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飛雨は呆然と呟く。
由晴の針を打ちこむような言葉からかろうじて拾ったように、拙く繰り返した。
由晴がにんまりと笑う。
淡桃の瞳が、醜く淀み光る。
「そ。お前の瞳も特別なんだよ。〝嵐の子〟のために先に生まれてくるんだ。そうやって、監視するんだと。お前のその感情はねえ、心からのものじゃない。ただの宿命なの。しゅ、く、め、い」
なあ見ろよ、と嵐の瞳を指さす。
指の先は、飛雨と同じようにいくつもの傷跡がある。
嵐はもう、動くことができなかった。身体を強張らせる飛雨を前にして、何も言葉は浮かばない。
「お前とこいつは瞳を交換するはずだった。こいつが十の歳に。そうやって、こいつの力を抑える。水輝は優しいから……お前もこいつも、理解できる歳になるまではっていつも庇ってたよ。無邪気な思いつきで──宿命で──瞳の交換はさせられないって、彼女が言うんだよ。あれは恐ろしいほど強い結びつきになるからって……それくらい、お前たち二人を想ってた」
ふ、と由晴の表情がやわらいだ。
十年前のように穏やかに目尻が下がる。
水輝との思い出を撫でるその顔に、再びゆっくりと怒りとも悲しみとも言えない激しい感情が灯る。
心に氷が張ったような心地になった。
十年前、彼は何を見たのだろう。アレンと別れて戻ったこの地で、由晴は、何を。
足元が不安定になった錯覚がする。
木の上にいる。
幼い自分が。船が、天恵が、暗い洞窟が。
由晴を探す。
彼はどこに──
「なあ、飛雨……お前はそういう水輝の想いを踏みにじったんだよ。こいつは瞳を誰と交換したんだ? 誰を、心から愛しているんだ? 教えろよ。俺がさ、取り返してやろうか? お姫さんの瞳をさあ。そいつを殺せば、そいつの瞳は消えて、お前の瞳を捧げられるぞ?」
ぴくりと動いた飛雨の背中を、嵐は掴む。
「違う。そんなこと、できない。瞳は一度しか」
「──知ってたのか?」
飛雨が、振り向いた。
酷く青い顔で、嵐を見る。
その黒い瞳に、由晴と同じ苦しみの色が一瞬差し込む。
「嵐、知ってたのか」
「……ああ、飛雨……可哀想な飛雨。こいつはすーぐ嘘をつくぞ。ほら、俺の方においで」
嵐の方を向いた飛雨を後ろから抱きしめるように、由晴は手を首元に回した。
抵抗する気配は一切ない。
嵐はじっとそれを見つめ、口を開いた。
「知ってた。春風が来たときに、聞かされた」
「どうして黙ってた」
「──飛雨、お姫さんはね、言えなかったんだよ。自分の罪も、自分が〝雲の天恵〟だってことも!」
「……!」
嵐は目を見開き、由晴を見た。
今、彼は何を言ったのだろう。
何を。
「へえ、知らなかったのかあ……じゃあ俺が教えてやるよ。お前はね、人じゃないんだよ、嵐。〝嵐の子〟というのは、その存在自体が天恵なんだと。お前は青嵐の幻影と会えたことがあるか? なあ……お前が、幻影になるだろ? ほら。ほらほらほらほら!!」
「なんで……」
「水輝が言ってた」
にこっと笑う由晴は、嵐の反応に満足しているらしい。べたべたと飛雨を絡め取る。
「お前はすべての天恵を操る。当たり前だよな。だって天恵はみんなお前から生まれるんだもん。お前はね、ここにいないほうがいいよ。この世界には不要だよ。お前がいなくなれば……天恵は消える。二度とあんなものは落ちてこないからさ。落ちて、みんなを潰したりしないからさあ……なあ、お前が殺したんだよ。リシマのみんなを!!」
違う。
嵐は反射的に叫ぼうとした。
違う。自分が死んでも天恵はいなくならない。
今までも何人も〝二人で死んできた〟のだから、と言おうとして、口を噤む。
言えるわけがない。
飛雨が、いつか自分を殺すかもしれないのだということを。
「ほら、否定しないだろう? 本当のことだからだよ、飛雨」
違う。
睨む嵐を、由晴はにまにまと笑って見下ろした。
その顔を見て悟る。
水輝は話せなかったのだ。
「なー、飛雨、俺とみんなの〝瞬きの瞳〟を探す旅に出よう。水輝の瞳を探して、還してやろう。瞳を返すとな、またリシマの民は生まれるんだよ。ほら教えろよ……さっきの瞳はどこで見つけたんだ?」
「やめて」
「あんな嘘つきの声なんて聞くな。俺と行こう。暴れて、暴れて、みんなを殺した天恵も、シトリアの民も、殺してまわろう。俺は、仇を取ったよ。次はお前の番だ。そうだろう? そうだよな? こんな汚いことを、俺だけにさせるのか?!」
「やめて、由晴くん!」
嵐が昔のように呼んだ瞬間、由晴の顔は悲しげに笑った。
ああ、どうしようもない。
そう思った瞬間、上から何かが降ってきた。
嵐と飛雨の前に、すとんと降り立つ。
「──久しぶりだね、由晴」
アレンだった。




