を振るってきた。


「上層のガキが…いいもん食ってクソして寝るだけの能無しどもがよぉッ!その無駄に肥えた腸引きずり出して、売りさばいてやらぁッ!」


真上から右腕の大振り。体の大きさに物言わせた隙だらけの動きだ。こんな雑魚、私が家にいれば余裕だったのに…!


横に飛びのいて攻撃を躱し、姿勢を低くして相手の視界から一瞬だけ消える。


その一瞬があれば、私はなんだってできる。


「あがぁッ!?」


バットを男の下顎にめり込ませ、致命的な一撃を与えた。


口内から歯が数本飛び出し、赤が空に飛び散る。


だがしかし、男は意識を飛ばすことなく、情けない呻き声をあげながら薄暗い路地の奥に逃げていった。


ここで、私は母がまだ生きていることに少しでもかけて家に戻るのではなく、その男を追いかけることにした。


その選択が、私の人生を一転させてしまうとも知らずに。


* * *


夕陽も届かない廃屋だらけの路地裏をひたすらに走り、追いかけていく。


数分ほどして、ある角を曲がったとき、狭い路地にて先の犯人と、いかにもギャングの下っ端でありそうな柄の悪い男たちが四人ほどたむろしていた。


銃や凶器を持っている者もいたし、体格も私よりはるかに大きい。


だが、その程度のことでは怖気づかないほど、正常な判断ができなくなっていた。


いや、むしろ、本能に従って下された判断というべきか。


気づけば、私は目の前の男を一人、殴り殺していた。


頭を殴打された男は白目を向き、異常な量の出血と共に崩れ落ちていった。


木製のバットに薄汚い血が染みこんでいく。


残りの四人は容赦なく私を殺しにかかったが、彼らの行動はすべて無駄だった。


相手の動きが自然と読める。軽々と躱せる。私の攻撃にどう反応するかもわかる。


一人、また一人となぎ倒していく。奥の男が銃を構えたのを見て、避ける準備をする。


―頬を掠った。


得体のしれない、異常な快感が全身に走る。


二発目、三発目と続く銃弾は掠りもしなかった。私は両側面にある壁を蹴って飛び、空中から叩き込んで頭を潰した。


血の噴水だ。


最後に残された男は、私の異次元の強さに恐れおののいたのか、震えて動くこともできていない。


「ひィィィッ…!な、なんなんだお前はッ!な、なんで…!」


「わ、笑っているんだァァァッ!」


最後の言葉はそんなもんか?悪党らしい情けねぇ言葉だな。


私は例外なくその男も殴り殺した。


ようやっと、静寂が訪れた。


だが、血が飛び散る音と悲鳴の代わりに、今度は自分の心臓の鼓動がうるさくなってきた。


耳の裏あたりで脈打つ血管の中に、変な物質が流れている。


それが心を高鳴らせる。鼓動を加速させる。自由を実感させる…


しかし、路地裏に一人立ち尽くしていると、徐々に冷静さを取り戻し、やり場のない怒りと後悔が湧き上がってきた。


―私は…何をしているんだ?


本能という名の悪癖は、過去に一人の少女を救ったこともあったが、成長した肉体と底なしの憎悪が掛け合わさったことで、ついに人を殺めてしまうまでに至った。


下層の人間全員が悪ではないことも十分承知していたが、この時ばかりは恨まずにはいられなかった。


また、彼らのような人間を生み出す原因となっている上層の人間を、より強く恨んだ。


そして何より、自分の考えなしに行動してしまう本能を恨んだ。


これは恐らく父親譲りの性格なのだが、父さんは立派な人だった。


私にも母さんにも優しく、上層の腐った体制に対して声を上げ、行動を起こす強さも持っていた。


しかし、ある日彼は突然姿を消した。


それはデモが起こった日のことで、国と民間との間に暴力沙汰があったという。恐らく、その時に連行されてしまったのだろう。


不当な拘束だと思った。父さんは行動的だが、それには常に思考が伴っている。私のように行き当たりばったりの馬鹿な行動はとらないはずだ。


私みたいな…


その後、もう二度と動くことは無い母さんを弔うこともせず、家にあった有り金をかき集めて、適当な食料を買いながら路上で生活した。学校も無断欠席した。


そんな日が一週間ほど続いたある日のことだった。


高架下、下層に流れていく水路の縁でかぴkのパンを食べていると、懐かしい声が聞こえてきた。


「ナユタ…?」


それはルセカの声だった。


かつていじめられていたところを私が助け、私と話してくれる学校で唯一の存在で、今となっては愛おしく思えるほどになった同級生。


こんなみすぼらしい姿を見られることになるなんて。平静を装うにも、今の精神状態ではできそうにない。


「…なんでこんなところにいるの」


私はその声色だけで、異変を感じ取った。彼女がここまで冷たく話しかけてくるなんてありえない。


普段はもっと穏やかで、むしろのんびりしすぎなくらいなのに。


私が言い訳をするより先に、彼女が口を開いた。


「―殺人事件、知ってる?」


心臓の鼓動が、聞こえなくなった。


「嫌な噂が流れてる。もう学校や保安官の人も事情を知ってる。本当に、ナユタが…」


完全に心が疲弊しきっていた私は、自分自身だけでなく思いを寄せている人にさえ殺人の非について問い詰められている気がして、声を荒げてしまった。


「あいつらは悪だ…!ギャングを制裁したんだぞ!?…私が悪いのか!?私が…」


「私のお父さんはギャングじゃないっ!」


「なっ…!」


その後に何と言おうとしたかわからない。


なんでルセカの父さんを私が殺したことになっている?殺した奴らの中にいたというのか?


なんで保安官は私を追い詰めていて、ギャングを取り締まらない?ビビってんのか?賄賂か?


この世界は…腐っているのか?


そこからはもう、私の醜い部分をひたすらに曝け出すだけだった。


「ルセカの父さんは殺してない!そもそもなんで私がやったことがバレてんだ!?見てた奴が…」


()()()()()って!自分で言ってるじゃん!殺したでしょ五人!私、信じてたのに…!この…この……」


―――人殺し。


すべてが。すべてがどうでもいいような気がした。いなくなった父さんのことも、殺された母さんのことも、彼女のことも。


そこからのことは、何も覚えていない。ただひたすらに走った。ゆく当てもないのに。もう居場所なんてないのに。


怒りや悲しみが湧き上がらないほど、脳は空白で埋め尽くされていた。


ただ、走った。ひたすらに。過去が私に追いつけないくらい速く…


気がつけば太陽は完全に沈み、私は顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして息も絶え絶えの状態で、青紫色の汚染海洋が見えるコンクリートの浜辺にいた。


―ここは?


薄汚れた布を身にまとった老人たちはごみ山を漁り、痩せこけた青年たちは長い棒きれで魚を釣ろうとしている。


私は、下層に来ていた。


ここの景色を見て、少しだけ心が安らいだ。生活は貧しいが、誰からも忘れ去られた世界。


まだ生きるとしたら、今日からここで生きていくのだろうと直感した、その時だった。


少し近くのごみ山で、助けを求める声が冷たい夜の空気を裂いた。


本能に従ってその場所に駆け寄ってみると、刃物を持った男に老人が襲われていた。


そして、何も学ばない、学べない私は、その男に躊躇なく拳を振るい、動かなくさせた。


一週間前とまったく同じ、生温い血の感覚が、握りしめた拳を伝う。


もはや人に暴力を振るっても何も感じなくなっていた私に、助けられた老人が手向けた言葉。それは―


「あ…ありがとう!君は命の恩人だ!」


"感謝"。


正義を実行して、感謝された。


私の本能が、肯定された。


ここでなら、神から与えられた唯一の才能を活かせる。これで生きていける。そんな確信があった。


事実、それ以降、私が下層で"悪を裁く人殺し"を始めると、人々は私を無敵の殺し屋として崇めるようになった。


完全に調子に乗って、自分の行いこそが正義だと思うようになった。それは、他人の悩みを刹那的にしか解決しないものであったが、他者の依頼、すなわち願いを叶えてやれるのだから、別にいいではないかと思った。


そして、以前よりも欲に忠実になった。酒に溺れ、女に絡み、ひたすらに快楽を求めるようになった。


自分より強い人間を打ち負かして、優越感を得たいとさえ考えるようになった。


そんな中でも、拭いきれない倫理や人情というものは確実に存在していたが、それはきっと、自分の行いが本当は善ではないことを薄々感じていたからだろう。


そのようにして、独断的な善と悪の間で半端に生き続けたことにより、精神と行動に矛盾を抱えまくり、人格が破綻した人間が生まれた。


だが、金に困らなくなり、徐々に下層での権力とカリスマも身に着けていくうちに、そんなこともどうでもいい気がした。


本能が肯定され、正義が実行可能な下層において、誰もがオレを認めた。上層にいた時の過去も捨て去った。


下層の弱者たちにとって、オレは完璧なヒーローとなっていった。


しばらくして、貧しい臨海地域よりは環境がマシな内陸部に部屋を借り、警備から雑用、殺しに運び屋まで何でもござれの便利屋を始めることにした。


ここに来てから二年が経つが、ここでの新生活にはかなり満足している。


普段は軽い仕事で銭を稼ぎ、たまに来る殺しの依頼をこなして、金と感謝を浴びて快感を得る。そして、仕事帰りに最近見つけたイイ感じのバーで酒を飲む。


あとは好みの女が見つかれば完璧だ。


顔と肉付きがよくてミステリアスな雰囲気の年上がタイプなのだが、完璧に当てはまるのはそうそういない。


オレの金目当ての女が数人いて、何度か肉体関係を持ったこともあるが、正直言って楽しくなかった。


そんな欲にまみれた生活を続けていたある日、オレはバーである女と出会う。


オレと同じようでまったく違う、人生が灰色な女に…


―ちょうどその日が、生まれた日であり、死んだ日だった。


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