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アダマスの船旗  作者: 藤谷とう
嵐の子
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 アレンが、リシマの子孫を集めるシトリアの目から逃げて一年。

 黒砂漠にふらりと出向いたのは、由晴(ゆはる)との約束を思い出したからだった。



「馬鹿みたいな話だけど、絶対に来るって思ってた。いたよ。すぐに見つけた。由晴も、笑ってた。ふたりして向かい合った真ん中に、青い光があってさ──ふたりとも変な歩き方で青い光を消さないようににじり寄って、久しぶりって。約束覚えてたのかよって。近況報告みたいに、寒い真っ黒な砂漠の中で丸まって、朝が明けるまで話してた。相変わらず、由晴は自分のことは話さなかったけど」




 思い出すように顔をほころばせているアレンの表情は、由晴の面影を感じた。

 水輝(みずき)が、愛おしんでいた人。

 穏やかな人。

 飛雨(ひう)が慕い、嵐の叔父の浅海(あさみ)が舞を教えていた人。

 (ラン)を「お(ひめ)さん」と呼んだ人。



 ──お姫。ちょっと出かけることにしたから、飛雨と水輝を頼んだよ。



 嵐は浅海に肩車をしてもらっていたまま、由晴の頭をぽんぽんと撫でた。

 彼は笑う。優しい目尻が下がる。

 由晴の薄桃色の〝(またた)きの瞳〟は、蕾が開くように瞬いていた。



 由晴の不在は一週間。

 嵐が木のてっぺんに登って飛雨に叱られていたあの日は、由晴が帰って来る日だった。

 水輝が船着き場へ嬉しそうに向かっていったのを見送った嵐が、由晴の船を見ようとして見つけたのが、王様の旗の無数の船だったのだ。






「由晴は、嫌な感じがするから帰る──って。オレは、リシマがどうなっているのかしばらく知らなかった。国に見つからないようにふらふらしてる中で、リシマが滅ばされたことをカルラから聞いて、ようやく知ったんだ」


 アレンの声は、透き通っていた。

 自分の罪を正しく持ち続ける覚悟のようなものが、強く彼の中にあるのが見える。

 嵐の脳裏に、初めて会ったアレンが浮かぶ。


 ──強いね。生きることを選んだ君たちは、それだけで強い。


 アレンは、リシマが滅ぼされたことを知って半年、一人でどれだけのものを抱えてきたのだろう。

 自分たちがリシマの民だと知っても動揺せず微笑むことができるようになるために、どれだけの痛みを乗り越えてきたのだろう。


 嵐は思い出す。

 二人に跪いたアレンを。

 祈るように真摯に膝を折り、踊った舞を。

 あれが由晴が教えたものだったのだと思うと、遠い昔のその舞が、嵐の何かを癒やすようだった。

 あの夜に最後に二人を抱きしめて「オレは今度こそ味方になるからね」と言った声が、ゆったりと記憶に響く。


 優しい、覚悟のようなものだった。






「アレン」


 アレンは夢から醒めたような目で、飛雨を見た。


「どうして、由晴だと思うんだ」

「うん」


 アレンはゆっくりと頷きながら、首を撫でる。

 さらりと髪が流れた。

 きれいだな、と嵐は思う。由晴の瞳に似た色だ。


「オレ、リシマのことを聞いてから、ずっと黒砂漠にいた。カルラから迎えに来るって聞いてたのもあるけど──また、由晴と会えるような気がしたんだと思う。それからすぐだった。年に一度しか見えないはずの青い光が、何故か砂漠に出てきて……追いかけたら、その先に由晴が立ってた。対岸に、じっと。オレはそれを見て、幻だと思ったんだ。由晴は、リシマに帰って死んだと思ってたから。由晴も、そう言った」


 アレンは細く息を吐く。



 ──俺は死んだよ、アレン。だからこれからこの国を忌む。泥のような恨みの雨を降らせ続ける。この国を沈めるまで、やるよ。



「あの優しい顔で、笑いながら言ってた。オレは──オレはそれに、そうしな、って答えた」


 そうしな。

 その一言に、由晴は満足そうに笑った。救われたように笑んで、さようならと手を振って、背を向けたのだそうだ。

 アレンは目を伏せ、少しだけ笑った。


「馬鹿だった。ごめん」 

「──わかった」


 短く言った嵐を、アレンは凪いだ目で見た。

 もう全てを自分の中で飲み干したその顔に向かって、嵐は言う。


「じゃあ、由晴くんは生きてるんだね?」

「ん、多分。あれが幻じゃないなら」

「由晴だ」


 飛雨が呆れたようなため息を吐く。


「聞いてたらそうだとしか思えない。シトリアに降った長雨も、由晴の仕業だな」

「そういえば、得意だったね。こう、じっとり降り続ける雨。なんだっけ」

霖雨(りんう)


 嵐がふっと軽やかに懐かしむように笑うと、飛雨も笑う。


「由晴か……」

「生きてたんだ。そっか」

「どうする?」


 飛雨の声に、嵐は躊躇うことなく答えた。



「ノヴァを襲う前に、止める」







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