表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アダマスの船旗  作者: 藤谷とう
嵐の子
45/57

45





「呼べる、って」


 リストが呟く。


 信じられない、という響きだった。

 カルラはテーブルの中心から視線を外し、リストを見た。


「エトライで聞いた赤船の噂、覚えてます?」

「……あの最低な噂でしょ。人も天恵も殺して回ってるっていう」

「赤船の船員が言うには、ここ最近はそんなことをしていないそうなんです」

「していないって」


 あり得ない、と言わんばかりのリストが、カルラの顔をまじまじと見た。


「それ、信用できるの」


「はい。そもそも、リシマの血もない彼らができるのは〝(またた)きの瞳〟を通して()()呼びかけだけ──彼女(イオ)も嘘を付く必要はない状況だったので、彼が船長になってからは無用な殺生はしてこなかった、というのは本当なのでしょう」

「……」


 そう、と低く呟くリストの声は「なんであろうと罪は罪だ」と言っているようだった。

 満たされた食事を終えた(ラン)は、フォークを置く。


「……で?」


 嵐の仕切り直すような一言に、カルラはくすりと笑うと、ズレたショールをつまんで肩に掛けた。


「はい。つまり、まあ、他の船があるようなんですよね。気象空挺団の者も〝それが本当なら厄介だ〟と言っていましたし。天恵を呼べる、というのは、どうしても特別なことなので」


 リストは自分の怒りを撫で終えたように、顔を上げた。


「それってさ」

「ええ」


 言い淀むようなリストに、カルラは自らその言葉を使う。


「〝(またた)きの瞳〟はすべてシトリアの手にあります。それはもう厳重に──返すことができないほど、使われている。ですから、他に赤船のフリができる船がいるのならば、それは異常事態なんです。その身一つで天恵を呼べるリシマの民も、リシマの子孫も、この船の中にしかいないはずでしょう?」


 嵐と飛雨(ひう)、アレンとリスト。

 生き残っている四人が、それぞれ顔を見合わせる。が、一人だけ珍しく表情がじわりと困惑する者がいた。


「……アレン?」


 嵐が呼ぶと、アレンは顔を覆った。


「ごめん」


 そうこぼし、髪を掻き上げる。

 美しい形の眉が歪んだ。


「それ、心当たりあるかもしれない」

「どういうことです?」


 カルラが尋ねると、アレンは何故か飛雨を見た。


「オレの知ってる奴だと思う」

「リシマの民か?」

「……ごめん、死んだと思ってた。でも、今他に誰か生きてるっていうんだったら──雨であの王が死んだっていうんだったら──多分、知ってる」

「アレン」


 飛雨は落ち着いた声で尋ねる。


「そいつの名前は」

「……由晴(ゆはる)

「!」


 その名前に、嵐と飛雨は同時に凍りついた。

 嵐は思わず「由晴くん」と繰り返す。その親しい呼び方に、アレンは「やっぱり」と何かを飲み込むように目線を下げた。


「知り合い、だよね」

「水輝の──姉の婚約者だった男だ」

「……そっか」


 アレンは、深い息を一つ、ゆっくりと吐いた。





 王都の踊り子だったアレンは、リシマから舞を教えに来る由晴と交流を持っていたという。

 王都の祭事に呼ばれ、天恵の力を借りて軽い雨を降らせるリシマの民の後ろで踊るのだ。


 気が合う若者だった、とアレンは懐かしむように口にする。

 穏やかでいて、それにしては厳しい男。優しい顔で指先まで指導をしてくる、ちょっと本気すぎて怖い男だった、と。


 アレンは時折、王都からふらりと姿を消していた。

 一人で砂漠を歩き、一人で海岸を歩き、一人で草原を歩く。

 喜んで聞いてくれた由晴に、アレンはとっておきの景色の話をした。



 黒砂漠には、一面が青く光る時期がある。

 不思議なことに、それには一切近づけず、一定の距離から円状に光るそれを見ていることしかできないが、とても美しい光景なのだと説明すると、由晴は優しい笑みで「次の年にその砂漠で会おう」と無邪気に言ったのだそうだ。


 国がリシマの子孫を集めていると知ったのは、それからすぐのことだった。



「オレは逃げた。集められてるなんて碌なことが起きないとわかっていて、逃げた。あの時──ついて行って、大人しくしているふりをして、リシマを襲うシトリアの船を沈めるべきだったのに──リシマを知らなかったオレは、現実感がないままただ単に国に使われるのが嫌で、逃げたんだ」





 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ