35
天恵を討つ船は、赤船を含めて六つ。
そのどれもがシトリアが最初に空を飛ぶことを認めた船であり──忠誠を誓った代わりに〝瞬きの瞳〟を授けられている。
六つの船は気象空挺団の補助的な役割であり、彼らが駆けつけられないときだけに緊急的に力を振るうことが許されていた。
が、赤船だけが異質なものに変化した。
金に変わるとわかるやいなや、彼らは瞳を手に天恵に手を出してきたのだ。
船を大きくし、力を振るい、天恵を剥ぐ。
民に恵みを分け与えるとのたまい、義賊のような振る舞いから、何故か民から熱狂的に指示を得た。
気象空挺団が手を出せなくなるくらいには、彼らは最初はうまく立ち回っていたのだ。
いつからか腕輪を奪ったものが船長になるという、ただの賊に成り果てたが。
交代を繰り返し、船底は真っ赤に染まっていてもなお、気象空挺団は彼らを「力」として頼っていた。
「──ルベウス。投降しなさい。許可証を返さなければさらなる実力行使に出ます。こちらは気象空挺団。ルベウス。投降しなさい。許可証を返さなければ──」
繰り返される無機質な声に、オオギは顔を上げる。
大人しく従う気があるとは思えない歪んだ笑みだった。後ろで控える女が呟く。
「うぜえ船。違うって言ってんのに」
彼女の声に、カルラがぴくりと反応し、アレンは嵐を回収しようと手を伸ばす。
が、オオギが先に嵐の腕を掴んだ。無骨な手で引き寄せられる。
「おいガキ。オマエ、人質になれ」
「!」
アレンが嵐の手を掴もうとしたところで、オオギは嵐を抱き寄せ、首を腕で絞めた。
「っと、待って、カルラ!」
アレンが焦ったようにカルラの前に出る。
オレンジの上の女が嵐の件を乱暴に取り上げると、カルラの手が更にきつく握られた。アレンがパッとカルラの口を塞ぐ。
「はいはーい、落ち着いて」
「そうだよ。落ち着いて」
オオギの左手で後ろで両手を拘束された嵐がコクンと頷くと、オオギは鼻で笑った。
「おいおい、オマエ本当に不気味なやつだな。捕まってるくせに──つーか、男にしては細くねえ? 声も」
ぐい、とフードを外される。
嵐の美しく丁寧に結われた白い髪が繊細な刺繍の髪留めでまとめられているのを見たオオギの目が、驚きに見開かれた。
「……」
「は? 女?」
「離して」
「いやいや、女?」
ぐい、と顎を掴まれて上を向かされた嵐は、左の灰色の目でオオギを睨みあげる。
野蛮の限りを尽くしているはずの男の目は、意外のことに奥が澄んでいた。
まるで汚い姿が偽りのように、少年のような目をしている。
思わず笑う。
「……」
「オマエ、名前」
名前は、と尋ねてきたオオギの顔に、大きな手がぺたりと触れる。と、同時に指先に力がこもったのか、ぎゅ、と頬が凹んだ。
「手、離してくれません?」
カルラだ。
「その血に染まった汚い手を、離してくれますよね?」
メキメキと力が入っているらしいが、オオギはまだその手の隙間から嵐を見ていた。
やけにしつこい目が、にやにやと笑っている。
「──いい加減、抵抗しなさい。怒りますよ」
カルラの声が本気である、と察した嵐は両腕に力を込めて拘束を解くと、素早く自分の顎を持つオオギの親指をあらぬ方向に曲げ、折った。
「っ!」
「アレン」
「はいはい、おいで」
アレンにさらりと身を回収された嵐は、フードを被せられ、アダマスの船首に戻される。
「あのままで良かったのに」
「人質になったあとで一人で沈めるつもりだった?」
あっさりと見抜かれた嵐が黙ると、アレンは笑いながら空を指さした。
「ばかだね。今から沈むのに」
「──ルベウス。投降しなさい。許可証を返さなければさらなる実力行使に出ます。こちらは気象空挺団。ルベウス。投降しなさい。許可証を返さないとみなし──これより実力行使に出ます──アダマス。引きなさい」
気象空挺団の警告が変わっても、カルラはオオギの顔を掴んだまま動かない。
爪が真っ白に変わるほどに力を入れ続けながら、オオギから目を話さない。オレンジの髪の女はカルラに気圧されているのか、額に汗をにじませながら拳を握りしめているしかできないらしい。オオギはカルラと睨み合い、ピクリとも動かない。
その顔は獰猛な獣のようでもあり、意地を張る子供のようでもある。
「──カルラ」
今度は嵐が呼ぶと、カルラの力は弱まった。
「こっちに戻って。気象空挺団がやる」
「……その前に、一つ」
顔から手を放したカルラは、そのままゆっくりとオオギの首を掴んだ。
女に微笑みかける。
「答えなさい。違う、とはどういう意味です?」




