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アダマスの船旗  作者: 藤谷とう
嵐の子
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 〝(またた)きの瞳〟の交換は禁忌である。

 同時に神聖なものだ。


 リシマでそれを許されるのは、お(やしろ)を継ぐ夫婦のみ。

 (ラン)は、飛雨(ひう)の両親の鏡写しのような瞳が好きで、その穏やかで愛に満ち溢れたその瞳が好きで、二人が揃っているところをそっと見ていた。

 そこにひょっこりと彼女がやってくる。


 ──嵐?


 水輝(みずき)ちゃん。

 そう呼び返すと、彼女の木漏れ日のような瞳が細くなる。


 ──またお母さんとお父さんを見てるの? ってことは……飛雨はいないのね。崖の方に花を摘み行ってるのかしら?


 うん、と幼い嵐は白猫のぬいぐるみを胸に頷く。

 いつもはどこでも連れて行ってくれる飛雨だが、まだ幼い嵐にとって危ない場所は絶対に連れて行ってくれない。こうしてお(やしろ)で留守番をしなければこっぴどく叱られてしまうのだ。

 水輝が嵐を抱き上げる。

 彼女の穏やかな目は、両親を心から尊敬していた。

 二人はいつ見ても仲睦まじく、微笑み合い、労り合っている。


 ──嵐。飛雨と、瞳を交換しようって話したんだって?


 水輝が優しく尋ねるので、嵐は素直に頷いた。彼女の笑顔が、今度は困ったものに変わる。

 だめなの? と嵐が聞くと、彼女は躊躇った後でゆっくりと丁寧に話してくれた。


 ──だめなんじゃないよ。嵐が家族になるのは嬉しい。でもね、瞳の交換は──一度したらもう戻せないの。それに……人生を、大きく変えることになるんだよ。昔はね、沢山の人達が瞳の交換をしてたんだって。でもね……人の、気持ちは、変わるんだ。そうなったときに……瞳を交換してしまった人たちは、苦しんじゃったの。どんなに辛くても、離れられなくなるから。心がばらばらになるくらい、苦しくなるって。だからもう、してはいけないよってことになってるの。


 幼い嵐は彼女の言葉は理解できても、話が理解ができない。

 水輝は眉を下げて微笑んだ。


 ──素敵なことなんだけどね。心を超えて愛し合えるなんて。


 優しい彼女の眼差しの向こうに、花を抱いた飛雨が帰ってきた気配がして、嵐はぴょんっと背中を伸ばした。

 気付いた水輝が嵐をそっと下ろす。


 ──嵐。大好きだよ。あなたの瞳を大事にしてね。



 笑う。

 水輝が笑う。

 その顔が、嵐は大好きだった。









 じっと空を見る。

 彼女の瞳のような木陰は、この空を飛ぶ船ではなかなか見ることができない。

 それがさみしくて、だけど安堵する。

 

「……」


 アレンが操舵室に戻ってしばらくして、足音が聞こえてきた。

 彼のことだ。まだ寝てるからそろそろ起こしてきて、とあの顔であっさりと嘘をついたのだろう。


「……」


 嵐は目を閉じた。

 心が自然とそうしていた。


 ──これからどうするのか。どうしたいのか。


 どうもこうも、わからない。

 そうとしか言えなかった。


 ふいに、最初で最後の編み物をしたときのことを思い出した。

 十二のときに、街に降りたシュナが毛糸をたくさん抱えて戻ってきたことがあった。リストと二人で「分けてもらっちゃった」と嬉しそうに戻ってきたシュナに、嵐はそれをどうするのかと聞くと、彼女は見せてくれたのだ。

 たった二つの棒で出来上がっていく。

 するすると糸をかけながら、器用に棒を動かしていくと、ふわりとした温かな布が編み上がっていった。


 嵐がじっと見ているのを見たシュナに優しく「教えようか?」と言われ、その頭はこくんと頷いていた。

 毛糸を選び、教えてもらう。

 シュナは何故か不思議そうだったが、嵐は選んだ灰色の毛糸と戦った。

 単純な繰り返しで編めていく、簡単なもの。編み目の大きさもバラバラの不格好な大判の布を、嵐は心折れることなく淡々と編み上げた。最後に首を傾げていた嵐は、すでにいくつも作り上げていたシュナのクッションカバーの縁飾りをどうするのか教えてほしい、と頼むと、またシュナは不思議そうにしていたが、快く教えてくれる。


 出来上がったショールを、珍しく達成感のある表情をして見ている嵐に、シュナが聞いた。


 ──ランちゃんが使うの?


 嵐は首を振る。

 シュナはさらに困惑した顔をした。


 ──? じゃあ……





「アレンになにか言われたんですね?」


 顔にふさふさとしたショールの飾りがかかる。

 くすぐったくて目を開ければ、屈んで嵐を見下ろしているカルラがいた。




 ──じゃあ……誰にあげるの?


 誰って。カルラだよ。

 嵐はそう即答した。

 最初から、カルラに編もうと決めていた。心でも頭でもなく、何かがそう嵐を動かした。




「いじめられましたか」



 笑う。

 カルラが笑う。

 その顔が──読み取りにくいはずの表情が、何故か好ましかった。






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