表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アダマスの船旗  作者: 藤谷とう
嵐の子
64/74

64




 アレンを包む風がふっと消えると、由晴(ゆはる)は恨めしげにアダマスを睨んだ。


「……使っているのか。あの船のやつが、〝(またた)きの瞳〟を」

「ひどいね、由晴。オレのこと忘れたの?」


 アレンが穏やかな声で由晴に笑いかけると、由晴の目はゆっくりとアレンに向かった。


「覚えているよ、アレン」


 優しい声が聞こえる。嵐は押し留められていても、アレンの腕から飛雨(ひう)と由晴を見た。

 

「……飛雨」


 黒い瞳には黒瑪瑙のような輝きはない。どこまでも光の届かない宇宙のように、虚空が広がっていた。


「飛雨」

「ラン、じっとしてて」

「アレン……お前もあの船(アダマス)にいるんだな……残念だよ」

「オレも残念だよ。なんであんなむごいことができたの? 変な仲間に唆された?」

「仲間なんていないよ」


 由晴が笑う。


「だって、俺はもうずっと一人しか残っていないリシマの民だもの」

「……一人で、あれを、全部?」

「そうだよ。ねえ、お前たちなんで生きてるの?」


 由晴が不思議そうに首を傾げる。


「なんでそんな普通の顔で、シトリアの船に乗ってるの? なあ。なあ!! なんでそんなことができるんだよ!! 復讐しろよ!!」


 怒鳴る由晴の声が、池にヒビを入れ始める。

 嵐は足元を見る。

 何かが、蠢いた気がした。


「……じゃあ聞くけど、由晴がもしヒューの立場だったら──大好きな人を巻き込んで復讐させる?」


 アレンの問いに、由晴の顔が強張る。

 すぐにこめかみに怒りが走った。


「は?」

「もし、ミズキさんと生き残れてたら、復讐のために殺してまわろうって、そう彼女に言えるの?」

「……」

「ランはそうさせなかった。死ぬように生きることじゃなく、生きることを選んだんだよ。それは強さだ。それを、堕ちたお前に砕かせたりなんてしない──〝雪煙(ゆきけむり)〟」


 鈴の音のような可憐な声に呼応するように、突如白く細かい雪が由晴の足元からぶわりと上がった。視界が一瞬にして霞み、アレンは躊躇うことなく手を伸ばして飛雨の腕を掴んで引く。


「しっかりしろ、バカ!!」


 アレンが怒鳴ると、飛雨はハッとしたように目を見開いた。

 アレンは乱暴にその胸ぐらを掴む。


「今、選べ。ランか由晴か」

「!」


 飛雨が怒りに染まった顔でアレンの腕を掴み返したその瞬間、嵐はそっと呟いた。


「──〝花信風(かしんふう)〟」

「!」

「……嵐!」


 風が吹く。花咲く知らせを運ぶ風を身体にまとわせた嵐は、二人を一気に追い抜いた。

 そのまま、逃げ出した由晴を追う。祈りの池の淵で、彼の外套を掴むと、ぐっと引き寄せて、言った。



「ごめん」



 由晴の目が見開かれる。揺れる。淡桃の瞳が、すがるように大きく。


「ごめんね、由晴くん。一人にして、ごめん」

「……」


 わなわなと震えだす唇が、苦しげに引きつった。


「なん、で……」

「十年前、由晴くんは何を見たの?」

「……い、いやだ、やめろ!」

「答えて」


 びくんと身体が揺れる。

 由晴の目が揺れる。

 嵐がじっと見つめると、許しを請う子どものように顎を震わせながら口を開いた。


「……み」

「うん」

「水輝の上に、蛇が、落ちた」

「うん」

「俺の呼んだ天恵が」


 由晴の震えが強くなる。喉を引くつかせ、瞳を呪うように自分の顔を掻きむしった。


「……ふ、船が来る、シトリアの船が、大勢で、俺の後ろに──後ろ、に」

「強く呼んだの?」


 由晴がこくこくと頷く。


「そしたら、なんで……なんで」


 最初に落ちた天恵は、由晴が呼んだものだったのだ。

 嵐は、由晴の肩に触れる。ビクッと震える肩は強張り、冷たく骨ばっていた。

 悲しいほどに、恨みと後悔と吹き出しそうな罪悪感がその身体に詰まっている。

 

「由晴くん」

「お前のせいだ……」

「うん」

「おまえの、せい、だ……」


 嵐が無表情に頷けば、由晴はじわじわと悲しみを帯びた顔になっていく。


「おれのせいだ」

「違うよ」

「俺が呼んだから」

「落としたのは、由晴くんじゃないよ」

「どうしてあんなことに……!! うわああああああ!!!」


 錯乱した由晴が、外套の内側に右手を入れる。

 何を取り出すつもりなのかわかっていても、嵐は動かなかった。



「嵐!」


 背後から、飛雨が叫ぶ声も、アレンの声も、聞こえる。

 それでも、嵐はナイフの先が自分に向けられているのを見ていた。


 待っていた。



「そこまでです」



 ぬっと伸びた手は、由晴の手首を掴んだかと思うと、流れるような動作で、ナイフの先を由晴へ変えたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ