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アダマスの船旗  作者: 藤谷とう
嵐の子
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「おーい、答えるんじゃねえぞー、イオ」


 オオギはカルラに首を絞められながらそう言うが、彼女は船長の命令よりも、愛する男の命を守った。

 震える声でカルラの質問に答える。


「……な、なにも、してない」

「はい?」


 カルラの声に威圧感が滲む。

 並外れた庇護欲と、愛情深さを持つ男から放たれた鋭い声に、嵐は思わず背中を見つめた。めずらしく怒っているらしい。


「なにもしていない、とは?」


 中途半端な答えに苛立ったように、オオギの首を掴むカルラの手に力がこもった。

 ショールの縁飾りが、揺れる。

 イオ、と呼ばれた彼女は、焦ったように駆け寄った。


「なにもしてないんだってば!」

「ではなぜ許可証を取り上げられているんです?」

「知らないの!! 何もしてないのに、私たちの船が天恵を呼んで売りさばいてるって、そういう噂を鵜呑みにされて……!! そんなことできないのに!!」

「イオ」


 オオギが冷静な声で彼女の言葉を遮る。一瞬の沈黙の後、カルラが鼻で笑った。


「……何も、していない? あなた方の船が?」

「……」

「天恵に凄惨な仕打ちをする赤船が?」

「……」

「ここ数ヶ月、特に酷かったようですが。エトライで聞いた限り──気象空挺団の落とした天恵を他の船が切り刻んでいるところに現れて、その者共々殺した、とか──渇水している地域に赴いて瞳を使って雨を降らせたあとで金品を強奪する、とか。やりたい放題じゃないですか。昔と変わらず」

「そんなことしてない!!」


 イオが怒りのこもった目で叫ぶ。


「船の主がオオギに変わってから、金貨が必要な時しかしてない!!」

「天に帰ろうとしている天恵を貫くのが、金貨が必要なときですか?」

「──どんなに汚いことをしたって、(かね)(かね)だ」


 オオギが笑う。


「きれーな(かね)だけじゃ、生きていけねえんだよ。オマエ、わかんないの? 恵まれてんね」


 カルラの手の力がふっと緩まったらしい。

 オオギはそれでも、そのままカルラに首を掴ませていた。それが一番カルラを攻撃できることだと知っているように、寛いだ目で見ている。


「生きていくため必要なら、神様とやらの遣いだろうとなんだろうと、毛を毟って目玉くり抜いて、皮剥がして売るんだよ。でなきゃ死ぬだろ。俺達が死ぬじゃん。家畜の肉売るのと、何が違うんだよ」

「……」

「きたねえ金だから、何?」


 カルラの手が離れる。


「──でしたら、彼らに投降したらどうです。自分の口で何もしていないと言えばいいでしょう」

「オマエ、本当キレーね」


 侮蔑の見上げるように見たオオギは、カルラの方をトンと指で押した。

 カルラがふらつき、アダマスの船首に戻る。


「あいつらが聞くわけねえじゃん。オマエラだってそうなのに。船員がどんな扱いされるかわかったもんじゃねえって。だったら沈めて潔く死ぬっつうの──〝豪雨〟」


 

 オオギが空を見る。


 まだ攻撃してこない気象空挺団の船の上から、容赦のない雨粒が──降っては、こなかった。


 空は明るく、ただのっぺりとした気象空挺団の船底が見えるだけだ。


 イオが不安そうに空を見て、オオギはハッとしたように自分の腕を見る。



「!」



 (ラン)は微かに笑った。

 ようやく気づいたらしい。

 黙って捕まるわけがない。

 女であると油断したときにも、首を腕でしめられたときにも、後ろ手に拘束されたときにも──さりげなく何度も彼の手首に触れておいた。親指を折るついでに抜き取っておいたのだ。


 嵐は手にした腕輪を、オオギに見せつけるように振る。

 オオギの顔は爆発的な怒りに染まり、嵐に殴りかかろうと大きく足を踏み出し、アダマスに乗り込もうとした。


 が、カルラによって船は後退する。


 オオギの足が宙に出そうになった寸前で、イオは必死に腕を掴んで引き寄せた。

 オオギは構わないようにイオを振りほどこうと藻掻く。


「オオギっ、危ないから、だめ!」

「放せ!! 腕輪が!!」

「!」

 イオが嵐を激しく睨んだ。


「最低……!! 最低!! それはうちの目なんだから!!」

「きれいなやり方なんてない。そうなんでしょ?」


 嵐が言い返すと思っていなかったのか、彼女は喉をひくつかせた。


 〝(またた)きの瞳〟を「目」だとのたまうことは許せない。嵐の無表情の中にある怒りに触れたように、イオがオオギにしがみついて歯を食いしばる。

 オオギは嵐を獲物を見るような目で見ていたが、それはカルラの背中によって遮られた。


 前に立つ彼の背中には、もう冷酷な気配はない。


「大人しく投降するんですね──ほら。来ましたよ」


 カルラが上を指差す。


 気象空挺団の甲板から、二つの影がひらひらと降りてきていた。


 

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