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アダマスの船旗  作者: 藤谷とう
嵐の子
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 そうですね、と珍しくカルラが肯定する。



「昔から、私と目を合わせてくれる……唯一の友人でした」

「そうなんだ」


 (ラン)のそっけない相槌に、カルラは笑った。


「興味があるから聞いたのでは?」

「なんとなく聞いただけ」


 カルラとアレンの信頼関係は、友人を超えたものであることは見ていればわかる。

 二人にしかわからないものがあり、二人にしか触れられない記憶がある。

 それに立ち入るつもりは、嵐にはなかった。

 ただ、二人が話しているのを見ると、アダマスが自分にとっての居場所であると、安堵する。それだけで十分だ。


「……あなたは、私の昔話を全く聞いてこないですよね」

「だって興味ないから」

「おやまあ、ひどい」


 くすくすと笑うカルラに、嵐は手を取り合って舞う三人を見つめながら言う。


「過去があっての、今のカルラでしょ。今のカルラを知ってるから、別に過去には興味ない」

「……そう、ですか」

「あ。でも、少し気になることはある」


 ほのかに緩んだ頬を持ち上げたカルラが「なんですか?」と前のめりに聞いていたので、嵐は甲板で楽しそうに舞の確認をしている三人を指差した。


「とってもすごかった。踊るの、得意だったの?」

「ああ……それですか」

「他に何があるの」

「言われてみればありませんね」

「あ。トファル、って人のこととか……?」

「……」

「?」

「彼女の話は、やめましょう」

「きらいなの?」


 カルラの口元が一瞬押し黙る。

 嵐はその顔を覗き込むように見上げた。


「すきなの?」

「違います」

「そうなんだ」

「少し、昔、同じ時間を過ごすことが多かっただけの人です」

「そうなんだ?」


 意に介さない嵐の返事に、カルラは「なんで聞いたんですか」と不服そうに見下ろしてきた。


「なんとなく」

「ラン。今いくつでしたっけ?」

「たしか十七」

「そうですか」

「話、変えた?」

「……数日前まで鈍感だった気がするのですが……?」


 首を傾げるカルラは「そういうお年頃になったんですかねえ」と何故か感慨深そうに頷いた。

 保護者モードに入るカルラから、嵐は視線を外す。

 こういうときのカルラには、何を言っても「そうですか」とぬるい視線で答えてくる。嵐は話題を戻した。


「踊るの、得意だったの?」


 カルラは慣れたように答える。


「いえ、得意、というわけでは」

「すごかった」


 率直な褒め言葉に、カルラの表情がわずかに変わる。

 胸の内から湧く幼い喜びに似た何かを、しかし彼はすぐに慣れたように押し込めた。


「……ヒューには、敵いません。あの、身体の芯からリシマの血を感じる重々しい舞は、美しいというよりも荘厳で──圧倒、されました」

「あれでも力抜いてるよ」

「そ、そうなんですか?」

「だって子ども用の舞だから」

「それは……ぜひ本気のものを見てみたいですね」


 カルラの声に、嵐はくすぐったそうに笑う。


「飛雨が白い装束を着てリシマの中心にある舞台で舞うときは、いつも本気だった。飛雨が舞うとね、袖がなびくたびに、舞台から風が島中に届くみたいにして、空気が隅々まで澄むの。優しい雨が降って、虹もできる」

「きれいでしょうね」

「とても」


 短く頷いた嵐を、カルラは見下ろして、それから少しだけ笑む。


「ヒューは舞うのが好きだったんですね。私とは、やっぱり違う」

「どうして?」

「面倒だと思いながら身体に叩き込んだだけの動きですから。教える人が良かったのでしょう……きれいに舞うようにやっただけで、ヒューのように心からの美しい舞じゃありません」

「わたし、カルラの舞はきれいだとは言ってない」


 嵐が言うと、カルラは真顔で「確かに」と一度頷いた。


「あ、これはちょっと……恥ずかしいですね……?」

「でも、すごかった」


 顔を覆うカルラを見上げる。


「身体が武器みたいで、人を守る剣みたいで、すごかった。またやって」

「……あなたは、純粋ですね」

「そうでもないよ」


 カルラはきょとんとした顔で手を顔から離した。

 その顔が少年のように無垢で、嵐は優しく目を細める。



「カルラにわたしがそう見えるのなら、カルラがわたしにそういてほしいってだけじゃない?」



 ふと、飛雨が操舵室から出て来るのが見えた。

 木製のトレイに、六人分のグラス。嵐は駆けつけるようにその場を離れる。


 ラン、と呼ばれたような気がしたが、嵐はカルラを振り返らなかった。



 それでも何故か、灰色の左目は疼いていた。


 


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