九 負うはずのない傷
愛桜、炎、灰鳴、灯、梗香の五人は、地下室で支給日に届いた荷物を広げていた。
「医療器具、薬、携帯食料……」
「仕事着、武器の補充……」
「二、四、六、八……」
「十、二十、三十、五十」
「ん? 灰鳴、四十飛ばしてない? ほっ。これ届かないなー。後でいっか」
「あ、危なかったー。炎ありがとー」
「なんのそのっ、よっと」
五人は、流れ作業で支給品の確認を行っているところだ。
愛桜と灯は届いた段ボール箱を開け、中身を覗いて支給品リストにチェックを付けている。仕事で使う物になるが、ほとんどが使い捨てになるため量がとにかく多い。
確認できた箱には、数を書いた付箋を張り付けて梗香か灰鳴に渡す。
梗香と灰鳴は、支給品の数が合っているか確認するため、ひたすら箱の中身を数えている。
付箋に書かれた数字と、数えた数字が合えば、次は炎に渡す。
炎は、支給品を所定の位置に仕舞う作業をしている。棚に張り付けてある名札の場所に同じ物を置き、高い所に置く物は手が届かないため隅に寄せてある。台を引っ張ってくれば届くが、面倒だから後で背の高い灰鳴に頼むつもりだ。それなら最初から灰鳴が仕舞う作業をすればいいのだが、炎はじっと数を数えるのも、リストとにらめっこするのも苦手で、いつも一番動く作業をすることにしている。
毎月、支給品リストの項目は百を超える。
それにかかる費用は全て狩猟団体が出しているため、届いたものは細かく確認して報告しなければならない。
月に一回やって来る作業だが、その日に五人揃わなかった時は地獄だ。一人でも欠ければ、かかる時間は一気に増える。次の日に回せればいいのだが、報告はその日にしなければならないため、後回しにはできない。
「足りない」
三時間ほどかけて確認を終えると、リストを持った灯が声を溢した。
「いくつ?」
愛桜が聞くと、灯はリストを見せる。
リストの横には、赤い字で不足している数が書かれている。
それを見ると、愛桜が使う短刀、炎が使う刀、灯が使う弓矢など、武器と言えるものはどれも不足していた。
「合計で百くらいかな」
「はぁー……。抜かれたか」
愛桜は舌打ちしそうなところを抑える。
申請した数の武器が届かないのは、今回に限った話ではないのだ。
「またかよー」
灰鳴は、毎度のことで諦めモードだ。
「はぁ……武器がもっとあれば、少しは楽になるのに」
梗香は分かりやすく項垂れている。
五人がため息を吐いていると、地下室の扉が開いた。
その瞬間、五人はすぐに姿勢を正して扉の方を向く。
支給日にある嫌なイベントの幕開けだ。
扉を乱暴に閉めて入って来た人物は、ぞんざいに口を開く。
「確認は終わったか?」
「はい。終えています」
愛桜は代表で答えた。
「漏れなく届いたな」
「はい、数は足りませんが。手配ありがとうございました」
入って来たのは『監督官』だ。
親のいない愛桜たち五人の養父でもある。
黒髪短髪で、中肉中背。歳は三十代だが、それよりも老けて見える、どこにでもいそうなおじさんだ。
ただのおじさんならよかったのだが、愛桜たちには怒っているか、イラついているか、睨んでいる顔しか向けられたことがない。だから少し面倒だ。
「分かっているのか?お前らは」
礼儀正しく迎えた五人とは対照的に、監督官はドンッと床を足で蹴って音を立てた。早速お怒りのようだ。
「俺は監督官だ。お前らが子供の分際でディールを殺せる力があるから、社会の役に立てるよう、国が計らった。だが未熟な子供では多くの問題が発生する。そこで、親もいないお前らを見て、しっかりとした教育を施すのが俺だ。何かあれば、俺にも責任が伴う」
つらつらと喋り出す監督官。愛桜達のことが相当嫌いなのか、会うたびに怒鳴り散らし、嫌味を言っていくのだ。これに付き合う愛桜は、慣れすぎてそれが普通の態度だと思っている。
一応、監督官が大人しくしているところも見たことがあるのだが……。上司や偉い人と話すときだけだ。
愛桜は、話をするのも面倒になっていて、雑に受け答える。
「はぁ、つまりあなたは俺たちが犯罪者にならないための監視でしょう?」
「生意気な奴め。まぁいい。それなのに、だ。何度言ったら分かるんだ! 必要以上に武器を要求するのはやめろ!」
監督官は連続して床を蹴り、喚き散らす。
「武器は一人につき十まで! それ以上を子供に渡せるわけがないだろう! それも犯罪者予備軍に! それで人を殺さない保証がどこにあるんだ! 何度も大量に要求しやがって! 危険な奴らだと思われて、俺がしっかり教育していないからだと怒られたんだぞ!」
子供のように喚き散らす監督官を、五人は冷めた目で見ている。しかし、愛桜は、なるべく感情を表に出さないように取り繕う。
「それは、あなた達大人でも同じでしょう。大人だって人を殺す。それに、端から教育なんて一つもしていないでしょう」
「黙れ!」
「それなのに大人のあなた達は武器を無制限に使えて、俺たちは同じ仕事をしているのに制限があるのですか? だいたい、圧倒的に俺たち子供の方が仕事をこなすのに、子供という理由で制限されるのはおかしいとは思わないのですか?」
「黙れと言った! お前らは子供で、大人の言う事を聞いていればいいんだ!」
監督官は足が痛くならないのかと思わせるほど強く床を蹴る。
威圧のつもりなのだろうが、うるさいだけなんだよなぁ、とこの場にいる全員が思った。
「大人が正しいと? 子供だけが間違うと? まさか」
愛桜は鼻で笑って続ける。
「大人も子供も、等しく正しく、等しく間違える。こんなの、未熟な俺たちにでさえ分かっていますよ」
うんうん、と微かに頭を上下に振る気配が、愛桜の後ろにいる仲間から伝わる。その様子は監督官の目にはっきりと映ったようで余計に苛立たせることになる。
「その考えが間違っている!」
「話が脱線しそうですね。戻しますよ。俺たちはみんなが安心して暮らせるように、人を喰うディールを殺しています。それに加えて、生態調査のために捕獲などの依頼も請け負っています。本来子供にさせるべきではない仕事を、あなた達大人にもできないことをやっています。他でもない、大人たちの依頼で」
「なんだ今更! そんなことは分かっている! バカにしているのか!?」
監督官の言う通り今更だが、話題が武器の支給の話から大人がどれほど偉いのか、という話に逸れかけていたため、愛桜は無理にでも流れを修正する。
監督官に大人の考えを押し付けられても、毛頭聞く気もないから時間の無駄だ。
「いつ死んでもおかしくない仕事です。実際に戦うのは俺たちで、必要な武器の数を把握しているのはあなた達ではない。申請した分は支給してください。そうでなければ、俺たちはいつか死にます。仕事は依頼するくせに戦える武器は与えなかったあなた達のせいで」
「っ……」
愛桜の言葉が少し効いたようだ。監督官は口を噤んで言い返せないでいる。
愛桜は、そこに追い打ちをかける。
「俺たちが死んでもあなたに責任は問われない。でも、人から受ける視線は冷たくなるでしょうね。監督下にある子供を、危険な仕事で死なせたのですから」
「俺が人の目を気にして言いくるめられると思ったのか? 俺はそんな単純じゃねぇんだよ! だいたい、そんなに武器を使うはずがないだろ!」
「使うから申請してるんです」
「何に使うんだ! 他のハンターはどんな武器であろうと、せいぜい月に五くらいしか申請しないんだぞ!」
「それは、仕事の数からして違うからでしょう。相手にするディールの強さも。それは、あなたの方が分かっていると思いますが」
「だからと言って、ひと月に短刀二十本も何に使うんだ?! せいぜい十本もあれば十分だろうが!」
愛桜はひとつ、息を大きく吐き出す。
怒鳴り散らす監督官相手に説明するのは面倒だが、今支給されている武器では既に足りていないのだ。そして、足りない武器は給料を崩して個人で買っている。ここ最近は仕事の量が増え、武器が頻繁に壊れてお金が足りなくなってきている状態だ。
(今回は、俺も粘らないと)
「以前、ディールに刀を食われた事があります。ある時は潰され、溶かされ、ひどいときは塵一つ残さずに消し飛ばされたことも。一体のディールを相手に、武器一つじゃ、とても足りません。そんな甘い世界じゃない。武器が壊れたら予備で戦う。そうしないと生き残れない。武器は、俺たちの命綱です」
「っ……」
監督官は押し黙る。
愛桜の言葉の重み、見据えた目の無機質さ、それは到底子供のものとは思えない不気味さを宿していた。
そして監督官は、それを受けて大きな態度を取れるほど肝が据わっていない。
「要求した数は支給を。できないなら仕事をこちらに回さないでください」
愛桜が突き放すように告げると、監督官は黙ったまま背を向ける。
「もういい! 殺し屋の分際で……!」
誰の目も見れずに言ったその言葉は、弱々しいものだった。
監督官はそのまま振り返りもせずに、扉を乱暴に閉めて去って行った。
(その殺し屋に頼っているのは誰なんだか……)
愛桜は呆れて嘆息する。
愛桜たち子供のハンターは、世間では『殺し屋』と言われることが多々あるのだが、そこに含まれる意味が嫌悪なのか崇拝なのかは人それぞれだ。
監督官の場合は明らかに嫌悪を含んでいたが、愛桜たちは言われ慣れすぎて、嫌悪でも崇拝でも何も感じない。
ともかく、監督官は負け惜しみのように吐いていったので、愛桜の勝ちだ。
武器は追加で支給されるだろう。
******
監督官が完全に去り、気配もなくなると、梗香は真っ先に口を開く。
「愛桜、ありがとう」
「いい加減、これくらいは聞いてもらわないとな」
愛桜は、肩の力を抜いて言った。
炎は頭の後ろで手を組み、愛桜を見る。
「ずっと要求してたもんな」
「もうギリギリだから」
「いやぁー。でもあの沈黙っぷりは清々したな」
炎の言葉に、梗香はうんうん、と大きく首を縦に振った。
灯も少し清々したが、他の懸念が頭をよぎり何も言わないでいると、それを灰鳴が先に言葉にする。
「愛桜、また強く当たられないといいけどー」
灯の懸念、それは監督官に口答えした愛桜が、何かしらの腹いせに遭うことだ。
しかし、愛桜は何ともないようにフッと笑う。
「正直俺、少し……いや、かなり頭にきてたからな。あの態度には」
命に関わる場面で、腹いせなど気にしていられない。むしろ、言いたいことが言えてすっきりしたくらいだ。
こちらには正当性があるのだから、監督官は言い返せない。押せば要求を通せることは、過去にもあった経験で分かっていた。その後の腹いせにも慣れている。
「でも、本当に大丈夫?」
灯は心配そうに目を向ける。
「大丈夫。俺たちの事を嫌っているのは、今に始まったことじゃないし。仕事に支障が出るようなことは、流石のあいつもしないだろうから」
これまでも死に繋がるような腹いせはされなかった。例えば、武器に細工をして使えないようにしたり、ディールに関して間違った情報を教えたり。そんなことをして万が一にも死なれたら責任を問われると分かってはいるのだろう。
今回もせいぜい、所持品に悪口を書くとか、物を隠すとか、子供のような悪戯しかできないだろう。
全く、いつもいつも、バレない様に部屋に忍び込むほど暇なのかと、ただ呆れるばかりだ。
「でも、なんでディールには銃とか効かないのかな」
と、灯は突然話題を変えた。
いきなりで他の人は反応できないでいるが、話題変換は監督官が置いていった負の空気を取り払うための、灯なりの気遣いなのだろう。
「どした急に?」
炎はイベントが終わって気が抜けたのか、ポケーッとしながら聞き返した。
「だってほら、刃とか弓矢とか、そういう物は使えるけど、ディールの種類によっては銃って全くダメージがないでしょ? 使えれば楽そうなのになーって」
「……形状の問題か威力の問題か」
愛桜は、考えている可能性を言ったが、他の四人は頭に「?」を浮かべている。
「形状の問題なら、鋭利なものは傷がつくけど、丸みを帯びたものは傷つかない体とか。威力の問題なら、ある威力以上の攻撃は自動で無効化されるのか……。あとは、神話が銃の文明を拒んでいるとか?」
「何?なんかゲームみたいな話ね」
愛桜の話を聞いた梗香は、更に「?」を浮かべている。
「あくまで可能性だよ。未知すぎて十年経っても分からないことだらけな上、少し前までは架空だったんだ。あんな存在、人が理解するには手に余る」
「あぁー考え始めたらキリがないってねー。小さいディールとかは銃が通じるのも多いしー」
灰鳴の納得した様子に、愛桜は頷く。
「そういうこと。分かってる範囲で戦うしかない」
ディールには、銃が効かないことが多い。
それは、ハンターや自衛隊がディールに歯が立たない理由でもある。
稀に銃が効くディールもいるが、人魚や河童、ケンタウロスといった人の形に似ているディールばかりだ。
(なんか、引っかかるな……)
愛桜は、銃の話題でようやく気づく。
そう――。
ほとんどのディールには銃は効かないのだ。
ならばなぜ、ユニコーンは血を流していたのだろう?
愛桜たちと接触する前に負った傷。ユニコーンは確かに、足から血を流していた。
硬い皮膚に守られた体は、愛桜でも傷を負わせるのに一筋縄ではいかなかったのにも関わらず。
ユニコーンに銃は効かない。銃の効くユニコーンは一体も確認されていないから、それは確かだ。
では、遠くから見て血を流していると分かるほどの傷を、一体誰がつけたのだろう?
一般人の違反者が、傷を負わせられるはずがない。
……なぜ、今まで気づかなかったのだろうか。
愛桜は額を押さえる。
(まだ寝ぼけてたのか……?)
寝不足が思考を鈍らせるにしても、ここまでだとは。
灰鳴と灯はこのことに気づいているのかと、ふと二人を見た。
灰鳴と目が合い、僅かに表情が強張ったのを見て分かった。灰鳴も今気づいたのだ。
そして、灯はとっくに気づいていたのだろう。銃の話題を出したのは、そのためだったのだ。
「愛桜、大丈夫?」
黙り込んでいた愛桜だが、梗香に声を掛けられハッとした。今考えても仕方ない。状況の報告も入院していた愛桜に代わって灰鳴がしてくれたはずだから、あとは専門家が調べるだろう。
「大丈――」
「やっぱり傷も完治してないし、疲れてるよな。もう休もう!」
「大丈夫」と言い切る前に、炎はそう言って愛桜を背に乗せる。
「俺が部屋まで連れて行くから!」
「いや、大丈夫。自分で行けるから」
「まぁまぁ、俺、おんぶは得意だぜ」
愛桜が断るも、キメ顔でそう言った炎は、「じゃあなー」と言って地下室を出て、愛桜をベットまで連れて行った。
******
炎にベットに放り投げられて愛桜は大人しく横になると、一気に眠気が押し寄せて来た。
怪我の回復にかなり体力を持っていかれている。とにかく眠い。
気になることも考えたいこともあるが、疲労は頭の回転を鈍くすると思い知ったばかりだ。
ユニコーンの事は、研究班や調査班が調べてくれる。そう思いながら、今は眠気に身を任せることにした。




