第6話 領地で起こっている問題
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リュシアの足元から伸びた影が、床からのっそりと立ち上がる。平面から立体へ。立ち上がったそれは、真っ黒ではあるものの、リュシアと同じ背格好をしていた。
そんな立体影法師は、リュシアと正面から向かい合うように立っている。そしてリュシアが腕を動かせば、同じように腕を動かし。足を動かせば、足を動かし。首を傾げれば、同じように首を傾げた。まるで鏡合わせのように。
「ほんとに同じように動く。師匠、これ凄いです! 面白い!」
「うむ、良い感じだ。練習を重ねれば、自分と完全に異なる動きを取れるようにもなる。そうすれば、かなり愉快なことが出来るようになるぞ」
「なるほどぉ……!」
リュシアは面白そうな顔をしながら、再び影法師に向き直る。どうやら自分と違う動きをさせようとしているようだが、あまり上手くいっていない様子。ただ顎に手を当てて悩んでいる様子や、首を傾げている様子も影法師が再現してしまっているから、見た目には何だか可愛らしい風景だった。
そんなリュシアの様子を見ながら、リリアンヌはセシリアの隣に並ぶ。そして口元に笑みを浮かべながら、話しかけた。
「全く。本当に驚くべき成長スピードだ。リュシアの前では天才という言葉すら、陳腐に聞こえてくる。まさか、もう影の操作が出来るようになるなんて。ああいうところは、君や侯爵。両親の才能をいかんなく受け継いでいるようだ」
「それ嫌味かしら? 見てて分かるでしょ。あの子の方が、私よりもずっと優秀よ。扱いが難しいはずの闇魔法で、あそこまでの成長スピードを見せるんだもの。それはあなたが一番よく分かってるでしょ?」
「まあね。この調子だとすぐに私が教えることは無くなりそうだ。逆に私が教えを乞うことになりそうだよ!」
「その割には嬉しそうだけど?」
「そりゃそうさ! 私より遥かに才能のある闇魔法師の卵が、目の前にいるんだ。これを喜ばずして、魔法師とは名乗れないよ。リュシアと一緒なら、私も見たことが無い遥か高みへ行けるかもしれないんだからね」
二人は羨ましそうな、それでいて微笑ましそうに目を細めてリュシアを見ていた。
視線の先のリュシアはといえば、少し。ほんの少しだけ。自分と影で異なる動きをさせることに成功していた。ただし、その動きはぎこちなく、まだまだ練習と上達の余地はありそうだった。
その顔に浮かんでいるのは、笑顔。目の前の魔法が楽しくてしょうがない! そんな真っ直ぐな感情が見て取れる。魔法の練習、その試行錯誤すらも楽しんでいる様子は、新しいおもちゃを与えられた子どものよう。
いや、実際そうなのかもしれない。
魔法などが無く、全てが科学で完結していた記憶を持つリュシア。
彼女にとって魔法は空想の産物であり、それを行使することはゲームのような感覚なのかもしれない。
そんなリュシアを尻目に、リリアンヌの顔がふと真剣みを帯びた。
「ところで、セシリア。さっきも言った通り、リュシアの成長スピードは私の想像以上だった。そしてあの子を教える中で、あの子の人となりもおおよそ見えてきた……だから、そろそろあの魔法を教えようと思っている」
リリアンヌの口から出た「あの魔法」という言葉。ぼかして言われたそれを、セシリアはすぐに理解したようだった。そして、先ほどまでの微笑みが鳴りを潜め、こちらも真剣な顔となる。しかしリリアンヌと違うのは、その中に不安が隠しきれていないことだ。
「……まだ、早いんじゃないの?」
「確かに、魔法を学んでからの日数で考えれば早いかもしれない。しかしリュシアの年齢で考えれば、ちょうどいい。いや、むしろ遅いぐらいだ。それに、一応私は学院の教授という立場だからね。どんなに引き延ばしても、一年いられるか、いられないか。その間に、出来る限りをあの子に伝えておきたい」
「そう、ね……」
「それにセシリア。仮に精神干渉の魔法を教えたからといって、リュシアがそれを悪用すると思うかい? 短い付き合いだが、私はリュシアはそんな子ではないと思っている。そうでなかったら、教えようなんて言ったりはしないさ」
「それは勿論、あの子がそんなことするはずないと思ってるわ……そうね。魔法は所詮、力。力を使う者がその善悪を決める。先生もそう言ってたっけ。そういえば先生は元気にしてる?」
「むしろ元気じゃない姿が想像出来ないね」
「ふふふ、そう……分かったわ。リュシアがそれを受け入れるなら、精神干渉の魔法も教え始めましょう。もちろん、すぐにって訳じゃないのよね?」
「そうだねえ、あれは魔力コントロールが難しい。影の魔法でもう少し様子を見つつ、という感じになるかな。まあ、あの様子なら一週間もかからないと思うけどね」
視線の先で、リュシアは自身が作った影法師とじゃんけんをしていた。しかも二人が出している手は別であり、一見すれば一人で操っているようには見えないほど自然だった。
その上、どうやら勝ったのはリュシア本体だったようだが、喜ぶリュシアに対し、影法師は落ち込むような動作をしている。
ちなみにだが、この世界にはじゃんけんというものは存在していない。
そのため、セシリアとリリアンヌの二人は、リュシアが何をやっているか分かっていなかったりする。何か遊びをしているのは予想がついたぐらい。
こうして大人組が教育方針でシリアスな雰囲気になる中、何も知らないリュシアは呑気の自身の影で遊んでいるのだった。
それから数日後――
リュシアの父、レオンハルトは、最近領地の民から上がって来る陳情に耳を傾けていた。
その内容とは、魔獣が畑を荒らしたり家畜を襲う被害が増えていること。
これまでも全く無かった訳ではない。魔獣が住む森が近くにある以上、それに関しては仕方ない。しかしその件数が、これまでと比べて倍以上に増えていた。
そしていくつかの陳情を見比べると、その原因たる魔獣の正体も分かっていた。
「ゴブリンか……」
ゴブリン。
緑色の肌を持つ人型の魔獣だ。人間の子どもほどの大きさしか無く、強さでいえば魔獣の中でも下位に位置する。
しかし面倒なのは、その生態にある。
ゴブリンは基本的に群れを作る。そして繁殖力が非常に高い。小規模ならものから大規模なものまで。規模こそ様々だが、大なり小なり群れで行動する。そして群れは、放置しておくと瞬く間に拡大していくのだ。それこそとんでもない速さで。
レオンハルトもそこら辺はよく分かっている。
ゆえに魔獣の被害、特にゴブリンによる被害が出た場合は守備隊を使って、重点的にゴブリンを掃討させた。
だが、ここにきてそのゴブリンによる被害が増えている。
それは、この領地で大規模なゴブリンのコロニーが発生した可能性を示唆していた。
「厄介だな。巣の発見と殲滅を急ぐ必要があるか」
領地の守備隊と打ち合わせをすべく、侍従に守備隊の隊長を呼びに行かせてすぐのことだった。
誰かが執務室のドアをノックした。
まさかもう呼んできたのか?と入室を促せば、入って来たのは彼の娘のリュシア。そしてリュシアに闇魔法を教える教師であり、かつての同級生でもあるリリアンヌ。そして妻のセシリアの三人だった。
「どうかしたのか?」
「少し相談があって来たのですが……何かありましたか?」
何となく空気を察したらしいセシリアがそう問いかける。
リュシアやリリアンヌがいる状況で話すべきか逡巡したのも一瞬。別に構わないだろうと、さっきあった出来事を三人に話して聞かせた。
「ゴブリンによる被害の増加。確かに巣を作った可能性があるわ……」
「その為に、これから守備隊の隊長を呼んで話を詰める予定だったんだ。ただ、目撃情報の範囲も広くてな。冒険者ギルドにも問い合わせてみたが、それらしき巣を見たような話は無かった。だがゴブリンが増加傾向にあるのは向こうも把握していた。やはり、森のどこかに巣を作ったのは間違いないだろう」
そう言って、この場所周辺とそれに隣接する森が描かれた地図を机に置く。その地図上、森の範囲に当たる場所にいくつかの丸が付けられていた。そんな丸の付けられた範囲を示しながら話を続けた。
「ゴブリンの習性的に、おおよその目星は付けてみた。これまでにもゴブリンが巣を作ったことはある。その傾向も考えれば、洞窟や水場の近くなところまでは予測出来たんだが、それでも範囲が広くてな……すまない。まだそっちの用件を聞いて無かったな。あまり時間は無いが、すぐに終りそうなことなら構わない」
「そこまで急ぐ話では無いわ。それより、ゴブリンの巣の方が問題よ。あなたはそちらに集中してください」
「そうか?――ん? どうした、リュシア?」
レオンハルトは、いつの間にかリュシアが自分が出した地図を、じっと見ていることに気付いた。
その視線は地図上を隅から隅まで動き、まるで何かを探しているかのよう。
様子のおかしなリュシアに、思わずレオンハルトが困惑気な顔をする。セシリアやリリアンヌを見れば、片方は自分と同じように困惑気な。もう片方は、何故かこの状況で面白そうな表情を浮かべていた。
それから少しして、リュシアはふいにリュシアが地図上の一点を指差しながら言った。
「ここです」
「……何がだ?」
「魔獣たちの拠点、巣です。ここにあると思います」
「……」
リュシアが指差したその場所は、調査の候補地には入っていなかった場所だった。何故ならその場所は、巣を作るにはお世辞にも適した場所とは言えなかったから。
魔獣とはいえ、結局は生物であることに変わりない。水場や餌場が近くにある場所に巣を作るのは、動物だろうが魔獣だろうが変わらないのだ。特にゴブリンは比較的、人間に近い身体的特徴とそこそこの知能を持っている。だから生活に便利な環境が近くにある、水場の近く、天然の洞窟や廃村などを巣にすることが多い。
レオンハルトもそう考えたからこそ、それを念頭に置いて候補地の絞り込みを行っていた。
しかし、リュシアが示したのは、そのいずれとも異なる場所だったのだ。
レオンハルトが疑問符を頭に浮かべる中、リリアンヌは面白そうな顔をしながら、リュシアにその理由を問うた。
「リュシア。どうしてその場所だと思うんだい?」
「どうして…………勘ですねっ! 何となく、ここら辺にいるんじゃないかなあって思いました」
「ふむ。例えばこことか、こっちにはその勘は働かないない?」
「う~ん、いまいちピンときません。こっちの方が、こう、ぐいぐいっと引き寄せられる感じが……もしかして邪魔してしまいましたか?」
リュシアがおずおずといった雰囲気で、レオンハルトの方を窺うような仕草を見せる。
娘のそんな姿を見て、レオンハルトはすぐにそんなことは無い!と告げようとするが、それよりも早くリリアンヌが言葉をかけた。
「いや、そんなことは無いさ。魔法師にとって直感は大切なものだ。経験ですら説明が付かないそういった勘、ひらめきの類はある意味、超自然的な啓示ともいえる。特に、闇魔法師の魔獣などに対するそれは、侮れるものじゃない。何せ、闇魔法の魔力が持つ性質は、魔獣と非常に相性がいいからね」
「そうなんですか?」
「ああ、逆に光魔法とは相性が悪い。過去に闇魔法への適性が高かった人間が、魔獣と言葉を交わしたという記録が残っているぐらいさ。まあ、精神に作用する特性が仕事をしてるんだと思うが、私ですら未だ成功したことは無いがね」
「へぇ~……!」
リリアンヌの話を興味深く聞くリュシアに対し、初耳の情報がもたされたレオンハルトは、それを聞き返した。その顔には若干の疑いが混じっていたのは、仕方なかったのかもしれない。何せ、レオンハルトも決して闇魔法に精通している訳では無いのだから。
「リリアンヌ殿。それは本当ですか?」
「もちろん。私がそんなつまらない嘘を吐くと思われているのは心外だが、まあ仕方ない。世の中の人間は闇魔法を遠ざける代わりに、闇魔法に対して無知になりがちだからね」
「いや、あなたを侮辱する意図は無かった。気分を害してしまったのなら、申し訳ない。ただ、あまりにもその、現実味が無い話だったもので」
「構わない。そういうのは学院で慣れっこだ。そんなことよりも、エクレール侯爵。一つ提案があるんだが――」
次にリリアンヌの口から飛び出した言葉は、レオンハルトもリュシアも予期しないものだった。
「この場所、私とリュシアで調査させてくれないかい?」
「っ!?」
「え、私が魔獣の調査っ!?」
「私はリュシアの直感を信じてみたい。だけど、それだけの理由じゃ守備隊を動かすのは難しいだろう?そこで、だ。私達がそれを調査しようという訳だ。なに心配はいらない。ゴブリンの巣を壊滅させようっていうんじゃない。そこにあることを確かめるだけだ。あってもなくても、それだけ確認したら撤退すればいい」
「リュシアを調査に、だと?――当然、却下だ。なぜそんな危険を冒す必要がある? それをさせるぐらいなら、守備隊を動かせばいい。確かに理由としては微妙だが、別のポイントに向かう経路上にそこを仕込むぐらい何てことは無い。リュシアの成長ぶりは聞いている。だが、だからといって魔獣が潜んでいる森に二人で送り込む訳がない」
無茶な提案をしたリリアンヌを、目を細めながら切り捨てるレオンハルト。
普段は自分の前で見せない迫力に、リュシアが肩をびくりと揺らす。しかしそれを真正面から受け止めるリリアンヌはといえば、むしろ笑みを深めた。まるでその返事を待っていたと言わんばかりに。その反応に、レオンハルトも怪訝そうに眉を顰める。
「確かにその通りだ。でも守備隊が一緒なら安心だな。喜べ、リュシア。次のレッスンは、魔獣相手の実戦だ!」
「は? 何を言って――」
「正直言おう。リュシアの魔法レベルは現状でかなり高い。闇魔法の中でも高難易度な、影を扱う魔法すら既に使いこなしていると言っていいレベルだ。ゆえに、そろそろ精神干渉の魔法を教える時期だと思っていた。だが残念ながら、その相手がいない。使用人相手に使う訳にもいかないだろう? その点、魔獣相手ならば問題無い。こうして侯爵の元を尋ねた理由も、それを相談するのが理由だったんだ」
「だからといって森に行く必要は無いだろう。魔獣の一体や二体、我々が捕まえて来れば「そうやってぬくぬくと育てられた魔法師を、私は学院で何人も見てきた……分かるだろう、レオンハルト」……」
この二人と、そしてセシリアを合わせて三人はかつての学院の同級生。だからこそ何か通じるものがあったのだろう。レオンハルトは、リリアンヌの言葉を即座に否定することは無かった。難しい顔で黙りこみ、何か思い至るものが脳裏を過っているような。そんな表情にも見えた。
「君は殊更にリュシアに甘い。この子の兄や姉が相手だったら、この話にもすぐに同意したはずだ。リュシアの実力は、この私が保証しよう! この子はもう立派な魔法師だ」
それでもレオンハルトは答えない。
目を瞑り、黙ったまま。
その様子からは、葛藤が読み取れた。
そして、暫くして。ようやく口を開いた。
「……いいだろう。確かにお前の言うことも一里ある」
リリアンヌがその言葉にふふんと胸を張る。
しかしレオンハルトの口はそこで止まらなかった。
「だが条件がある。お前の実力は私も知っているから同行は構わない。しかし、リュシアは別だ。授業の進捗こそ聞いているが、まだこの目で確かめた訳じゃない。実力の伴わない者の同行は、自身だけじゃなく全体の危険にも繋がる」
「つまり?」
「リュシアの実力が知りたい。その如何によって、同行させるかどうかを決める」
「乗ったぁ! まあせいぜい楽しみにしてるといいさ。今のリュシアを見れば、きっと君でも度肝を抜かれるよ、レオンハルト」
「そうなることを、期待するとしよう」
こうしてリュシアは、自身が会話に混ざる暇も無く、魔獣の巣の調査への同行を掛けた練習成果のお披露目をすることになったのであった。
いかがでしたでしょうか?
ちょっと展開が急だった気がしなくもないけど、こんな感じの流れになっております。今回は三人称視点でお送りしましたが、基本的にはリュシアの一人称視点で進めて行くので、その点もよろしくお願いします!
では次回、リュシアの今の実力はいかに? また次の更新をお楽しみに!
次の更新は『9・25(木)』に更新出来れば、いいな~~~……




