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手を繋いでくるくると回る、リシマの子どもたちが最初に教えられる舞。
リストの白緑色の瞳は月光の光を掴み、長い睫毛が楽しそうに震えている。
「リスト、上手いね」
「……上手ってあるの? これに?」
少年らしく笑ったリストの顔に、嵐の表情も和らぐ。それに泣きそうに目を細めたリストの手を、嵐はそっと離した。
「──で、確か……次が、こう」
嵐はその場で深くお辞儀をするように胸を前に倒し、ひらりと左手を上にあげる動作の勢いのまま、身体をくるりと回転させた。衣服がふわりと膨らみ、天に祈りを捧げるような指先が空に円を描く。
またリストの手を掴み、二人で回る。
「回って五回目に、さっきの挟む、はず」
「……ふっ、適当すぎない?」
「いいの。これは楽しむための舞だから──三、四、行くよ」
手を離し、二人で祈るように身体を倒し、回り、その場で空に指で円を描く。
離れていた手を手繰り寄せるように掴めば、二人の手はしっかりと繋がれた。
「やっぱり、上手だね」
「教え方がいいのかもよ」
「多分違うと思う」
「違うの?」
リストが笑う。
二度、三度、繰り返して舞っていくうちに、リストの心がゆっくりと動きに集中していった。身体がそれを求めるように、より美しく、より清廉に、より高くまで、祈る。
髪が揺れる動きも、視線が流れていく目尻も、リストの目が瞬いていないのが不思議なほどに、その身体全てが天恵に捧げられているようだった。
嵐の脳裏に、遠雷が浮かび上がる。
海の上に静止し、青紫の毛から稲妻を走らせていた氈鹿。隣に立つ老いた幻影は、最後に言った。
──天に愛されし子、リスト、と。
「わあ……きれい」
後ろから聞こえてきた声に、嵐はくるりと舞いながらシュナに手招きをした。
「シュナも、おいで」
「えっ。あたしも?」
「簡単だから。手」
迎え入れるように右手を離して広げた嵐とリストに、シュナが慌てたように駆けてくる。
「で、できるかな?」
「わたしでもできるから大丈夫だよ」
いや、そうじゃなくて、と言いかけたシュナの手を、嵐は優しくと取る。あたたかい手のひらを握り〝忌避の子〟であることなんて関係ない、と伝わるように大きく回る。
「ちょっと、ラン……!」
勢い余って三人の輪が不自然に潰れそうになったところを、リストがぐいっと手を引いた。
嵐が「ごめん」と言えば、シュナは楽しそうに笑う。
「シュナ、手を離したらさっきみたいにその場で回るだけ」
「わかった……!」
「手、離すよ」
リストの掛け声で、手がふわりと離れる。
三人が頭をすっと下げて左手を上げるように舞い、再び顔を合わせたときに互いの手を強く掴むと、自然と顔が綻ぶ。
「! できた!」
「ん、完璧だった」
「さすがだね」
嵐とリストが褒めると、シュナは「二人よりお姉さんだからね」と可愛らしい笑みで喜んだ。
リストは二人がふらつかない速さで回り、シュナは楽しそうに舞う。
なぜだろう。
嵐は頭の片隅で考える。
どうして、どこか一歩引いた感覚になるのだろう。
自分が二人と一緒に舞っていることが、信じられない。楽しい、と思う気持ちに現実感がない。まるで二人を外から眺めている心地になる。
嵐は知る。
自分は本当に何かを失ったのだ、と。
「三人で何してるんだ」
優しさの隠せていない低い声を聞いた途端、嵐の心のざわめきが消えた。
「飛雨」
振り向くと、夕食の後片付けを終えた飛雨が腕まくりを解きながら三人のもとへ来ていた。カルラとアレンも操舵室から出てきている。
「懐かしいの、やってるな」
「……わたしが教えられるの、これだけだから」
「不器用だったしな」
飛雨がくすりと笑う。
身体に血が巡り──ふと自分の立っている場所が明確になって、焦点が合う。そんな感覚に、理由もなく安堵する。
嵐はシュナとの手を離し、飛雨を迎え入れるように手を広げた。
「はい」
「……俺もか」
「飛雨も」
シュナは「えっ」とばかりに驚き、リストは「本気?」とやや嵐を呆れた目で見るが、飛雨はあっさりと手を取った。
嵐とシュナの間で、幼い舞に付き合う。
「で、今何回目なんだ?」
「わかんない」
「次、五回目」
リストが言うと、嵐は飛雨を見て笑った。
「特別なやつ、やって」
飛雨の目が嵐を映し、全員の手が離れる。
一瞬の出来事だった。
飛雨は膝がつくほど深く身を屈めると、祈りを掬い上げた両手を風に任せるように美しく靡かせながら、身体をしなやかに回転させた。月の光が無数の粒となり、飛雨の指先まで照らす。ブーツの踵の音などひとつも響かせずに身軽に舞った彼は、黒い髪を漆黒鳥の羽のように揺らすと、再び深く頭を下げた。
天から、ぱらりと雨が降る。




