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捕食者のサガシモノ  作者: 星 ひかり


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六 角の崩壊

 真っ白に染まる視界。


 体が無くなるような感覚。


「――かはっ!」


 生に縋って足掻く本能。


 遅れてやって来る衝撃と、取り戻す五感。


「っは……はっ、はっ……はっ」


 ……生きている。


 ユニコーンの突進は避けられなかったが、予備の短刀に手を伸ばしかけていたことで防御が間に合った。予備をすぐに引き抜いて、元々手に持っていた短刀も使い突進を受けて軌道を逸らした。直撃する前に短刀を抜けなければ、死んでいただろう。


「う……」


 何がどうなったのか、反射的に動いた体に頭が追い付いていない。

 まずは五体満足であることを目で確かめ、上半身を起こす。

 立ち上がるのは無理だ。視界のピントは合わず、身体の感覚は痛みでおかしくなっている。


(ふせ)いで、これか……)


 視界の端に短刀が落ちているが、刃は砕けたようにほとんど残っていない。刀はもう、使い物にならないようだ。前方には折れた木が数本。どうやら突進の衝撃でかなり飛ばされたらしい。もう一つの短刀は見当たらない。予備の短刀は残り一本だ。


「はぁ、はぁ、はぁっ……」


 体も、長くは持ちそうにない。

 息を整えながら腹部を触ると、温かさを感じた。


 血だ。


 流れ出る血が温かい。

 角で腹部が抉られたのだろうか。

 傷口は見ないで、気にしない事にする。

 

 愛桜は少し息を整え、立ち上がった。


「っ……!」

 

 上手く力が入らない。

(折れてるな……たぶん)

 あちこち痛くてどこを怪我しているのか分からないが、何ヶ所か骨が折れている気がする。

 しかし、動けないわけではないため、骨折も気にしないことにする。


(ユニコーンは……)

 愛桜は周囲を警戒し、見回す。


 ユニコーンは視界にはいない。しかし、どの方向にいるのかは予想がつく。

 あの速さの突進で急に止まることは、恐らくできない。逸らした軌道の先に走り抜けたはずだ。

 どこまで行って止まることができるのか分からないが、つまり、突進した軌道上にいる。


 あの速さなら、死角から来れたら今度は対処できない。悠長に状況把握する間もない。


「はぁー」

 面倒になってため息を吐いた。

 殺せれば楽なものを。


 落ち着く間もなく、背後から来る殺気に全身が反応した。


 すぐに振り返り、ユニコーンの姿を確認する。


 姿を――確認できてしまった。


(おかしい……)


 予想に反し、先ほどのような突進はしてこない。ただ愛桜を睨みつけ、目が合うと嗤った。

 違和感しかない。警戒していると、あることに気が付いた。


 遠くて分かりづらいが、真ん中の角の色が違うような……。


「愛桜くん離れて!」


 微かに聞こえた灯の声。

 そうだ、これは――。


 次の瞬間、カッ、と白い光が山を包みこんだ。


                    *****


 灯の役目は、ユニコーンを戦闘不能にすること。

 戦闘不能にするには、ユニコーンの最も脆い部分に矢を射る必要がある。

 灯は、その脆い部分を確実に射抜けるように、標的が狙いやすい木に登り、弓を引いたまま機会を待っていた。

 だから、ユニコーンの突進をもろにくらった愛桜を見ても、来るかもしれない機会を逃さないために、今いる場所から動くことは出来なかった。


 愛桜が突進を回避できず、地面スレスレを弾丸のような速さで飛ばされたのが見えた。木にぶつかるが、勢いは少し落ちるだけで止まらない。何本もの木を破壊しながら進む。地面に体がつくと、身体を擦り付けながら速度を落とし、停止した。


 不安も焦りもある。灯はその感情を無視し、ユニコーンの方を見る。


 ユニコーンの方も、同じような状況だ。木を破壊しながら進み、足を前に出して地面を削りながら突進の勢いを殺していた。完全に停止すると、愛桜の方に向き直り、再び突進を繰り返そうとする。


 灯はまた愛桜を見る。


(まだ立ててない)


 灯はユニコーンに矢を放ち、意識を向けさせる。しかし、振り向きもしない。大してダメージのない攻撃は、今は気にもしてくれない。

 しかし、他に出来ることはない。

 灯は何本か矢を放ち、そして、()めた。

 

(突進、しない……?)


 ユニコーンが動かないのだ。愛桜が動けない今が絶好の機会なのに。

 そう考える中、見逃してはいけないものを見た気がした。


(あれ……あの角……)


 角の色が水色に変わっていることに気づいて、叫ぶ。


「愛桜くん離れて!」


 喉が潰れるほど大声を出したが、距離が遠い。どれほど大声で叫ぼうと聞こえないのかもしれない。それでも、叫ぶしかなかった。


 それが、(いま)何の対処もできない灯が、最大限できることだった。


                    *****


 閃光弾より強烈な、太陽のように(じか)に焼き付けられるような光。それが辺り一帯を覆う。

 愛桜は後ろに飛びずさり、焼ける痛みに堪えた。


 瞬時に理解する。

 ディールは稀に、特殊な力を持つ個体がいる。今の光がそれだ。


 愛桜はその一撃を出す前兆を知っていた。二年前、ユニコーンを狩猟した時も角の色を変えて、その時は広範囲に広がる光ではなく、一点を狙う光線を放っていた。


 目がチカチカして頭が揺れる。焼けるような痛みは治まらない。

 

 目を開けてみるが、閉じていた時と変わらない眩しさに顔を(しか)める。

「チッ」

 思わず舌打ちした。

 これが、『ディオディール』。神の使いだと言われる所以(ゆえん)を見せつけられているようで、嫌になる。

 神話に出てくるような、人類が解き明かした法則も何もかもを無視したような生物。他の生物にはない圧倒的な力を持ち、十年前からその力で人間を追い込んでいる。


「ヒィィィィィィィィィィ!」


 ユニコーンは、耳障りな声を上げ、愛桜めがけて一直線に突進する。

 しかし、先ほどの閃光でユニコーンも力を使い果たしているのか、スピードは遅くなっていた。


「くっ」


 愛桜は、使えない目はあてにせず、感覚だけでユニコーンを避ける。避けられたユニコーンは、着地し、また突進する。避けられては着地、方向転換を繰り返し、何度でも愛桜に突進する。

 愛桜も満身創痍だ。回避し続けることはできない。角に肩を、腕を、足を抉られる。

 ユニコーンはその様子に確かな手ごたえを感じたのか、まるで調子に乗ったように小気味よく突進してくる。――愛桜が角に突き刺さり、倒れていく様を確信して。


「キッ」


 しかし、愛桜は避けた。


「甘いな」


 愛桜には、例え傷を負っても、目が見えなくなっても、手足が無くなっても、決して負けない誓いがある。


「俺は、お前らに負けたことはない」


 次の瞬間、岩が弾丸のように飛んできて、ユニコーンを直撃した。


 飛んできた岩の下敷きになったユニコーンは低く唸る。


「悪い。待たせた」

 

 岩を飛ばしたのは灰鳴だ。

 無事に子供たちを避難させ終えたようだ。

 相当急いで戻って来たようで、膝に手をついて息を切らしている。


「そろそろだとは思ってたよ。助かった」

 愛桜も膝をつき、呼吸を整えたいところだ。


 しかし、ユニコーンは休む暇を与えてくれない。

 岩を押し上げ、立ち上がり、灰鳴を睨む。

 こんなものを投げてきた者に反撃を。

 消し去らなければと、突進しようとして――。


 ドッ、と鈍い音がした。


 それが自分を中心にした音だとは、すぐに気づけなかった。


 ユニコーンの真ん中の位置にあった(つの)が、崩れ落ちていく。

 バラバラと土のように崩れ、角の根本しか残らない。

 角の破片と一緒に落ちた矢を見て、ユニコーンは目を充血させるほど頭に血を上らせる。


「ヒィィィィ‼」


 皮膚が硬いユニコーンでも、脆い部分はある。それが(つの)の先だ。

 角の先、米粒にも満たない範囲に正面から衝撃が加わると角が土のように崩れてしまう。横からの力でもそうはならず、角の正面から衝撃が加わった時だけだ。しかも、その一点から少しでも外れた場所だと、ダメージを分散する力が働き、角が崩れるようなことにはならない。

 ユニコーンの角は(かく)を守る役割もある。それが傷つけられて平静でいられるはずがない。


 ユニコーンは目を走らせ、矢が飛んできた方向を捉えた。


「……」


 そこには、静かに佇む少女が一人、弓矢を携えていた。木の上にいる少女は気配もなく静かに弓を引く。ユニコーンは咄嗟に射界から逃れようとするが、遅かった。その前に矢は放たれ、右の角に命中。また崩れ落ちていく。


「キィ‼」


 決着はついた。


                    *****


 残る角は一本。だが、既にユニコーンは動けないほど弱まっている。


「本当に、いいとこ取りだな、灯」


 愛桜は、倒れ行くユニコーンをやっと見えてきた目で見て力を抜いた。

 灯は、構えかけた三本目の矢を仕舞い、木から下りて愛桜の元に走る。

 灰鳴は、ユニコーンを眠らせるため麻酔をする。皮膚は硬くて針が入らないから、口から麻酔液を無理矢理流し込む。弱ったユニコーンはほとんど抵抗できず、目を閉じた。


「上出来だ」

 眠るユニコーンを見て、灰鳴は一息ついて言った。

「そうだな。損傷は少ないし、(つの)(かく)の力ですぐに回復するだろう」

 愛桜の言葉を聞き、灰鳴は横たわるユニコーンを見る。


 角が崩れ、その場所が光っている。これが本物の(かく)で、崩れた(つの)(かく)に見えるが力の調整をしているだけのものらしい。奥に隠された(かく)がある限り(つの)も再生すると、二年前の狩猟の時に愛桜が言っていた。灰鳴も二年前は余裕がなく、見るのはこれが初めてだ。


「お疲れ様。みんな無事?……灰鳴?」


 駆けつけて来た灯が、灰鳴の視線を戻させる。

「あぁ、悪い。角を見るの初めてだったからつい。俺は問題なし。今来たばかりだしな」

「俺はさっきの光で目がぼやけてる。灯は大丈夫か?」

 灯は離れた場所にいたが、あの閃光は広範囲に効いたはずだ。

「少し霞むくらい。問題ないよ」

 それを聞いて、愛桜はほっと胸を撫で下ろす。


 お互いの安否を確認し終え、愛桜は仕事完了の合図に信号弾を打ち上げる。

 ちなみに、いつも連絡に使用している携帯はどう頑張っても修復不可能だと分かるほど粉々になっていた。


 ディールの回収班は連絡があればすぐに来る手筈になっている。

「よし、回収まで三十分くらいか」

 信号弾を打ち終えた愛桜は、疲れて腰を下ろした。

「愛桜、ひどい出血だな」

 灰鳴が軽く言って、傷の手当てを始める。

「三十分か……」

「長いね」

 灰鳴の暗い顔をして、灯は不安気だ。


「これは、()()をやるしかないと思う」

「そうだね。私も、()()をやらないといけないと思う」

「……」


 愛桜は視線を感じた。

 目がぼやけてても分かる。二人の視線がうるさいほどこちらを見つめてくる。


「俺、もう休みたいんだけど」

 ため息交じりに言うと、灰鳴が傷口を強く抑える。

「休んだら死ぬから、頑張れ」

 強く抑えられると、流石に少し痛い。

他人事(ひとごと)だなぁ……」

 ため息を吐くと、何故かジト目で見てくる灰鳴と灯。

「だって俺らには()()()()よく分からないし。命が繋がるなら、羨ましいくらいに思うが」

「愛桜くん、呑気に信号弾上げてる場合じゃなかったね」

 二人の言葉には早く対処をしろ、と圧が乗っていて、愛桜は休むことを諦めた。

「俺も病院は行きたくないし、しょうがない」

 意識が無ければとりあえず病院送りにされるのは確実だ。ここは自分のために、もうひと踏ん張りすることにしよう。


 愛桜は、自分の身体に意識を向ける。

 損傷がひどいのはやはり腹部だが、臓器は無事だ。出血さえ止まれば問題ない。


 血の流れ出る感覚から、血が止まる感覚をイメージする。


『血は、止まる』


 念じに近いのかもしれないが、そう思って疑わないことで、愛桜は出血を止めた。


「はぁー」

「止められたようだな」

 灰鳴は無感情を装っているが、深く息を吐いた愛桜を見て、ほっと胸を撫で下ろしたのが伝わってくる。灯も、張り詰めた緊張を解いたようで、目つきが穏やかだ。

「何回見ても、私たちにはできそうにないね」

「コツを掴めばできそうだけど」

「それは、愛桜が才能あっただけだろうな」

「……そうか」

 愛桜は「なんとなく」の感覚だけで血を止めることができる。『感覚止血』とみんなは呼んでいて、便利だと言われたこともある。しかし、簡単にやっているように見えてそうではない。血を止めた後も気を抜くと出血するため、止めた状態を維持するのには気力と集中力が必要で、これがかなりキツイ。できればやりたくない。まぁ、命の危険にさらされればそうは言ってられないのだが。


 二十分後、回収班が到着した。無駄のない動きでユニコーンを荷台に固定し、回収していく。

 医療班も到着し、三人の状態を確認した。愛桜は重傷だと言われたが、病院への搬送を断った。意識を保っているのが不思議なくらいの重傷に、医療班が困惑していると、

「いや、でもなー、愛桜。血は止められてもその怪我じゃどのみち病院送りだと思うー」

 仕事が終わって気の抜けた声の灰鳴が、いつものように眠そうに言った。

「……呑気だな。灰鳴は」

 こっちは歩くのもやっとなのに。

 しかし、愛桜は灰鳴に言われて諦めがついた。


(病院送りは確実か……行きたくないなぁ)


 それでも、この山の中だ。担架で運ばれるより歩いたほうが早い、と自分の足で下山することにした。

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