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「……ランちゃん、あのね」
シュナが、嵐を優しく呼ぶ。
「言いたくないこととか、言えないこととか、言わないほうがいいと思ってることとか、やっぱりあると思う」
「……」
「それでいいからね」
それ以上言わないシュナの優しさに、嵐はただ頷く。シュナも、それに嬉しそうに笑んだ。よしよしと嵐の頭を撫でる。
「でも、突然いなくなるのは嫌だなあ。せめて、相談して、ちゃんと最後にぎゅってさせて」
「最後に、ぎゅ……」
「うん。そうだよ。いきなりは寂しいよ。次にランちゃんがそれを選んだときは止めないって、今決めたから、最後にぎゅってさせてね」
穏やかな眼差しで言うシュナに、嵐はまた頷く。
彼女との約束を深く刻み、彼女の想いもしっかりと受け取るように、言葉にした。
「わかった。約束する」
「それでこそランちゃんだねえ」
よし、とシュナが頬を拭う。シュナに手を引かれて、船首で話しているみんなのもとへ向かう。
嵐はそのきれいな手を見つめた。
あの方法を、二度と選ばない、とは言えない。
二度目もあるかもしれない。
けれど、今日のような愚かな真似はしない。
手を握ってくれる人が、いる限り。
「雲の天恵?」
リストの声に、嵐は頷く。
カルラにもシュナにも〝相談して〟と言われた嵐が正直に伝えると、リストは不思議そうに首を傾げた。
「……ランが?」
「そうみたい」
「……これが?」
リストが飛雨に聞くと、カルラとアレンがふっと笑い出す。
船首に集まっていると、少し前に起きた出来事が嘘のように思えた。祈りの池も静かに佇み、あの上で何があったのかもすべて遠い昔のように感じる。
飛雨も小さく笑いながら、頷く。
「そうらしい。水輝が言っていたなら、確実にそうだ」
「ランが、天恵」
「雲の」
「雲の天恵。確かに、白いけどさ……」
その言い方に、アレンはカルラの肩に手を置くと、軽やかに笑った。
「なるほど。なんか納得だね」
「納得……ですか?」
「だって、白いし、ふわふわもしてるし、掴みどころがない感じもあるし──あ」
「? 何です?」
アレンはシュナと繋いだままの手を指さして、カルラを見た。
「ランが天恵なら、なんでシュナと手繋げるんだろう?」
「……」
アレンの指摘に、カルラもリストも飛雨も、シュナと嵐を見る。
ハッとしたシュナは、慌てたように手を離した。
「も、もしかしてどっか痛かったりする?」
「ううん。全然」
痛くもなければ、不快な気持ちもない。そんなこと一度もなかった、と言うと、五人はじいっと嵐を見た。
「……どう思います?」
「ランが鈍感なだけじゃないの……?」
「いや、嵐は鈍感だけど、そっちの気配には誰より鋭いぞ」
訝しげなカルラやリスト、飛雨を置いて、アレンは首を傾げながら「まあいっか」と適当に結ぶ。
「これからも一緒にいるんだから、そのうちわかるよ」
これからも。
その言葉が、明るく届く。
ほっとしながら自分の手を見るシュナの手を、嵐はそっと取ってみた。
やっぱり痛みも不快さもないし、感じるのは温かい愛情だけだ。むにむにと握っていると、彼女の優しさが心の奥まで届いてきて、じんわりと身体まで温まる。
天恵の鱗を崩したというシュナの手。
その手で作るものに天恵を避け、封じる力が宿るというシュナの手。
けれど〝忌避の子〟であるシュナの手は、嵐にとって水輝と同じくらいに安堵できる手だった。
「ランちゃん、本当に大丈夫……?」
「うん。大好きな手だなあって思ってた」
「……アレンさん、あたし今撃ち抜かれたよね?」
「だね」
こくんと頷くアレンに、シュナが「これだからランちゃんは……!」とわっと片手で顔を覆う。
よしよし、とアレンがシュナの頭を撫で、カルラは組んだ腕を解いて脱力した。その隣で、飛雨も笑う。
「嵐は嵐、だな」
「ええ、まあ、そうですね。そもそも〝忌避の子〟自体、よくわかっていないものですし……まあ、〝忌避の子〟も雲の天恵も、家族なのは変わりませんしね。ランはランですし」
その言葉の何かを感じ取ったように、飛雨はちらりとカルラを見た。
「な、なんですか?」
「いいや」
「なんですか?!」
慌てたようにズレたショールを肩にかけ直すカルラに、飛雨はからかって遊んでいるように「別に」を繰り返す。
アレンは呆れたように──どこか安心したように二人を見ると、何かを思い出したように空を見上げた。
「あ」
「……アレン……今度はなんですか?」
「大変なのは今からだなあって」
「今、から、ですか……?」
シュナも「あっ」と声を漏らし、リストを見た。
平然と頷くリストを見たカルラが、察したように黒眼鏡を押し上げる。
「あの……リスト……もしかして呼んだりしてます?」
何故かシュナとアレンが大きく頷いて、空を見る。




