表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アダマスの船旗  作者: 藤谷とう
嵐の子
71/74

71




 風に包まれるその姿を、瞳が追う。

 (ラン)が船に戻ってくるカルラから目を離すと、アレンが隣に立った。


「……ありがと、ラン。呼び戻してくれて」


 ぽんぽんと頭を撫でられる。アレンの美しい横顔はいつもと変わらないが、それでも心底ほっとしているのは伝わってきた。

 (ラン)は小さく頷く。


「アレン、あの時……来てくれてありがとう」

「んー、いいよ。今度こそ味方になるって、言ったろ」

飛雨(ひう)の味方になってくれて、ありがとう」


 そう言い直すと、アレンは何かに気づいたように嵐を見た。欄干に寄りかかりながら、ちらりと飛雨とシュナを見る。飛雨が、シュナに感謝を伝え、シュナは穏やかに「無事で良かった」と伝えているその側に、リストも立っていた。


「ラン、気づいたの?」

「……なんのことかわからない」


 大切だとわかったとしても、その気持を認められない。その覚悟のようなものを、アレンは受け取ったようにぐにゃりと体制を崩した。


「オレはね、ランの味方でもあるからさ。誰が誰を想っても、自由なんだよ」

「ううん。わたしはだめ」


 嵐は首を横に振る。


「わたしはだめ。だけど、さっき全部もらえた。あれだけでいい」


 あの瞬間に気持ちが溢れ出て、そのまま天まで昇ってしまった。それくらいに、清々しい気持ちでいっぱいだった。

 大切だ。飛雨が、何よりも大切だ。

 それはこれからも変わらない。


 飛雨を生かすために生きていく。


 けれど、その重さが変わったのだ。

 死ぬその時まで、一緒にいる。その気持を渡してもらえただけで、もう充分だった。それ以上の何を望むのだろう。願いは一つしか持てないと知っているのに。

 


「──だめなことなんて、ありませんよ」



 上からふっと声がして、嵐は見上げた。

 風をまとわせて帰ってきたカルラが、欄干にそっと着地する。


「おかえり」


 そう声をかけると、カルラは優しく笑んだ。


「ただいま戻りました」

「ありがとう。来てくれて」


 汚い真似をさせた。そのことを、嵐は詫びるつもりはなかった。そんなことをしてしまえば、カルラが手を汚したことになる。するべきは感謝だ。

 助けてくれたことへの。

 約束を守ってくれたことへの。

 由晴を、止めてくれたことへの。


 由晴は捕まることなく、自分で死を選べた。カルラは加減していたのに、それでも「自分が殺した」と思う、そういう優しい人だった。


 嵐の考えていることなどお見通しだと書いた顔が、困ったように笑う。


「あなたが気にすることではありません。私は船長なので、船員を守るのが使命なんです。それに──この船の全員があなたに甘い。アレンにもちゃんとお礼を言いましたか?」

「……言ったよ」

「いい子ですね」

「……また子ども扱い」

「言ったでしょう。あなたはまだ子どもなんです。一人で抱えるのは限度がある。全員がフォローに回るほうが大変です。ちゃんと相談してください」


 叱られる気配に、嵐はわずかに逃げようとアレンの方に後退するが、叱られな、と言わんばかりにアレンに押し戻された。


「ラン」


 そう呼ばれたとき、なぜか違和感を覚えた。軽く首を傾げると、カルラは黒眼鏡をそっと押し上げる。


「……相談してください。いいですね?」

「それだけ?」

「はい?」


 首を傾げるカルラに、嵐は「もっと色々と叱られると思ったから」と素直に言い、そして「やっぱりなんでもない」と一人頷いた。


「そうですか」

「うん」

「……次からは相談してくださいよ?」

「……うん」


 嵐はカルラの顔を見る。

 表情は、きれいに隠されていて全く読めない。

 けれど、嵐は知っている。

 リシマに一人残ったカルラが、アダマスを──自分を見つめていたことを。


 その強く揺らぐような感情を。

 

 嵐は目を伏せ、もう一度頷く。


「わかった。ちゃんと相談する」

「そうしてください」

「はい」


 嵐が畏まって返事をすると、カルラはふっと笑い出した。


()()。お願いします。ほら、シュナが心配していますから、行ってあげてください。お礼もちゃんと言うんですよ」

「わかってる」

「ラン」


 呼ばれ、振り返る。 



「愛しています」



 呟くように、カルラが言う。

 

 途端に、嵐の白い心の中に風が吹き荒れた。

 甘くて優しいのに、強くなぎ倒されそうな温かな風が、ごうっと吹く。

 

 嵐が瞬きもせずにじっと見つめていると、カルラはやわらかに笑った。


「あなたを、()()()()()愛しています。だから安心してください」

「……そっか」

「そうです」

「うん」

「はい」

「わたしも、そうだよ」


 嵐がそう返すと、今度は眉を下げて笑ったカルラが、行きなさい、と手を振った。

 カルラの姿を視線からどうにか消し、シュナのもとへ向かう。



 彼の精一杯を受け取った嵐の心のなかに、ほんの少し、愛おしい風が通り抜ける。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ