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「では──彼を追う、ということで、いいですか?」
カルラがまとめると、シュナは頷きながら、優しい顔でぐっと両手を握った。
「うん。あたしも手伝っていいかな? 止めるなら手伝えると思うの」
「僕も、手伝う」
リストもアレンの腕を軽く叩き、頷く。
リシマを襲う船を沈めればよかった──そう吐露したアレンに、何も気にしていない、と伝えるような優しい手だ。リストは乗っていた。あの船に。
アレンのほのかな肩の強張りが解ける。
飛雨はそれを眺めながら、テーブルに頬杖をついた。
「赤船並みのことが由晴にできるのなら、仲間がいるんじゃないのか」
「でしょうね」
カルラが頷く。
「その方は、殺生のできる方でしたか?」
「いや。俺の知る限りは。ただ──とにかく、情の深いやつだったからな。水輝の仇討ちを決めていたら、何をしてもおかしくはない」
「でも、由晴くんだよ」
嵐は飛雨を見る。
「飛雨と同じ。教えを破れるとは思えない。しつこく雨を降らせても、天恵に無惨な仕打ちをできるなんて思えない」
「……人は変わるぞ。俺には嵐もカルラもいたけど、あいつは一人だったんだろ」
すらりとでてきた「カルラも」の言葉に、カルラは感動したように胸に手を当てて噛み締めた。
飛雨はバツが悪そうに視線を窓の外に向け、アレンはよかったね、とアレンがカルラの背を叩く。
「ええ……まあ……はい、ええと……彼が同行する者に唆されている可能性も視野に入れて、対処を考えましょう。リストとシュナが手伝ってくれるのなら、アダマスが沈むことはありえませんし」
「ん」
「……それから、ランが奪った赤船の腕輪のことですが」
カルラは眼鏡を抑えながらため息とともに吐き出す。
「オオギがうっかり海に落としたことになりました」
「……」
「うっかり、海に、落としたことに、なりました」
全員が「そんな馬鹿な」という顔をしているが、カルラは念を押すように繰り返した。
どうやら気象空挺団相手にもそれで押し通したということらしい。
嵐は袖の上から触れる。
この腕輪が自由になったのなら──
「カルラ」
「はい」
嵐が何を頼むかをわかっているように、穏やかに頷く。
「リシマに行ってほしい。これを、帰してあげたいから」
カルラは、飛雨を見る。
「ヒューは、どうです?」
「問題ない」
「シュナは?」
「あたしも賛成だよ」
「アレンとリストは、大丈夫ですか?」
カルラの確認に、アレンもリストも即答する。
「オレも行く」
「僕も大丈夫。連れて行ってほしい」
「では、決まりですね──リシマに向かいましょう」
立ち上がったカルラは、皿を持ってやわらかに笑った。
「でも、まずは片付けを先にしますかねえ」
その空気に、全員の表情が緩んだ。
次々と片付けを始める中、最後まで座っていた飛雨を嵐は見つめた。
「ありがと、飛雨」
「いーよ。で、他に何をすればいいんだ」
「……わかるの?」
「わかるだろ」
声を潜めた飛雨は、当然とばかりに嵐を見た。
その黒瑪瑙のような瞳が、悪戯を褒めるように細くなる。
嬉しくなるような心地の中、嵐は飛雨にだけ頼み事をしたのだった。
「リスト」
夜の甲板に出て呼ぶと、欄干に寄りかかりながら遠くを見ていたリストは静かに振り返った。
「──ラン。どうかしたの?」
その落ち着いた目を見て、嵐は一瞬迷う。
ありがとう、と言うのも、ごめんね、と言うのも、違う。それでも、カルラがリストに「大丈夫か」と聞いた意味がわからぬ嵐ではなかった。
リストがリシマに向かうのは、三度目になる。
一度目は十年前のリシマ殲滅。
二度目は八年前、焼け落ちたリシマに手足を縛られ、口を塞がれて捨てられたときだ。
どれも彼にとっては忌まわしく、おぞましい記憶に違いない。
それでもリストは、誰もいぬリシマに捨て残された恐怖の記憶よりも、無邪気に母親の言葉を繰り返した記憶に重い罪悪感を抱き続けている。夜の中でうなされる日がありながらも、自らを戒め続ける。
嵐は思う。
同じようには、できそうにない。
そう思う自分は、リストに掛ける言葉を持っていないのだ。
嵐は腰の剣を甲板に置くと、リストに手を向けた。
「リスト、手、貸して」
「?」
何も疑わない顔で差し出されたリストの手、嵐は自分の手首に導いた。
リストの手がビクリと震える。
袖の上から触れた腕輪の感触に、怯えたように。
「名前は、浅海。わたしの叔父」
また手が揺れる。それでも、嵐は手を離さない。
「綺麗に舞う人だった。よく肩車をしてくれたの。わたしは──不器用だからって、子ども用の舞しか教えてもらえなかったんだけど──確かね」
ぐいっとリストの両手を引き、グルンと回す。
「えっ」
驚いたようなリストに向かって、嵐はほんの少し笑いかけた。
「ね、リスト。踊ろ」
リストの目が、泣きそうに笑んだ。
赦しでも、同情でも、憐れみでも、慰めでもない。
ただ、リストの痛みを見ないふりで済ませなかった嵐に、リストはどこか安堵したように、手を強く握り返してきた。
「……ありがとう、ラン」
月の下、無風の甲板で、二人は手を取り合って拙い円を描く。
無邪気なこどものように。




