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捕食者のサガシモノ  作者: 星 ひかり


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7/18

七 先生

 愛桜(ちはる)が目を開けると、見えたのは白い天井だった。


(病院……)


 白い空間、消毒液の香り、それだけで病院だとすぐに分かる。

 愛桜の所属している狩猟団体がよくお世話になる病院で、愛桜が来たくなかった場所だ。


 ユニコーンの捕獲を終えた後、自力で下山したまではいいが、病院に来るまで気力が持たなかった。下山の途中から記憶が曖昧で、病院行きの車に乗る前に完全に記憶が途切れている。そもそも放置すれば死ぬような傷で下山は無理があったが、気を失った原因は怪我ではなく、疲労と睡眠不足のせいだろう。

 気を失えば、感覚止血も途切れる。一気に血が噴き出して現場は慌てたはずだ。対応に当たってくれた医療班には、なんだか申し訳なく思う。


 傷のあった腹部をさすってみると、当然だが包帯が巻いてあって硬い。

 腹部だけではない。腕や足、全身に包帯が巻いてある。骨も折れていたから、その固定もされていて体はだいぶ窮屈だ。

 痛みは、少しするが気にならない。元々怪我が多い愛桜は痛みに慣れてしまって、無視できるようになっている。しかし、調子の悪さはどうしようもない。失血のせいか、治すのに体力を持っていかれるせいか、睡眠不足のせいか、とにかく調子が悪い。

 ぼんやりする頭で窓の外を眺めていると、病室の扉が開いた。


「やぁやぁ、調子はどうだい?」


 顔を出したのは白衣を着た医者だ。飄々(ひょうひょう)とした態度でいまいち考えていることが読めないこの男は、医者でありながらディールの研究もしていることで有名な、愛桜の主治医だ。

 男とは思えない綺麗な茶髪は腰まであり、ポニーテールにしてまとめている。髪を下ろせば骨格が隠れて女に間違われてもおかしくない。


「また今回も派手に裂かれていたねぇ。でも内臓は無事だったおかげで、繋げるのは容易(たやす)かったよ」

 主治医は愛桜が何も言わない内にペラペラと喋り出す。

「あぁ、事前に許可を貰わなかったのは申し訳ないけど、血と細胞をもらっておいたよ。大丈夫さ、上の連中には君の体質は知られないようにしているから」

 早口で息継ぎもせずに話を続ける。

「君は面白い。毎回違った結果が出ていてねぇ。今回はどんな結果だろうか。君は前より、ディールに近づいているのかな? それともただの人間になっているのかな? はたまた体が自滅を始めているのかな?」

 狭い室内を歩きながら独り言のようにひたすら喋り、ふと窓の外を見た。

「あぁ、今日はいい天気だ。それなら自滅はしないか。僕としてはまた別の、これまでなかった結果だと面白いんだが、それは君にとっては悲報になるねぇ」

 主治医をこのまま放っておくと何時間も話を聞かされる羽目になる。だから愛桜は、主治医が一呼吸する隙を狙って強引に割り込んだ。


「あの、帰っていいですか?」


 主治医はピタリと話すのを止め、やっと愛桜の目を見た。

「あぁ、すまないね。帰る前に、少しいいかな?」

 そして、慣れた手つきで愛桜の包帯を外して傷口を確認する。


 傷口は既に塞がり始めていた。


「あぁ、さすがだ。治りが早い。帰っていいよ。君が僕を嫌っているのは知っているしね」

「嫌ってはいませんよ。苦手なだけです。大抵の人は苦手だと思いますよ」


 主治医は、話が長くて少し面倒くさい。最初に会った時は話に割り込めず、七時間も付き合わされたのは少しトラウマだ。だから(はなし)を聞くのは(いや)だが、主治医の事を嫌っているわけではない。

 長い話も、一度割り込んでしまえばこちらの話も聞いてくれる。


「正直だねぇ。だからって病院を遠ざけるのは良くないことだ。治せるものが手遅れになることもあるのだからね。今回のも、普通の人ならかなり危険だったことを忘れるなよ」

 主治医に軽くデコピンされ、愛桜はおでこをさする。


 負傷を『感覚止血』で誤魔化して放置するのも良くないと、この間も説教をくらったばかりだった。あくまで止血しているだけで、傷が治るわけではないのだから。


「はい……それは、すみませんでした」


 反省する愛桜に、うむ、と主治医は頷く。

「よろしい。でもまぁ、君の回復力なら大抵の怪我は勝手になんとかなるだろう。今回も僕が治療しなくてもよかったのかもね。あちこち折れていた骨だって、もうくっつきかけているようだし。それに体のことを調べられるのはあまりいい気分ではないだろう。そこは協力して欲しいとこちらが頭を下げるしかないのだけれど……」

 頬を掻きながら申し訳なさそうにする主治医に、愛桜はフッと笑みが零れる。


「大丈夫です。俺が選んだことでもあるので」


 そんなこと気にする必要はないと、愛桜はこれまで何度も伝えている。研究自体は、たまに愛桜の血や細胞を取られるだけで何とも思っていない。

 愛桜が持つ特異体質が、ディール研究班や狩猟団体を統轄する本部に知られればどうなるか分からないが、絶対に情報が漏れないように徹底してくれている。だから、あまり不安はない。

 それに、研究への協力は愛桜自身が決めたことでもある。


 しかし、何度言ってもこの主治医は愛桜の心配ばかりしている。


「それはそうだが、君はまだ子供と呼ばれる年頃で、保護者がいない……いや、保護者は『監督官』ということになっているけれど、あいつは難があるだろ? だからまともな大人の意見も聞けずに協力して、後々後悔するんじゃないかと不安もあるのだよ」 

「大丈夫ですよ。俺は先生のことが苦手だけど、先生はこんな体の俺を人として扱ってくれるから。俺が後悔するようなことはしないと、これでも信じているんです」


 愛桜は大丈夫だと、心配しなくていいと伝えたいのだが、それもなかなかうまくいかず、

「そう言われると、研究にしか能がない僕としては肩身が狭いのだが……。結構興味本位なだけだし」

 と、主治医は肩を(せば)めた。完全に気が引けてしまっているようだ。


 しかし、愛桜だって、ただ研究に協力しているわけではない。愛桜には愛桜の願いがあるのだ。主治医はそれを知っているが、改めて口に出す。


「それに、俺一人じゃ、この体の仕組みも、治し方も到底分かりません。だからいつか、先生が治してください」


 愛桜のその言葉を聞いて、主治医は少し(うつむ)いた。


 治せと言われて自信がないわけではない。


 愛桜は、特異体質のおかげで命が助かったことが何度もある。自分のものであるはずの体が、人とは異なっていて、分からないことが多いのは不安だろう。しかし、その体質を手放してもいいのかと、どうしても思ってしまう。愛桜が死なずに生きているのは、その体質のおかげでもあるのだから。


「……やはり、その体が嫌か? ディールを殺せる、君のその血肉が」


 聞かれた愛桜は困ったように笑った。

 何度も聞かれた内容だ。そして、何度も同じ答えを返している。


「知っているでしょう?」


 愛桜も、主治医が言っていることは分かる。何を案じているのかもなんとなく分かる。愛桜自身、これまでに何度も考え、悩んだ。そして、何度考えても答えは変わらなかった。


 ――普通になりたい。もう思い出せない、生まれた時に持っていた普通の体で生きたい。


 ただそれだけだった。


「そうか」

 主治医は優しくそう言うだけだった。

 いつもは永遠に話し続けるくせに、こういう時はちゃんと愛桜を見てくれる。なんだか、それが逆に居心地が悪くて、愛桜は一人になりたい衝動に駆られた。


「それでは、俺は戻りますね」


 愛桜は着替えようと、側に置いてある服を取る。

 置いてある服は、怪我が多くて月に一回は来ている愛桜に絶対に必要になるから置いておけと、主治医が気を遣って置かせてくれているものだ。


「また何かあったらおいで」

(う……)

 着替え中、先生にそう言われて思わず、嫌だと言いたいのが顔に出てしまう。


「はははっ。君のそういう正直なところは、大人の中ではたぶん僕しか見れないのだろう。嬉しい限りだ。あははっ」


 大っぴらに笑ってご機嫌な主治医。なんだか恥ずかしくなる。


「笑わないでくださいよ。もう行きますね」

「あぁ、待った待った。念のため、(くすり)渡しておくよ。処方しないと他の人に怪しまれるし。それと、明日には治ってそうな勢いだけど、包帯は今日一日しておきなさい」

「分かりました」

 主治医から薬を受け取ると、愛桜は最後にお礼を言って、病室を後にした。


               *****


 一人残された病室の中、主治医は窓を開け、窓際に寄りかかった。

 ため息は晴れやかな風に飛ばされ、(よど)んだ心も少しはマシになる。


「異常な回復力に、変化する肉体、ディールを殺せる血……」


 誰にも話していない事を、今は誰も聞いていないから口にする。そうしなければ、何かが胸に(つか)えている気がして苦しいのだ。

 愛桜の異常体質は自分一人しか研究していないし、他の人は気づいてもいない。誰かに知られれば愛桜の扱いがどうなるか分からない。子供の狩人というだけで、ただでさえ信用されない立場にあるのだ。


 ディールの出没と同時期に出てきた異常な強さの子供達。そこにいるだけで敵意も悪意も憎悪も興味も向けられる、そんな哀れな子供達。


 当初はあり得ない身体能力とあまりの強さにディールの(たぐい)ではないかと疑われたほどだ。

 人ではないと判断されれば殺される可能性も十分ある。


「これは、いくら好奇心旺盛な僕でも」


 主治医は、きゅっと口を引き結んで、深くため息を吐く。


「面白がるには、重すぎる……」

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