25
甲板で寝転がる嵐を、シュナが「おーい」と上から覗き込む。
「シュナ」
「ご一緒してもいいですか?」
かしこまった聞き方をする彼女に、ひらひらと手招きすれば、シュナは嵐の隣に座り、ごろんと横になった。
午後の日差しが眩しく、二人して目を瞑る。
「美味しかったね、おやつ」
「うん。ありがとう、シュナ」
「あたしは手伝っただけだよー」
くすくすと笑う声があまりにも可憐だ。
そこに、さらに足音がやってくる。
「気持ちよさそ」
「アレンさん」
「お昼寝?」
「うん」
嵐が頷くと、アレンも甲板に横になり、シュナを挟んで三人が寝転がった。
「え、あたしが真ん中?」
「だよね、ラン」
「うん」
二人同時にシュナの手を取り、つなぐ。
「なんだろう……すごいモテてる気分……」
「大好きだから。ね、ラン」
「うん」
「だ、大好きかあ……」
アレンの「大好き」が、生物としてであることはわかっている。彼の愛はなんというか、広いのだ。
彼の存在がリストやシュナを癒やしたと言っても過言ではない。
嵐は彼に対してある種の尊敬を持っていた。
嵐だけではなく、船の全員がそうだとも言い切れる。
「うれしいなあ。でも」
「〝忌避の子〟なんて関係ない。シュナはシュナ」
手を離そうとしたシュナに、アレンの声がやわらかく響く。
〝忌避の子〟──天恵に嫌われた子。
その力も、その恵みも、何故かすべてが効かない。
その言葉だけが独り歩きし、不吉なことが起これば真偽にかかわらず「忌避の子だ」と烙印を押しされ、疎まれてきた。
ところが、〝天恵の子〟が存在しないとされる今、必要とされているのは、天恵に嫌われていると言われる〝忌避の子〟だ。
天恵の力を無効にする彼らによって、残骸を保存する六角形の瓶も作られるし、神聖な身を裂くナイフも作られる。
今はどこもかしこも、〝忌避の子〟を探し出そうと血眼になっている。
シュナは──王都に生まれていれば、それはそれは華やかな生活をさせてもらえただろう。
城に呼ばれ、そのうち王子様と結婚までしたかもしれない。
しかし、彼女が生まれたのは王都の威光も噂話も届かないシトリア南部の小さな村だった。
リシマが滅ぼされて二年。
シュナが十六の年、村には雨がほとんど降らなかった。
各地に天恵が落ちてくることもある中で、雨が極端に降らなくなる地域も出てきていた。
当時のシトリアは「独占されてきた恵みを分け与えることこそが正義である王家の使命」と掲げ、どんな辺境な村にも使者を送り、雨の天恵の目の鱗を分け与えた。
その使者が来た翌日、シュナが〝忌避の子〟であると発覚する。
彼女が興味本位で手にしてしまってすぐ、その鱗がほろりと崩れたのだ。
シュナが村外れの小屋に押し込められて、四日。
情もあったのだろう。小屋に火を放った村人たちはシュナの死を見届けることなく逃げたが、それが彼女を助けた。
上空に、アダマスの船が通りかかったのだ。
リストのためにリシマに向かう途中のことだった。
シュナが嵐とアレンの手をぎゅっと握る。
「あたしね、初めてランちゃん見たとき、かわいい、って思ったんだ」
シュナが思い出すように深く息を吐くと、アレンも笑った。
「うん。あれはちょっとかわいかった」
「だよね!」
「リストの頭ぎゅうぎゅうに抱きしめてたやつ」
「そうそう。リストもしがみついていたのを見てね──なんってかわいいんだろうって。ああ、かわいいなあって。そう思えた自分が、まだちゃんと生きてるんだなって思って嬉しかったの、すごく覚えてる」
嵐も、覚えている。
リストと同じような瞳をしていたシュナが、ボロボロのまま綺麗な涙を流したのを。
飛雨は彼女の背中を撫でていたし、アレンも頭を撫でていた。
あの頃も、今も、シュナを慰める言葉が嵐には見つからない。
それでも、彼女が今ここにいることがどれだけ嬉しいか、伝わればいいと嵐は心から思う。
「──……激動の一日だった」
考えた末に出た嵐の言葉に、二人が愛おしそうに笑いだす。
「確かに」
「ランちゃんは、カルラさんと一緒だったんだっけ?」
「うん」
シュナを助けたのは、飛雨とアレンだ。
リストを助けるためにリシマに向かう船の上から、その小さな火に気づいた。
カルラが〝遠見の瞳〟で燃やされる小屋を見て呟く。
──あの中に子どもが。
それを聞いた瞬間に、飛雨は船から身を乗り出したのだ。




