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リシマを囲うその光景は、あまりにも静謐で、神聖な光に満ちていた。
初雷が天から走り、
舞い風がやわらかな渦を巻き、
雪花の雪は花舞うように踊りながら、
催花雨が花をほころばせるように優しく降り注ぐ。
四等分に分かれ、天から切れ目なく降る恵みは祝福のように光り輝いていた。
他の誰が呼んでも、こんなに喜ぶように光を纏うことはない。
リストだからだ。
「また派手に呼んだな」
飛雨が感心すると、リストは肩を竦めた。
「仕方なくね。入ってこられたら、困ると思って」
「入って……とは、どういうことです?」
カルラが船を浮かせながら聞くと、アレンが「それはね」とカルラの肩を励ますように抱いた。
「漆黒鳥が教えてくれたんだけど──こっちに、青も緑も紫も黄色も、来てたらしいんだよね」
「……それ、まさかとは思いますが……船旗の……色、ですかね……?」
「そ。許可証を持つ船大集合。ついでに気象空挺団も来ててさ」
「……気象、空挺団」
その言葉を聞いたカルラは、がくりと肩を落とした。
シュナが慌ててリストの前に出る。
「アレンさんがこっちに戻ってきたときで、カルラさんに相談もできないし……でも、多分見られるのはだめだよねって。だから、リストが一気に呼んで隠してくれてね」
「……大丈夫ですよ、シュナ。リストを叱ったりなんてしません。なぜ他の船が来たのかは……そちらの二人が知っているようですので」
嵐と飛雨はすぐさま「ごめん」と潔く謝った。
由晴を呼び出すために広範囲で雨を降らせ、範囲を絞りながらここまで案内してきたのだ。他の船がその異変に気づくのも無理はないが、それを全く考慮していなかった。
察したカルラが眼鏡を抑える。
「……次からは、相談をしてください。相談を」
「うん」
「わかった」
「……いいでしょう。はい。まあ、過ぎたことですからね……問題は、ここからどう出るか、ですよねえ」
カルラは荘厳な景色をしばらく見つめると、小さく息を吐いた。
「正々堂々と出ますか」
「大丈夫か、それ」
飛雨が聞くと、頷く。
「ええ。なんとなくリシマに来たら、突然こうなったってことにしましょう」
「うわ……雑……」
呆れたリストに、シュナが笑った。
「カルラさんらしいね!」
「変に隠れたりすると見つかったときに説明に矛盾が出ますから、簡単な嘘がいいんですよ。こういうときは」
「慣れてるね」
嵐が何気なく言うと、カルラは「大人ですから」と至極真面目に頷く。アレンはそれに朗らかに笑いながら、リシマを見下ろした。
「オレは賛成。きっと、リシマに誰も近寄らなくなるよ。ここには、興味本位で立ち入ってほしくないから──そのほうがいい」
「……ええ、そうですね」
飛雨も、リストも、シュナも、リシマを見て頷く。
嵐もそっとリシマを眺めた。
船が浮かび、アダマスの鳥居が空へ近づくたびに、リシマは徐々に、徐々に、その姿を小さくしていく。
嵐はじっと祈りの池を見つめた。
ふと、思う。
飛雨と同じ形をした彼らの願いを、溶かして安らかにしてあげたい。
どうすればそんな事ができるのかわからないし、それが彼らの欲しているものかどうかはわからないけれど、それでもまたここに戻ってくる自分の姿を思い浮かべていた。
彼らのために、またここに来る。
そんな確信の中、目を瞑り──それからカルラを見た。
「ねえ、カルラ」
「……はい」
「ありがとう」
「どういたしまして」
短い言葉の応酬に、かすかに笑い合う。
ほんの少し、想いを渡し合う。
カルラはそれを丁寧に仕舞うと、全員を見つめた。
「ここを出たら、確実に気象空挺団に止められます」
飛雨は頷く。
「事情を聞かれたら、まあうまく答えますが……きっと王都へ来るように言われるでしょう。あちらと話しておかなくてはならないこともあるので、私は向かうことになります。その間はアレンと──」
「どうして?」
嵐が言うと、リストも「なんで?」とカルラを見た。
「え、いえ……あの、王都ですよ?」
「いいよ。僕は大丈夫だし、行こうよ」
「あたしも平気だよ」
「オレも」
リストに次いでシュナもアレンもあっさりと言うと、カルラは嵐と飛雨を見た。
「俺も問題ない」
「わたしも。眼帯する」
「……本気ですか?」
「あの男と話す気は一切ないが──水輝がもうそこにはいないことは、わかった」
嵐がそっと飛雨を見ると、飛雨は落ち着いた笑みを返し、そうして視線をアレンへ向ける。アレンの目にも、由晴の最期を共有する優しさがあった。
「腹は立つと思うが、殴りかかる真似はもうしない」
「……そう、ですか」
「弟に会いに行ったらどうだ。もう十年会っていないだろ。家族を大切にするんじゃなかったのか?」
飛雨が穏やかに言うと、カルラは眉を下げた。
「あなたたち、優しすぎますよ」
リストが手を翳す。
天から降っていた彼を愛す天恵たちの残滓が、裾からゆっくりと消えていく。
リシマを覆う神々しい幕が姿を消すと、リシマを囲むいくつもの船の姿が見えた。
気象空挺団の船が、迫る。
それでもアダマスの瞳は皆、穏やかだった。
嵐は見上げる。
この船を象徴する黒い船旗を。
何にも侵食されない、屈しない黒を掲げたときの決意を。
生きていく。
選んで、捨てて、縋って、助けて、生きていく。
このアダマスで。
カルラの逃亡船で。
悲しみを溶かして、慈しみ合って、支え合って、
想いを抱えて、
生きていく。
完




