第9話 まずは実戦より始めよ
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リュシアの練習成果のお披露目。そして森の魔獣調査への同行を賭けた模擬試合の結果、リュシアは無事にその権利を勝ち取った。
訓練場の真ん中で、対戦相手であるラミアンに挨拶をする娘の姿を眺めながら。父であるレオンハルトの顔に浮かんでいたのは、娘の成長への喜びとは少し違った感情だった。
「……リリアンヌ」
「何だい?」
隣でリュシアの模擬戦を観戦していたリリアンヌに、重苦しく声をかける。
「お前、何をした?」
「何を、とは? 君だって知っているだろう。私が持っている闇魔法の知識、そして経験を教えただけさ」
「それで納得できないから聞いているんだっ」
レオンハルトが少し声を荒げる。
それを受けても、リリアンヌは柳に風と受け流し、視線はリュシアの方を見たままだった。
「一か月だ……魔法を教え始めてから、まだ一か月にも満たない。それなのにだ。制限があるとはいえ、うちの守備隊の隊長を追い詰めるほどの力量を示した――」
レオンハルトは、先ほどの試合内容を振り返る。
前半、リュシアが複数の魔法を同時に使用したところで、まず一つ驚かされた。その中に、闇魔法の中でも高難度である、影を操る魔法が含まれていたことについてもそう。
また詠唱を省略して魔法を使っていたことも。
日々の練習の成果は口頭でセシリアやリリアンヌから聞いていた。だがそれを現実として見たとき、改めて驚かされたのだ。
この時点までは、驚きつつもまだ落ち着いて見ていることが出来ていた。
短期間でこれだけの成長をしたことに、父親としても、魔法師の先達としても、喜ばしい気持ちで見守っていた。
しかし、後半。
訓練場中に散らばる闇球と、空いっぱいに広がった闇剣。それを影の魔法を併用しながら発動したことに、驚愕以上の感覚を覚えていた。
魔法の多重起動は、使用者の魔力量は当然だが、加えて相応の魔力コントロールが必要になる。数が増えれば増えるほど難しくなるそれを、あれだけの数でこなす……
明らかに、魔法を始めて数週間の子どもの力量ではなかった。
学生時代からリリアンヌと交流があり、闇魔法の知識もそこそこ有している。ゆえにリュシアが使った魔法の難度に関しても、おおまかに把握しているつもりだった。
だからこそ、自分の経験と照らし合わせて、それらの習得にかかる時間を計算した結果――成長速度が異常だと判断したのだ。
「聞き方を変えよう。リュシアに一体何があった? 少し前まで魔法に触れたことすらなかったあの子が、何故あれほどまでに……」
そんなレオンハルトの疑問に対し、リリアンヌはその答えを何でも無いことのように言い放った。
「才能――それだけだよ」
「……」
「信じられないかい?」
「っ…………」
「でも私は師匠として、リュシアの成長を直に見ていた。そんな私から言わせてもらうなら――あの子は天才という言葉すら生温い、本物の才能の持ち主だ。その証明が、さっきの試合さ」
リリアンヌが試合前、リュシアに与えた作戦は非常にシンプルだった。
訓練場という開けた空間、そして日中という環境は、闇魔法師にとってあまり相性が良くない。だからまずは、自分の戦い方に適した環境を作ることが大切だ――と。
そんな魔法師として、敵と戦う為の心得のようなものを伝えただけ。
後は、その大半をリュシアが自ら考え、そして実行した。
魔力量によるゴリ押しな部分はあったにせよ、それぞれの魔法を使いこなす姿を見て、リリアンヌは終始満足気な表情で見ていたり……
「……それほどか?」
「ああ、それほどだよ」
リリアンヌの迷いの無い言葉を聞いたレオンハルトは、ようやく何かが腑に落ちたようだった。眉間の皺が薄くなる。
「――という訳でだ。約束通り、魔獣調査への同行は許してもらうよ。あれを見て、実力不足だなんて言わないだろうね?」
「分かっている……仕方ないか」
「よしっ! これでリュシアとより深く闇魔法を探求できるね!」
「ほどほどにしておけよ。お前は昔から、魔法を前にすると周りが見えなくなる。だからそもそも、私はお前を教師に付けることに――」
そうして森の魔獣調査へ、同行が決まった訳だが。
もちろん、すぐに連れている訳ではない。
レオンハルトは一つ条件を付けた。
それは、出発までに実戦をこなすこと。
調査では高確率で魔獣との戦闘が予想される。いざその場面になったとき、足が竦んで戦えませんじゃ意味が無い。ゆえに、本番である調査の前に、しっかりとそれを経験しておけ、という訳だ。
リリアンヌもそれに同意し、そうしてリュシアの危険な散歩が決定したのである。
なんやかんやあったけど、魔獣調査への同行が認められましたっと。
お披露目の後、お父さまやお母さま、それにリリアンヌ師匠から、魔法が上手くなったとめっちゃ褒められた。特にお父さまは、少し見ない間に随分と成長した。凄いぞ!みたいなニュアンスで、珍しく笑っていたのが印象的だったなあ。
正直、やっぱり自分のレベルがどれぐらいかって分からないじゃん?
周りにいたのは、リリアンヌ師匠とお母さまだけ。二人ともあくまで先生って立場でお手本は見せてくれるけど、腕を競う相手では無かったし。まあ私よりずっと上手なのは、間違いないけどさ。
だから、これまでの自分の成果が認められた感じで、私も嬉しかった!
そんなルンルン気分でいたところに、お父さまから魔獣調査に同行する、追加の条件が言い渡された。
その条件とは……街の外に出て実際に魔獣と戦ってくること。
これを聞いたとき、正直マジかっ!?って気持ちが大きかった。
お父さまに曰く、実力は確かめさせてもらった。だがいざ本番を前にした時に、動けないのでは意味が無い。だから魔獣と戦うということに慣れて欲しい、とのこと。
……まあ、そりゃそうかぁーって感じだった。
でも、生まれてこのかた前世も含めて。私は喧嘩らしい喧嘩をしたことがない。ああ口喧嘩は例外ね。いわゆる拳で語り合う系の喧嘩だ。というか今時、そんなのを経験してる方が珍しいんじゃない?
それはともかく。つまり、生き物相手に生身で戦うって経験が一切無いのだ。向こうの世界で例えるなら、今から森に行って熊と戦って来いとか、そんな感じか。
で、出来るのか……?
確かに魔法っていう凄い力はあるんだけどさ。
いや、本当に今更なのは理解してるんだけどねっ!?
ほら、試験前は全然よゆーだと思ってても、いざ一週間前ぐらいになると緊張するでしょ。それと同じだよ。
ま、まあでも、リリアンヌ師匠と一緒なら――ってことで、今日は街の外にやって来た。
「おぉー……」
街を囲む大きな壁を抜けた先に、広がっていたのはだだっ広い平原だった。
そういえば、リュシアってほとんど街の外に出ない子だったんだよねぇ。
ほとんど家、たまに家の外。ごくたまに街の中。
そんな感じだからか、街の外の景色を見て、ちょっとした感動があった。
「広い……」
「そりゃあ君の家は侯爵家なんだ。上から数えた方が早い上位貴族。それなりの領地を持っているさ。ちなみに向こうの山まで、エクレール侯爵領だったはずだよ?」
「あそこまでっ!?」
リリアンヌ師匠が指差したのは、平原を超えて、その奥の森を超えた先にある山。上の方は雲の中に入ってて、霞んでいる。
「本当ですか!?」
「どうなんだい?」
「その通りですよ。あの山の手前側の半分までが、エクレール侯爵領です」
「へぇ……!」
「まあ広いとはいっても、人よりも自然の方が多いですからね。意外と大変じゃ無かったりするんですよ。その代わりと言ってはアレですけど、今回みたいなことも起こりますけどね」
そう答えてくれたのは、守備隊から私達の護衛として来てくれたカザックさんである。
お父さまに今日行ってくるってことを伝えたら、連れて行けって付けてくれた。
「カザックさん。今日はよろしくお願いします!」
「そんな畏まらなくてもいいですよ。むしろお嬢様にそんなことされたら、こっちの方が緊張しちゃいますよ。普通にカザックって呼んでくれて大丈夫です」
「それじゃあ……よろしく、カザック!」
「こちらこそ、本日は精一杯護衛を務めさせていただきます。と言っても、お嬢様に護衛なんて必要なのかって感じですけど。昨日の隊長との戦い、凄かったですからね~」
カザックさ――カザックは、何というか雰囲気の柔らかい人? ラミアンさんに比べると、かなり緩いというか。良く言えば気の良い人、悪く言えばチャラい感じの人だ。
そんな感じで軽く自己紹介を済ませて、早速私とリリアンヌ師匠はこの後の行動を確認した。
「さすがにこの状態で森に入るのは危険だからな。その手前まで行けば、魔獣の二、三体ぐらいいるだろう。カザック殿、そこら辺どう思う?」
「そうですねえ……夜ならともかく、昼間は平原の魔獣は少ないですから、森付近まで行くのは良いと思います。あの辺りだと少し歩けば遭遇しますし。今の時期だと、スライムとか、ホーンラビットとかがいると思います」
「ふむ。初狩りの相手としてはちょうどいいな」
そうして街道に沿って森の方へと歩き始める。
天気も良いし、気温も心地いい。これだけ見れば完全にピクニック日和なんだけど……今から魔獣と戦いに行くんだよなあ。
森の景色が近づいてくる度に、色んな意味でわくわくとドキドキがやってくる。
そうして歩き続けると、いよいよ平原と森の境に近づいてきた。かれこれ街を出発してから、20分ぐらい歩いたと思う。
その頃の私はといえば――
「ぜぇ……ばぁ……」
分かりやすく疲労困憊していた。
「リュシア、君はもう少し体力をつけるべきだね」
「あー、普段から運動してないと、この距離はキツかったですよね。馬車を使うべきでした。そこまで頭が回ってなくて、申し訳ないです」
「はぁ……そ、そんなこと……ふぅ、ないです。私こそ……貧弱で、すみません……」
ヤバい、自分の体力を完全に過大評価してた。
まさかここまで体力が無いなんて……
そ、そりゃ確かに、半引きこもり状態だった私に、まともな体力があるとは思っちゃいなかったさ。にしても、たかだか10分や20分ぐらい歩いただけでこの体たらくなんて……情けないよっ!!
「これは、今日は引き返した方がいいですかね?」
「ふむ……リュシアはどうしたい?」
「ふぅ……いえ、大丈夫です。行けます!」
「お嬢様。あまり無理しない方がいいと思いますよ? 今日じゃなくちゃいけないなんてことはありませんし。確かにあまり時間はありませんけど、次は馬車で来て体力を温存しておくことも出来ますし」
「確かにそうかもだけど、でも、大丈夫! ちょっと疲れたぐらいで、まだ全然動けるからっ!」
そう答えると、カザックは助けを求めるようにリリアンヌ師匠に視線を向ける。
「いいじゃないか。この状況でもしっかり戦うことが出来れば、それはそれでいい経験になる。何より、本人が大丈夫だと言っているんだ。そうだろう、リュシア?」
「はい!」
「……分かりました。でも、あまりにもな場合は止めますよ? 閣下からも、お嬢様が無理をさせないよう言われてますんで」
カザックも、言いたい事はあるものの、何とか飲み込んだって感じで納得したようだ。
よし、いざ魔獣を求めていくぞっ!
いかがでしたでしょうか?
まずは魔獣と戦ってみよう!ということで、リュシアの体力の無さが発覚しましたねぇ。ていうか、この話は一話で終わらせるつもりだったんですけど、ちょっと長引いてしまった……
じ、次回で終れるように頑張りますっ!
次の更新予定は『10・3(金)』を予定しています!
それまでお楽しみに!




